第35話 時に僕は人生を悩んだりしない(I won't worry my life away.)

 あの後の顛末を語ろう。


 結果として僕は中嶋教諭に追われるように家に帰った。

 僕も中嶋教諭も家までデットヒートを繰り広げるように爆走。


 先に家に着いた僕は玄関の扉にチェーンロックを仕掛ける。


「こら、佐伯!! お前また性懲りもなく問題起こしたんだ! ただで済まされると思うな! 女々しく逃げてないで、悪いことしてないのなら堂々と先生の前に顔を出せ! 聞いてるのか佐伯!」


 中嶋教諭、せめて解放された今ばかりぐらいは説教は勘弁してくれ。

 なんか以前もこんなことあった気がするが、喉が渇いてしょうがない。


 冷蔵庫に行って、冷えた麦茶を飲んで、僕はリビングのソファに腰を下ろした。


 すると――クィ、と、僕の背広を誰かが摘まんでいた。


「お帰りイッサ」

「……何だ母さんか」

「今回はどこでどんな悪さして来たの? 母さんにだけ教えなさいよ」


「悪さ? ああ、そんなの色々と。中嶋教諭と禁断の恋したり、キリコやミサキそっちのけで他に新しい恋人を作って駆け落ちして、飽きたからその人は捨てて他の高貴な女性を落としたぐらいさ」


 って今の全て冗談。

 完全完璧に、見え透いた冗談を言ったつもりだった。


 そうやって僕は一時の間話を誤魔化し、心配する母さんをなだめたかったんだ。

 ただのそれだけなのに。


「佐伯ぃ! 奥さん、とりあえず麦茶頂きますね」


 以前もあったように、母さんが中嶋教諭を家に上げてしまった。


「ええどうぞ中嶋先生、イッサから聞いた話だと禁断の恋をしちゃったようですね」


「佐伯、漫画喫茶での行動といい、今のはったりといい……もしかして先生に恋心を抱いてしまったのか? だとしたらこの場を借りて謝る。お前とは何があろうと付き合えない。だが、お前は私の大切な生徒の一人だ。卒業するまで徹底的に面倒見てやるからな。卒業後も先生のことが好きなようなら、その時は先生も本気でお前のこと考えるよ」


 ははは、ここまで誤解が重なると逆に笑える。

 と笑った油断をつくように、二人のモンスターによる説教コンテストが始まるのだった。


 § § §


 説教コンテストは夜まで続き、次回に繰り越しとなった。まだ説教続くの? と聞くと、中嶋教諭は「当たり前だ! この前代未聞の問題児野郎!」と最後の最後まで僕に激を飛ばし続けていた。


 途中やって来たタイオウは僕の部屋で時間を潰していて、説教後はタイオウの下に向かった。


「兄さんはこの世界でも凄い愛されてるね」

「そう見えるのならお前は幸せなんだろうな」

「そうかな? これは俺の本音だよ。兄さんは前世の時からみんなに愛されてる」


 それは魔王にしたってそうだった可能性もあると、タイオウは言うけどさぁ。


「まあいい、今日は泊って行くのか?」

「そうだね、そうしようかな」

「こうしてお前とゆっくり過ごすのも久しぶりだな」

「……兄さん、俺はね、将来的に兄さんと家を建てたいんだよ」

「ああ、いいんじゃないか?」


 タイオウの申し出を、僕は喜んで受け入れた。


「良かった、これで俺の将来は安泰だ」

「タイオウを養ってやるつもりはないけどな」

「えぇ!?」

「その反応は僕が逆に驚くものだよ」


 いかんな、弟のごく潰しな性格はいずれ矯正しないと。


 その日、弟は家に泊って行き、僕は夜遅くまでタイオウとゲームで遊んだ。


 どちらかとも言えないタイミングで就寝したんだけど。


「お久しぶりにしておりますねデュラン」

「……ああ、女神様ですか、確かに、久しぶりですね」


 僕は夢の中で女神様と出会った。

 雲の上の景観で、女神様の後ろは極彩色の虹色に輝いている、以前も見た光景だ。


「女神様に聞きたいことがあったんです」

「知っていますよ、私はデュランの呼びかけに応じてやって来たのですから」

「そうなんですか、じゃあ話は早いですね――僕の恩恵はどうしてアレにしたんですか?」


 それはもう十数年前の記憶だけど。

 僕は女神様に、僕の恩恵は貴方の配慮でお与えくださいと言ったような気がする。


 そしたら僕はアンドロタイトへの転移能力を恩恵として授かっていた。

 僕はアンドロタイトが嫌いだと主張していたはずだ。


 だとするとこれは彼女の悪戯だったのかな?


「デュランの恩恵をあれに決めたのは、貴方が心の底でアンドロタイトに帰りたがっていたからですよ」


 ……そんな訳ないだろ?

 と思っていると、女神は失笑するように微笑んでいた。


「表面では嫌がっている素振りでも、私には貴方の本心がわかるのです。何故かって」

「ああもういいです、そこから先は聞きたくないです」


 そう言うと女神はまた笑っていた。


 そんな夢を見た翌朝、母さんが僕とタイオウを多少乱暴に起こす。


「ほら二人とも、夜更かしした罪はこの後であがないなさい。起きて、遅刻するわよ」

「お早う御座います小母さん」

「お早うタイオウくん、ほら、いつまで寝てるのデュラン」


 その日になって、僕は母さんから初めてデュランと呼ばれた。

 母さんの顔をよくよく窺うと、先ほどまで僕の夢で笑っていた女神の面影がある。


 タイオウはそんな母さんを訝しがっていた。


「小母さんももしかしてアンドロタイトの人間だったとか?」

「ん? アンドロタイトって何?」

「いや、こっちの話。じゃあ俺は一足先にお暇しますね」

「またね、ほら起きなさいよイッサ、イッサ!」


 しつこく起こして来る母さんに、僕は布団の中でため息をついていた。


 § § §


 登校して、昨夜説教コンテストで見事優勝を飾った中嶋教諭のデスクで土下座した後、誘拐された数日間の遅れを取り戻そうと、放課後は教室で居残り勉強していた。キリコがいつも通り教室にやって来て、いつも通り、僕を誘惑して来る。


「今日は、できそう?」

「その前に一つ聞きたいんだけどさ」

「何? ムードぶち壊しね」

「キリコが女神から貰った恩恵って、何だったっけ?」


「あたしのは他のみんなと違って曖昧なものね、えっと、あたしは女神様に前世の絆を繋げたいって願ったのよ。若干後悔してる、でも、これでよかったんじゃない?」


 前世のキリコは凛々しく、毅然としていて。

 彼女は僕の目から見ても自分の気持ちに素直になれてない感じだった。


 なら、今朝、夢の中で女神が言っていたことは真実だったのかも知れないな。表面では嫌がっている素振りでも、本心ではアンドロタイトに帰りたがっていたか……本当かな?


 その真偽を目の前に居る恋人に投げ打ってみようと思い、口を開くと。


「キ」

「でもどうするのデュラン? 今回の件でアンドロタイトと地球の交友が始まりそうだし、貴方はそのせいでタカ派とかいう連中に目をつけられちゃったっぽいし、他にも色々と問題ありそうよね?」


 僕はキリコの口から僕達が直面している問題を聞き、僕の本心なんかさじたることだと考えついた。


 キリコの言う通り、今の僕達は色んな問題を抱えていると思う。


 でも、考えたって解決にいたらないのなら、時には悩むだけ無駄だから。


 今は女神から与えられた新たな人生を大事にするように。


 学生時代というまたとない青春を、思いっきり、謳歌しよう。


 時に僕は――人生に悩んだりせず、青春に咲うわらうのだ。





 第一部 《了》

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時に異世界へ ~異世界で大英雄となった僕は現代に転生して前世の恋人達とハーレム物語~ サカイヌツク @minimum

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