猛撃のディープレッド (13)
「……はっ!?」
気付けば。
奇妙な空間にいる自分を、カドシュは見出していた。
「こ、こは」
見回す。
知っている。
シミュレータで見た通りの、ごく狭い部屋。『海の向こう』で言うところの、戦闘機の操縦席に似た空間。
フットペダル、操縦桿、各種スイッチ。目を引くものは幾らでもある。だが今のアンバーは正面光景に釘付けられていた。
キャノピーの外。もしこれが戦闘機だったなら、空が広がっているだろう向こう側。
そこに、戦闘形態と化したスティアが立っていた。
ただし、優に先程の十倍はあるだろう巨大な姿で。
「でか」
反射的に呟きながら、カドシュは改めて理解する。縮小し、フレイムフェイスの頭部コクピットに収まっているのだという事実を。
そして、思った以上に消耗が早そうだという実感を。
フレイムフェイスは、エルガディア防衛隊が有する特殊装備である。その装着には防衛隊及びフレイムフェイス自身からの認可と、何より装着に耐え得る相応量の魔力が必要となるのだ。
特殊な構造、特別な術式。それらを大量に備えた上、そもそも身体全体が魔力の塊で構成されているとあれば、無理もない話だろう。
現在の正式であるアンバーは特に気にした素振りもしていなかったが、あれは彼女が桁外れの魔力を備えているからだ。
転じてカドシュはどうか。彼もネイビーブルーの一員であり、装着者の資格を備えてはいる。だがそれはあくまで予備であり、長時間の戦闘は想定されていない。
「もって、五分」
たったそれだけの時間の内に、スティアから納得を、勝利を引き出さねばならない。
「なに、十分ですよ」
ホロモニタでカドシュに答えつつ、フレイムフェイスは抜刀。未だ正座させられているリヴァルが見守る前で、二人は相対する。
「そこまでかからないでしょうし」
フレイムフェイスは正眼。日本刀の基礎にして、この二百年間数多の敵を斬り捨てて来た構え。波一つない水面じみた静寂。
対するスティア戦闘態は螺旋。ねじるように構えた右腕、細剣の柄頭を
静と動。真逆の刃を向き合わせながら、フレイムフェイスは問う。
「ところで、勝敗の判別は?」
「先に一撃。どのようなやり方でも」
そうでしょうとも。
その返しを、フレイムフェイスは思考の中だけで止めた。昂り続けるスティアの闘志を前に、そのような問答はもはや無粋。
ぶつかり合う視線越し、互いは互いの隙を探し、仮想の刃が斬り結ぶ。
五撃。十撃。
二十撃。三十撃。
それは第三者から見れば、あまりに静謐な睨み合い。
されども凄まじき闘志のぶつかり合いは、それだけで肌を刺すようであり。
「……!」
やがてリヴァルが耐えきれず唾を飲んだ瞬間、両者は動いた。
「ひゅ――!」
先手を取ったのはスティア。右腕のみならず、全身の膂力を余す事無く乗せ切った神速の刺突。質量を持った光線の如きその一撃は、ともすればラージクロウの装甲すら貫通せしめただろう。言わば閃撃。必殺の技。
だが。
フレイムフェイスには、それが見えていた。
一歩。左足を引きながら、フレイムフェイスは構えを変える。刃を上に向けたその様は、『海の向こう』で言う所の霞の構えに似ている。
違うのは重心が低い事と、峰に左手を添えている事。防御の姿勢。この時スティア戦闘態の閃撃は最高速度に達しており、切磋の軌道変更は不可能。結果、細剣は日本刀の鎬の上を、導かれるように滑る。互いの柄が激突する。
「く、」
歯噛みする間もあればこそ、スティア戦闘態は動きを変更。膂力を生かして押し込み、動きを封じる方向へ切り替える。
その為に、重心を動かした一瞬。
その絶妙な間隙を、フレイムフェイスは突いた。
「しッ」
鋭い呼気と共に跳ね上げられる日本刀。勢いを減じていた細剣は弾かれ、のみならずスティアもたたらを踏む。しまった、と思った時には既に遅い。顔面を狙うフレイムフェイスの左拳が――ぴたりと、スティアの眼前で静止した。
「この辺で良いかな、と僕は思うのですが。いかがでしょうか」
「確かにね。けど、仮にこの一撃が入っていたとしても、まだ致命傷じゃあない」
「それもそうですねえ。ですが、そこからの流れがどうなっていたのか。アナタほどの技量があるなら、容易に想像がつくのでは?」
「……」
スティアは返せない。その通りだからだ。打撃が入り、ノックバックした所へ斬撃。そんな所だろう。あるいはもっと途方もない技巧でも見せられたか。
どうあれ、スティアは細剣を収める。変身を解き、戦闘態から元の姿へと戻る。
「……そうね。それは、その通り」
息をつく。風が吹き、ざあ、と木々が揺れる。
それきり、静寂。
「……それで、ですが」
やがて、フレイムフェイスが沈黙を破った。
「何?」
「どうでしたか?」
「何が?」
「いや、いやいや。そもそも僕がアナタの眼鏡にかなうかどうかを確かめるのが目的だったじゃあないですか」
「……。あぁー!」
「もしかして、本気で忘れてました?」
「まぁ、その。ちょっと。ちびっとね?」
誤魔化し笑いをするスティア。
この時。フレイムフェイスは、初めてスティアの笑顔を見た。
「――」
『今回は■た酷いわね■ット。■っぽど運が■い■■しら』
なにか。
とても重要ななにかが一瞬脳裏を過ぎり、すぐに焼失する。
その灰を、どうにか復元できないか。
「良いわ」
その矢先、スティアが答えた。
「え」
「協力するって事よ。リヴァルと同じく、アナタ達にね」
今し方、交えた太刀筋。信じられないくらいに技量が上がっているが、根底を支える動きのクセは同じだった。
即ち、スティア・イルクスが探す男。マット・ブラックと。
彼女は、納得を得たのだ。
無論違う可能性はある。だがギューオと協力し続ける限り、可能性の検討すらできないまま輪海国エルガディアは滅んでしまうだろう。
「結局は私達『乗合馬車』よりも、アナタ達エルガディア防衛隊の方が、筋が通っているもの。それに」
「それに?」
首をかしげるフレイムフェイス。その仕草に、ふとスティアは思い出してしまう。
『今回はまた酷いわねマット。よっぽど運が悪いのかしら』
昔の、数年前の記憶を。
「……なんでもない。それより今はもっと重要な事があったでしょ」
「ああ、そうですね。遅くなりましたがリヴァル・モスターさん……モスターさん?」
辺りを見回して、そこでフレイムフェイスは見た。一拍遅れて、スティアも気付いた。
割と長めの時間の正座を強要され、しかし姿勢を崩せず声も発せぬまま静かに悶絶しているリヴァルの姿を。
「うわーっホントに忘れてた! ごめんなさい!」
◆ ◆ ◆
「嬉しいなあ。読み通りになるってのは嬉しいなあ」
装甲車じみた巨躯とは対照的に、鈴を転がすような声で笑うラージクロウ。その装甲には今も断続的に防衛隊員達が放つ銃弾が放たれているのだが、相変わらずこゆるぎする気配さえない。そして挙動や声から察するに、タームハイツで戦った個体と同一人物が操作しているのは間違いなかった。
「こちらの後退を予期していた、と」
「そういう、コトだなあ!」
不意にフレイムウイングへ首を向け、口を大きく開くラージクロウ。まずい、とアンバーが操縦桿を捻るのと、口腔に光が満ちるのは同時だった。
ごう。射出される火球がフレイムウイングの真横を通過し、壁に着弾爆発。ラージクロウは尚も火球射出を継続、フレイムウイングを明後日の方向へ追いやる。それから改めて防衛隊員達へ向き直り、火球を射出。
「各員散開!」
「了解!」「了解」「了解!」
キャプテンの号令の下、左右に散らばって火球を回避する隊員達。的を増やして攻撃を散らす目論見もあったろう。
だが、それはラージクロウの思う壺であった。
「ほんと、嬉しいなあ」
まったく嬉しくなさそうな呟きと共に、ラージクロウはスラスター起動。隊員五名の内最も右に居た隊員めがけ、強烈な体当たりをしかけた。衝撃。跳ね飛ばされる隊員。
「マレッタ・ラシャ隊員、シールドレベル0。シールド・ディフレクター消失」
ラシャ隊員自身の声は聞こえなかった。だが状況を読み上げる電子音声は、それ以上にアンバーの心臓を締め上げた。もはや彼にシールドの守りはない。そんな状態でラージクロウの攻撃を受ければ……!
「ラシャ! この野郎!」
近くの隊員がカバーに入り、ラシャ隊員の前へ防盾術式展開。更に注意を引くべくアサルトライフル連射を浴びせる。周囲の隊員達も同様だ。だがラージクロウはあざ笑うかのように首をもたげ、火球の射出を再開するのだ。
ごう、ごう、ごごう。ある者は避け、ある者はシールドで防御しながら、どうにか凌ぐ。どうにか耐えられている。
だが、こんな状況いつまで続けられる? 五分? 一分? 下手すればそれ以下の時間で取り返しのつかない状況になろう事は明白。
故に、アンバーは決意する。通信を繋ぐ。
「こちらで攻撃をしかけます! キャプテンさん、一旦射撃を止めて下さい!」
フレイムフェイス 異界迷宮攻略班 横島孝太郎 @yokosimakoutaro
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