第4話 三年後

 俺は愚直に稽古を続けた。俺の師匠、トミジ爺さんは全てを教えると言ってくれている。だから、武術だけでなく、薬草術や整体術なんかも時間をみては教えてくれている。師匠の口癖がある。


「師匠を超える様に弟子を導くのが当たり前だ」


 コレは事あるごとに俺に言う台詞だ。実際に師匠の師匠もそうだったようで、最終的には師匠は自分の師匠を超えたらしい。俺もいつかは師匠を超えてみせると決意して毎日稽古をしていた。


 そんな日々を過ごしてカークの事なんかすっかり忘れていたある日の事だった。いつも通りに薬師ギルドに薬を卸した帰りに二人の男に道を塞がれた。一人はカークで、もう一人はカークと同じ道場に通っている、俺よりも三歳年上のビンノだった。


「タイキ、この前は良くもやってくれたな。今日はビンノの兄貴がお前に稽古をつけてくれるから、逃げるなよ」


 カークが俺を睨みながらそう言った。


「負けて泣きながら逃げ出したと思ったら、自分よりも強い者に頼るのか。お前が強くない訳だな」


 俺が思った事を素直に言ったら、ビンノが喋りだした。


「タイキ、カークは道場じゃそれなりに強い。けれどもカークに勝ったからと言って、道場が大した事ないと言われたんでは、先生に迷惑がかかるんでな。そこの所を訂正してもらおうと、俺がお前に分からさせる為に来たんだ」


「ビンノ、俺はそんな事を言った覚えは無いが。そもそも町中心部にも薬師ギルドや買い物以外には立ち寄ってないけど」


 俺の返事にカークが大声で言う。


「嘘を吐け! お前が町で俺の通う道場が大した事ないって言いふらしているのを、俺は見たんだからな! ビンノの兄貴、こいつはツベコベと言い訳が上手いんです。早く分からせてやって下さい」

 

 ナルホド、そう嘘を言ってビンノを連れて来たのか。ビンノもカークの言う事を鵜呑みにしてやって来たんだな。元々ビンノも貧乏な俺に偏見を持っていたし、これ幸いとやって来たんだろう。


「そう言う訳だ、タイキ。言い訳は要らない。いくぞ!」


 その言葉と同時にビンノが俺に迫ってきた。カークよりは早い。が、俺には遅く感じた。そのままビンノが蹴ってきた足をギリギリまで引き付けておいて躱し、その足をすくい上げてやる。

 派手に転ぶビンノ。転んだ時に背中を強打したようだ。グハッと言いながら起き上がれないでいる。

 ソレを見たカークが


「ビンノの兄貴、大丈夫ですか」


 とビンノに声をかける。それを聞いたビンノは何とか起き上がり、返事をした。


「あ、ああ。大丈夫だ。少し油断しただけだ。良い気になるなよ、タイキ。コレからだ!」


 そして再び俺に向かってくる。ビンノは今度は突きを俺の顔目掛けて出してきた。俺は慌てずに突きを躱して、カークと同じ様に倒して手首を極める。


「グワッ、ククククッ、クソッ、離せ! クゥーッ!」


 まだ余裕があるようなので更にキツく手首を極める。更に向かってきそうなカークを目で牽制した。俺の睨みにカークが止まる。が、ビンノが大声でカークに言う。


「カ、カーク! 何をビビッてるんだ! 今なら両手が塞がってるんだ。早く攻撃してコイツの手を離させろ!」


 その声により俺に殴りかかってきたカークの向う脛を真っ直ぐに蹴ってやった。勿論手は離さない。踏み込んだ足の脛を蹴られたカークはその場にうずくまり脛を押さえて泣き出した。


「イダイーッ!! ウワーン!」


 俺はビンノの手首を折れる寸前まで極めて、ビンノに言った。


「俺はお前達が通う道場の悪口なんて言ってないし、コレからも言うつもりは無い。だから、コレから俺に関わるのはやめろ、分かったか?」


 俺の静かな問いかけにビンノは、痛がりながらも返事をした。


「わ、わがった! もうお前には手出しじないし、カークにも手出しさせない! だから離してくれっ!」


 俺はその返事を聞いてビンノの手を離して、素早く離れた。

 そして、ビンノとカークを静かに睨む。二人は俺の睨みにビビりながら、町に向かって去っていった。


 それからは俺は平和な日々を送った。師匠に武術を教わって一年が経った時に新しい型を教わり、また繰り返す。そして、一年半でまた新しい型を。二年で、また新しい型を。二年半経った時に棒術の稽古が始まり、三年経った今は今までに習った無手の型、棒術の型に加えて杖術じょうじゅつの型も加わった。

 俺も十四歳になっていた。師匠は六十八歳になっているが、全然変わらない。

 そして、再来年には俺も住民税を払わないと行けない年になった。十五歳以上は支払い義務があるが、支払いは十六歳になってからだ。住民税の額は三万ヤールだが、俺はここ数年で貯蓄が出来ている。だが、それでも仕事は続けた。最近では師匠に許可を得て、薬師ギルドに師匠から教わった打ち身の薬草を使ったレシピを売った。

 初めは半信半疑だったギルドだが、その効能が確かな事を確認して、追加の金額と売れた代金の二割を俺に支払ってくれる。

 俺は半分を師匠に渡そうとしたが、師匠が子供がそんな事を気にするなと言って受け取ってくれなかった。だから、ソレは丸々貯蓄出来た。

 

 ある日、ミヤの家に野菜を持って行くと、町の役人が来ていた。俺は近くで役人が出ていくのを待っていた。


「だからね、住民税が払えないなら出て行って貰う必要があるんですよ。それか、娘さんが手っ取り早く私の嫁になるか、ですね」


「お金はもう少し待って下さい。親戚が送ってくれたので、今日か明日には届きますから」


 ミヤの母がそう返事をしているのが聞こえた。ん? オカシイな? 普通は住民税の取り立てに役人が一人で来る事は無い。二人一組の筈だけどな。俺の元に住民税支払いの説明に来た役人が確かそう言っていたが。


 俺は疑問に思いながら、そのままミヤの家に向かい、役人に言った。


「なあ、あんた一人か? 普通は二人一組で動く筈だよな? あんた名前は? 住民税について言ってるんだから、税務部署所属か?」


 俺の矢継ぎ早な質問に動揺した役人が、慌てて立ち去ろうとした。


「い、いや、私は…… 忙しいから今日の所はコレで」


 そう言って立ち去った役人。役人なのは間違いないが、ミヤが目当ての別の部署だな。

 俺は役所に確認する必要があると思い、明日にでも確認に行く事にした。


 俺の顔を見てミヤがホッとした顔をしている。


「タイキ、いつも有難う。今日は白菜? 立派だね」


「タイキくん、タイキくんも大変なのにいつもゴメンね」


「良いんだ、おばさん。おばさん達だけが俺を心配して、いつも相手をしてくれたから、俺にはコレぐらいしか出来ないけど」


 俺の返事におばさんは、微笑みながら言った。


「タイキくん、来年は成人だね。ミヤを貰ってくれないかしら? タイキくんならおばさん安心だわ」


 思わず顔を見合わす俺とミヤ。ミヤだけじゃなく、俺も顔が真っ赤だろうが、ここで師匠の教えが俺の頭に浮かんだ。


「良いか、タイキ。惚れた女と一緒になれるチャンスがあったら逃すなよ。ワシはそうして今は亡き婆さんと結ばれたんだ。チャンスを逃すと後悔するからな。コレはチャンスだと自分が思ったなら、飛び付け!」


 俺は大声でおばさんに返事をした。


「ミヤが俺でも良いって言うなら、俺はミヤと一緒になりたいです!!」


 俺の返事におばさんは満面の笑みで言った。


「まあ! 良かったわね! ミヤ。タイキくんがミヤを貰ってくれるって!」


「お、お母さん! でも、でも、私で良いの? タイキ」


「うん、俺はミヤが好きだ。だから、ミヤが良いなら俺と一緒になってくれ」


「はい!」


 そして、その日はそのままミヤの家でお祝いをする事になった。俺はさっきの役人がオカシイ事をおばさんに伝えて、明日の午後に役所に行って調べてくると伝えた。


 お祝いを終えて帰宅した俺は中々嬉しくて寝られなかった。




 

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