第2話 稽古

 翌朝、俺は五の刻に起き出して裏庭に植えている大根を二本、引っこ抜いた。

 俺の両親は昨年末に亡くなり、俺は一人で暮らしている。カーナンドの良い所は家に税金が掛からない事と、十五歳未満は住民税が要らないという所だ。俺はまだ十一歳だから、家を追い出されずに済んだ。両親が生きている頃から貧しかったが、母が残してくれた小さな畑で、作物を育てているから何とか飢えずに暮らしていけた。

 町では水路掃除などをして賃金も多少は貰っていたが、一日掃除をしても二千五百ヤールしか貰えないので、嫌気がさして行くのをやめてしまった。

 今は家のすぐ裏にある町外の草原で薬草を採取して、乾燥までして薬師ギルドに卸している。

 コレは好きな時間に出来て、皮袋一杯に持って行けば七千ヤールで買ってくれるので、両親が生きている頃よりも、生活が少しだけ潤ってきた。


 俺は五半の刻に家を出て、老人の住む小屋に向かった。小屋に行くと老人は既に起きていて外で何かの型をしていた。そして、やって来た俺に気がつくと、


「おお、来たか。時間前に来るとは偉いな。さあ、先ずは家に入ってくれ。少しだけ話をしよう」


 そう言って小屋に俺を招いた。俺は老人の後に続いて小屋に入り、持っていた大根二本を老人に差し出した。


「おお、くれるのか? コレはまた見事な大根だ。ちょうど良い、朝飯をコレで作らせてもらおう」


 そう言って老人は俺が前に親戚が住んでいた時に見た台所よりも、キレイになっている台所で大根を調理し始めた。そのまま俺に話しかけてくる。


「それで、坊主。名前を教えてくれるか? ワシの名前はトミジだ」


「俺はタイキだ、です」


「ん? どうした? 丁寧語なんて喋って」


「亡くなった俺の両親が、何事かを教わるならば、その人は師匠になるんだから、丁寧な言葉遣いをしなさいと言ってました」


 俺の言葉にトミジ師匠は目を細めて微笑み、


「そりゃあ、タイキのご両親は立派な考えを持っていたんだな。その教えをずっと忘れずにいたタイキも偉いな」


 と、両親と俺を褒めてくれた。俺はそんな事を言われたのは初めてで、何だか嬉しくて礼を言った。


「有難うございます」


「うんうん。それでタイキは何歳だ? ワシは老けて見えるがまだ、六十五歳だぞ。それに両親が居ないならどうやって生活しているんだ?」


「俺は十一歳です。家に母が残してくれた小さな畑があります。ソコで少しだけ野菜を育ててます。それから、薬師ギルドに乾燥させた薬草を卸してます」


「ほう、それは凄いな。ソレでは薬草採取の時間が必要になるな。うん、その採取の時に偶にワシも同行させてもらおうか」


「師匠、でも俺は早く強くなりたいです!」


 俺の言葉に師匠は笑いながら返事をした。


「ハッハッハッ、タイキよ。早く手に入る強さは年を取った時に役に立たん。ソレよりはジックリと本当の武術を学んだ者が年寄りになっても強いんだ。まあ、その辺もオイオイと教えるからな」


 俺は少し教えて貰えば直ぐに強くなれると思っていたので少しガッカリしたが、折角武術を教えてくれると言う師匠に教えるのをやめたと言われない様に、素直に返事をした。


「はい、分かりました」


「うん、心配せんでもこの間タイキを殴っていた坊主ぐらいはニ〜三ヶ月で追い抜くぞ。但し、真面目に修行したらだけどな」


 その言葉に俺は嬉しくて大きな声で返事をした。


「はいっ! 真面目に頑張ります!」


「ハッハッハッ、現金な奴だ。だが、今はソレで良い。さあ、出来たぞ。先ずは腹拵えからだ」


 師匠が作ってくれたのは大根と大根の葉が入ったスープに白いツヤツヤした穀物だろうモノだった。


「ん? マイは初めてか? まあ、この辺りでは余り主食にはなってないか。スープを飲みながら食べてみなさい」


 言われて俺はいただきますと言って食べてみた。そして、ビックリした。


「甘い! それにこのスープが凄く合います!」 


 俺の言葉に師匠はニコニコして言った。


「ワシの故郷の料理だ。気に入ったようで良かった。さて、食べながらで良いから聞きなさい。タイキはまだ体が出来てない。だから、体を鍛えながらその成長に合わせて少しずつ武術を教えて行こうと思う。それで、食事を終えたら先ずはあの水瓶が一杯になるまで川で水を汲んで来てくれ。ソレが終われば、基本の型をやってみよう」


 俺は口の中のものを慌てて飲み干して返事をした。


「はい、よろしくお願いします! 師匠」


「うんうん、慌てずにゆっくり噛んで食べてからだぞ。稽古は逃げないからな」


 そうして、食事を終えた俺は水瓶の横にあった水桶を二つ持って、百メートル離れた川に行き水を汲んでは瓶に入れるを繰り返した。

 始めたのが六半の刻で、終わったのが八の刻だった。ゼエゼエと荒い息をしている俺を見ていた師匠は、少し呼吸が落ち着いた頃を見計らって今から基本の型をやるから見ていなさいと言ってきた。


 俺は師匠の動きを必死に目で追う。左右に動く簡単な型だったが、全てを覚えるのは無理だった。けれども、師匠は


「さあ、覚えている所だけでも良いから、タイキもやってみなさい」


 そう言って俺を促した。俺は師匠の動きを思い出しながらユックリと動いて行く。途中でつまると師匠がこうだと教えてくれたので、何とか最後まで型をやり終えた。そして、師匠はもう一度と言うので、また型を繰り返す。それが何回も続いて、やっと師匠に動きを教えてもらわなくても出来る様になった頃、師匠が


「良し、今日はここまで。明日からも水汲みを終えたら今日の型を繰り返してもらうからな」


 と言った。俺はまだ動けるので、師匠にもう少しやらせて下さいと頼んでみたが、


「タイキ。無理は良くないんだ。明日は恐らく朝起きたら足や腕、背中の筋肉が痛くなっているだろう。今日、これ以上やると明日は動けないぐらい痛くなる。だから今日はここで止めたんだ」


 そう言われたので、俺は分かりましたと返事をして家に帰った。

 そうして俺の武術修行は始まった。

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