第34話 時に匿われる
「お帰りデュラン、今回も色々あったんでしょ? 実に貴方らしいわ」
キリコとの長いキスを終えると、彼女は長らく日本からいなくなっていたことを許してくれたみたいだ。事情はおいおい説明するといい、先ずはアイラート王をジーニーと引き合わせることを優先した。
「ジーニーは今どこにいる?」
「デュランの部屋にいるんじゃないかしら、居候だし」
「じゃあ、早速頼みがあるんだけど」
「何よ?」
「アイラート王達に、服を貸してやってくれないかな?」
「えぇ……」
キリコはその時ようやく弟のアイラート王に目をやる。
「姉さん、確かに姉さんの言う通り、地球の文明は凄そうだな」
「はぁ、アイラート、貴方にはお父さんの服を貸してあげる。他は、まぁなんとかするわ」
キリコが器量の良さを見せつけるように、なんとかすると言うと王以外の人間は頭を下げていた。と、僕はあることに気づいた。僕と一緒に日本に帰って来た魔王の姿がいつの間にかないことに。
「モニカ、白銀さんはどこに行った?」
「彼女でしたらこの部屋に着くなり出ていかれましたが、追わなくてよろしいのですか?」
「あー、うん、追った所で間に合いそうにないし、彼女のことはもういいや」
「デュラン殿は一度寝た女性には興味を失くされるタイプの人間だったのですか?」
ちが! 大きな誤解だ!
そもそもがそもそもで、僕と魔王の関係は……く、どう説明すればいいんだ。
モニカから著しい猜疑心の眼差しを受け、僕はがっくり肩を落とした。
§ § §
その後、着替えを終えたアイラート王一行を駅ビルに連れて行った。
ジーニーに電話を掛けた所、ここで待ち合わせしようとのことだった。
アイラート王や、彼の付き添いの視察団は巨大なビル群に感心している。
「素晴らしい建築技術があるようだな」
キリコがそう感想するアイラート王に相槌を打つ。
「ええ、地球の都市開発技術だったり、インフラ整備、衣食住の文明はアンドロタイトよりも数段先を行ってるのはわかってくれたわよね? アイラートってコーヒーは飲んだことあったかしら?」
「コーヒー? 一応あったと思うが」
「コーヒーぐらいなら奢ってあげるわよ、それとデザートケーキとかね。待っている間暇だし、あたし達がいつも利用している喫茶店に向かいましょうか」
キリコはそれが弟だったからか、いつになく手厚く歓迎している。
コーヒーぐらいなら、とは言うが、この人数になると一万円ぐらい計上されそうだ。
「何デュラン? 心配そうな顔をして」
「お金は足りるのか?」
「まぁ、大丈夫。実は、この前から始めた家庭教師の件で、お小遣い貰えたの」
「足りなかったら出すから、無理しないで」
「うん、ありがとう。愛してる」
という事で、僕達は王を引き連れて駅ビルの喫茶店に入った。
「いらっしゃいませー、六名様でよろしかったでしょうか?」
「はい、そうです。席はありますか?」
「ただいまご案内させて頂きますねー」
して僕達は六人席に座ると、ソファ席に腰掛けたアイラート王が感触を確かめていた。
「私の私室にもこのような椅子が欲しいな」
「高いわよ? でも貴方は一国の王なんだし、もっともっと豪華なソファを買うといいのよ」
キリコは弟に対しどこか甘い。
アイラート王は幼い頃はシスコンだったらしいし、二人の絆も深いようだ。
待っていると、先ほどのウェイトレスが注文を取りに来てくれる。僕らはそれぞれホットコーヒーを頼み、セットメニューのデザートを一品ずつ頼んだ。
モニカはティラミスケーキを選んでいて、他二名の付き添いの学者はショートケーキとチョコレートケーキを選択している。三人とも今からどんなものが運び込まれるのか楽しみでしょうがない様子だ。
「モニカ殿、先ずは一口ずつ分けて食べませんか?」
「すまんな二人とも、私は騎士として、または王女としてそのような粗相はできない」
とかなんとかモニカは言っていたのに。
いざ運ばれて来たティラミスを前にしたら。
「美味しい……これは王国では中々味わえない至福の味がする。デュラン殿は普段からこのような美味しいものを食べていらっしゃったのですか?」
「まぁね、むしろ食べ飽きた感覚まであるよ」
「そうなのですか、そう言えば今回はデザート頼まなかったのですね。では僭越ながら私のを一口あげますよ……デュラン殿、あーんしてください」
「あーん、うん、美味しいね」
と言うと、モニカは失笑するようにクスクスと笑っていた。
「どこが食べ飽きたと言うのですか、可笑しな方ですね」
モニカとの友好を深めていると、僕の頭頂部を誰かがゴンと強く叩いていた。一体誰だ? ひりひりとする頭頂部を抑えながら振り向くと、怒った顔をしたミサキがいる。
「ミサキ……今回は心配掛けてごめんな」
「それもそうだけど、今のやり取りにイッサの反省の色がまったく見られなかった」
「いや今のは、うん、否定はしない、ごめん」
「贖罪を要求します、今この場でこれにサインしなさい」
と言い、ミサキが出して来たのは婚姻届けだった。
「大事に保管しておくよ、ありがとう」
「素直でよろしいね。一応タイオウくんにも知らせたんだけど、彼は学校が終わってから来るみたい」
「タイオウにも今回は心配掛けちゃったなー、本当に悪かった」
とは言え、僕も好き好んで誘拐された訳じゃないし。
ジーニーを待っている間、キリコとミサキの二人に経緯を話しておくか。
「まぁ座ってくれよミサキ、キリコにも話したいことがあるんだけど」
「何よ? 話の内容って今まで失踪していた理由とか?」
「ああ、実は僕、ここ数日、例のタカ派に誘拐されてたんだ」
と言うと、隣に座ったミサキが僕の手を不安そうに握っていた。
「誘拐されたの? 何が目的で?」
「タカ派の狙いは僕の転移能力だった、彼らは人工的な転移マーカーの開発に成功していて、試しにそのマーカーを使って転移できることを証明させてしまった。けど、タカ派が作ったマーカーにはアンドロタイトに行けるようなものはなさそうだった」
「よく、逃げられたね。どうやって逃げたの?」
「……えっと、そこはおいおい話す。二人きりの時にでも」
僕達が逃げれたのは、魔王と協力したからで。
王を傍に控えた状況では口が裂けても言えない。
そうすると、キリコが何かを思い出したかのように「あ!」と声を上げた。
「そう言えば中嶋先生にも連絡しなくっちゃ、デュラン、小母さんには連絡した?」
「携帯や財布といったものは誘拐犯に取り上げられた」
「じゃあミサキ、小母さんにイッサくん見つかりましたって報告しておいてね」
キリコに言われ、ミサキは「わかった」と言いつつ僕の家に電話をかけ始めた。
アイラート王や、視察団のみんなはその様子をじっと見守っている。
「デュラン殿、姉さん達は今何をしているのだ?」
「キリコが耳元にあててる機械を使って、遠く離れた人と会話してるんですよ」
「なるほど」
そして待つこと数分後。
「あ、来たみたいよ」
とキリコが端を発すると、ミサキも。
「こっちも来たみたい」
と言って、二人の阿修羅が喫茶店に降臨したことを告げていた。
「イッサはいねがー」
母さんは口から白煙を出しながら僕を探している。
「佐伯はどこだ君部」
中嶋教諭は口振りは冷静だが、握りしめている拳はわなわなと震えている。
「イッサくんならお二人の姿を見るなり身を隠して店を出て行きました」
あかん、あかんって!
確かに母さんや中嶋教諭に連絡するのは自然的なことだったけど、アンドロタイトの視察団もいるし、今二人から説教を喰らうのは色々とマズイ状況なんだよ! だからここは逃げるしかなかった。
逃げ先は、く、あそこしかないか!
「いらっしゃいませー、誰かと思えばお前か」
僕が逃げた先は駅前にある魔王の両親が経営している漫画喫茶だった。
漫画喫茶に逃げると、何故か魔王はそしらぬ顔でアルバイトしている。
「お前、あんなことがあってすぐにバイトに出るのか?」
「そういうデュランこそ、ここには何しに? 恋人である私に会いに来たのか?」
「その冗談はもう止せよ、実はしばらく匿って欲しいんだ」
「いいぞ、ならカウンターの死角に隠れていろ」
ん? りょ、了解。
匿って欲しいことは欲しいが、ここまで本格的に匿われなくてもいいんだけどな。
「いらっしゃいませー」
「聞きたいことがあるのですが、今ここに私の生徒っぽい男子が来ませんでしたか?」
この声は中嶋教諭のだ、見つかるにしても捜索の手が早すぎる!
中嶋教諭、貴方は教師よりも刑事に転職なされてはどうだろうか。
「どのような方でしょうか?」
「白いフレームの眼鏡で、身長はおおよそ一七五センチ前後、黒いジャンバーに下は淡い色合いのジーンズの格好をしている」
「……その方でしたら」
心臓が嘘のようにドクンドクンと跳ねる。
神経は張り詰めて、脳裏には反動的にアドレナリンが出ているようだった。
「先ほど、十八禁コーナーで女教師もののエロマンガを見ていた様な気がします」
「佐伯……お前……分かりました、ありがとう御座います」
中嶋教諭はそう言い、十八禁コーナーに駆けだした。
「おい魔王」
「何だ、背徳に浸る学生くん」
「このことは覚えてろよ?」
「承知した、だがなデュラン、お前は私に借りがあることを忘れるなよ」
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