第7話 覇軍

 今日はもう一回対戦があり、日をまたいで三戦目と四戦目。そして、明後日が最終戦になる。そこまで残れるかは分からないが、取り敢えず【覇軍】との対戦が待っている。


 俺は後の試合を見ながら逸る心を落ち着けていた。ソコに柔剛術について呟いていた男の試合が始まる。


「次、【天地あめつち流】対【彼岸槍術ひがんそうじゅつ】!」


 男の流派は【天地あめつち流】か。どんな武術だろう? 無手で槍に対するのは難しいが。

 俺はそう思い試合をじっくり見ようと前を向いた。一瞬だった。

 始めの合図で男は槍術の懐に入り込み掌底で顎をかち上げていた。そして槍術が気絶。試合開始一秒に満たないのではないだろうか。ソレにあの技は柔剛術にも同じ技がある。一体どういう事だろう。

 俺は考えていたが、分からない。試合場所を降りた【天地あめつち流】の男が俺に向かって歩いて来た。そして、


「初めてお目にかかる。【柔剛術】の方。私は【天地あめつち流】のゴウシと言う。もし宜しければ少し話をさせて貰いたい」


 そう話しかけられた。断る理由も無いから俺は了承した。


「柔剛術のタイキです。俺もあなたに聞きたい事があります」


 俺の返事を聞いてゴウシは向こうで話そうと客席よりの場所を指差した。俺は頷き、付いていく。


「先ず、無礼を承知で聞きたいのだが、師匠の名前を伺っても?」


「俺の師匠はトミジです」


「おお、やはり! 生きておられたか」


「師匠を知ってるんですか?」


 俺の問いかけにゴウシは笑顔で言った。


「知ってるも何も、私もトミジ師匠に教わったんだ。【天地あめつち流】はトミジ師匠に教わった柔剛術が元にあるんだ」


「それでさっきの動きの意味が分かりました。師匠に会われますか?」


 俺は知りたかった事が分かったので、師匠に会うかと聞いてみた。が、ゴウシはこの大会が終わってからご挨拶に行くと言ってきた。そして、俺に


「このまま順当に二人が勝ち上がれば、お互いに三戦目で対戦になるね。どちらにせよ、掛試かけだめしをお互いに楽しもう」


 こう言って、では又と去って行った。柔剛術を元にしているという事は、ゴウシは柔剛術では何か足りないと感じたんだろうか? 俺は今まで愚直に師匠に言われるままに稽古をしてきて、自分なりの解釈なんてした事が無かったけど、間違っていたのだろうか? 俺の心に迷いが生じてしまった瞬間だった……



 それからも俺は考えていたが、答えは出なかった。迷いながらも【覇軍】との試合時間は迫って来ている。コレではダメだと思い、気持ちを落ち着かせようとするが、心に生じた迷いは消えなかった。そして、そのまま試合時間になってしまった。



 呼ばれて試合場所に上がる俺。【覇軍】の選手は何の迷いも無いニコニコ顔で俺を見ている。そして、俺に声をかけてきた。


「大丈夫かい? さっきと比べると覇気が無いようだけど? まあ僕には関係ないから最初から思いっきり行かせて貰うよ」


 俺はソレを聞いても悩んでいる。目前に迫った戦いに気持ちが向いてない状態だった。それでも試合は始まる。

 審判が始めと声を出した。俺は見るとはなしに【覇軍】の選手の体全体を俯瞰的ふかんてきに見ている状態だった。

 

 その時は急に来た。【覇軍】の選手が無造作に近寄って来たかと思うと、気がついたら俺の中段に拳が入っていた。俺は倒れはしなかったが、かなりの衝撃にフラフラと数歩後ろに下がる。


「何だ、つまらない。君となら思いっきりヤり合えると思ったのに、残念だよ」


 そう声が聞こえた気がするが、衝撃からまだ立ち直ってない俺はフラフラなままだった。ソコに今度は真っ直ぐな蹴りが中段を目掛けて飛んできた。


 フラフラで半ば意識も飛んでいた俺は、体が覚えていたのだろう。無意識に蹴りを躱して入身いりみになり、鈎突きを脇腹に目掛けて放っていた。

 慌てて躱す【覇軍】の選手。


「危ない、危ない。もう意識も飛びかけてるだろうし、簡単に決めようとして単純な技を出したのがいけなかったね。やっぱり君も凄い稽古をしてきたんだね。体が意識せずとも動いてるんだから」


 その言葉を聞いた俺は頭の中にガンッと衝撃を受けた。そして、ハッキリと迷いが吹っ飛んだ。

 そう、何を馬鹿な事を悩んでいたのたろうか。俺はまだまだ師匠から学ぶべき立場なんだ。言うなれば基本がまだできてもいないのに、自分なりの解釈などと、どれだけ自惚れているのか。そんな事は師匠の教えの全てをこの体が吸収してからの話じゃないか。そして、師匠の教えは何も間違っていない。今だって無意識に体が稽古通りに動いていたのだ。まだまだ、何年も先に考えるべき事をクヨクヨと悩み、考えていた自分が恥ずかしくなった。

 そして、ソレに気づかせてくれた【覇軍】の選手に礼を言いたくなった。


「今さらだが、俺はタイキという。名前を教えてくれないか?」


「アレ? 意識が戻ったうえに覇気まで戻っちゃった!? まあ、その方が楽しそうだから良いか。僕はキョウメイだよ」


「そうか、キョウメイ。何の事かは分からないだろうが礼を言っておく。おかげで目が覚めたよ」


「? うん、何の事か分からないけど一応、返しておこうかな? どういたしまして」


 そして互いに顔を見てニヤリと笑い合う。

 さあ、ここからだ。

 

 俺は先手を打って前に出ていく。狙いは腹と見せかけて、右腕の付根だ。だが、ソレを読んでいたのか、手を掴まれた。しかし、キョウメイが固め技に入ろうとする力を利用して体を回転させて、右肘をキョウメイの右肋に打ち込んだ。骨にヒビが入った感触があったが、キョウメイはそのまま俺の手を放し飛び下がる。

 そして、俺の脛を目掛けて蹴りを放ってきた。蹴りを足でなし、そのまま踏み込んで中段に来た突きを左で反らし、右拳を膻中に打ち込んだ。

 動きが止まり、ズルズルと崩折れるキョウメイを見て審判が俺の勝ちを宣言した。

 俺は横隔膜が収縮して呼吸が出来なくなっているキョウメイに素早く処置を施した。


「ブハァー、ブハァー、ああ、死ぬかと思ったよ。助かった、有難う」


 俺の処置により呼吸が出来る様になったキョウメイがそう礼を言ってきた。


「いや、すまなかった。キョウメイの攻撃が鋭すぎて、手加減が出来なかった」


「フフフ、まあ、僕の負けだし。けれどもまた、機会が有れば手合わせしてくれるかな?」


「ああ、何時でも」


 そして、ガッチリと握手をして、俺達は試合場所から互いに降りた。

 幼い頃のあいつ以来、初めて友と呼べる人が出来た。

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