第3話 半年が経過

 翌朝は師匠が言った通りになった。五の刻に目覚めたが、両太腿、両腕、背中が筋肉痛になっていたのだ。それでも何とか起き上がり、五半の刻に師匠の家に向かう。そして朝食を食べて筋肉痛を誤魔化しながら川に水汲みに向かい、型の稽古だ。

 師匠はその型以外は教えてくれなかったが、そもそも俺は武術の稽古なんかした事がない。だからコレが当たり前だと思い、愚直に言われるままに型を繰り返した。

 師匠の稽古は午前中には終わる。俺は筋肉痛に悩まされながらも薬草採取に出かけて、乾燥させて皮袋一杯になったら薬師ギルドに売りに行っていた。時には師匠も一緒に来てくれて、薬師ギルドに頼まれていない薬草を教えてくれた。


「タイキ、この草は打ち身なんかに良く効くんだ。コレをすり潰して少量の水で溶いてこの壺に貯めておきなさい」


 とか、師匠の武術に伝わる薬を教えてくれた。そんな日々が続いていて、俺も筋肉痛にならなくなった。


 師匠に武術を教えてもらって半年が過ぎた。俺もあと三ヶ月で十二歳になる。

 今日はいつもの通りに型を繰り返してやっていたら、拳の風切音かざきりおんが変わった。その瞬間に師匠が、


「うん、タイキ。やっと入口に立てたな。それでもワシよりは早い。ワシは師匠に教わって一年はかかったからな。コレからは無闇にその拳で人を殴ってはいかんぞ。相手が大怪我をするからな」


 そう言ってきた。俺も自分の拳が変わったのが分かったので、素直に返事をした。


「はい、師匠」


 そして遂に次の型を教えて貰う事になった。新しい型は動きが複雑だったけど、最初と同じ様に覚えるまで師匠に繰り返しをさせられた。そして、その型を覚えて初めて師匠から言われた。


「頭の位置が上下している。そうならないように意識して動いてみるんだ」


 それからは大変だった。頭を意識すると体の動きが疎かになり、体の動きを意識すると頭が上下してしまう。しかし、やがて十二歳になる1ヶ月前には、それも出来る様になった。

 そうしたら師匠が言う。


「では型の動きを教えよう。タイキ、ワシの中段を狙って拳で打ってきなさい」


 俺は素直に師匠の中段目掛けて拳を突き出す。その瞬間に俺は天を仰いでいた。

 何が起こったか分からない。俺は師匠を見上げる。


「タイキ、初めに教えた型の最初の動きをワシがしたんだ。思い出してごらん」


 俺は自分が拳を突いてからの師匠の動きが見えて無かったが、型の最初部分を思い出す。そして理解した。

 そうか、突き出した俺の拳を入り半身になった師匠が俺に向いながら躱して、足で俺の前足を崩したのかと気がついたのだ。突く時に踏み込んだ俺の前足を横から師匠が膝を使って崩した事、そして躱した俺の突いた腕を足を崩した方向に引張って俺はクルリと回されたと知った。


「分かったようだな。この様に型の中には攻撃に対する対処方法が隠されているんだ。コレからは覚えた型も繰り返してやって貰うが、この型をどう使うかも教えていくぞ」


 俺は師匠の言葉にワクワクした。

 しかし、家に帰る途中で嫌なヤツに出会った。カークである。そもそもコイツは家が町の中心に近い場所にあるのに何でこんな外れまで来るんだ。暇なのか?

 俺はそんな事を思いながらカークの横を通り過ぎようとした。が、やっぱり邪魔をされてしまう。


「タイキよう、最近羽振りが良いらしいじゃないか? 俺にも分け前をくれよ」


 はあ? コイツは一体何を言ってるんだ? 俺の羽振りが良いだと。そんな事は無い。俺はあと三年もしたら住民税を払わないといけないから、必死に金を貯めている。最近は薬師ギルドに薬草を持って行く回数を増やしているが、以前とそんなに変わらない生活をしているままだ。


「何を言ってるのか分からないな」


 俺はカークにそう返事した。そしたらカークはニヤニヤしながら喋りだした。


「ミヤに聞いたぞ。お前、ミヤの家に週に四回は野菜を持って行ってるそうじゃないか。前は週に一回ぐらいだったのに、四回も持って行けるのは金に余裕が出来た証拠だろう? けどお前は金の使い方を知らないだろうから、俺が変わりに使ってやるって言ってるんだよ」


 カークの身勝手な言葉に思わず俺は真顔で言ってしまった。


「バカか? お前は」

 

 俺の言葉に沸点が低いカークは直ぐにブチ切れた。


手前テメー、タイキ! 殴らなきゃ分からないようだな!」


 そして俺に殴りかかって来たカーク。俺はソレを躱して師匠と同じ様にカークを崩した。そして、今日教わった手首固めをカークにめた。


「いだだだっ! 痛い! この野郎、卑怯だぞ! 離しやがれ!」


 何か寝言をほざいているので、更にキツくめてやる。


「痛い、痛い! やめろ! やめてくれ!」


 最後は涙声になったので、俺はカークの手を離してヤツの攻撃が届かない場所まで下がった。

 カークは手首を押さえて泣きながら、俺を睨み言う。


「ぐ、グゾー、タイキ! 覚えてろよっ!」


 そう言うと一目散に逃げ出した。俺は呆気にとられていた。何故なら、武術を学び出して三年にはなるカークが、俺に手も足も出なかったからだ。

 俺は確かに強くなっている。けど、まだまだだ。師匠には軽くあしらわれてしまう。俺は師匠を超えたい。もっともっと稽古をしなくてはと心に誓った。

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