猛撃のディープレッド (12)
「ほぉー」
半分本気でギューオは感心した。捨て身にも程がある戦法を、躊躇なく実行するとは。これでは英雄と言うより蛮勇だ。
「ま、輪海国エルガディアの連中にとって死は縁遠い概念だからな」
ギューオの直視と嵐の洗礼を浴びながら、粛々と歩み進む仮面無きフレイムフェイス。身を鎧う
だがそれ以上にギューオの注意を引いたのは。
仮面の脱落した、
烈風に荒ぶまま膨れ上がる紫色の光は、こちらを焼き尽くさんとする意思表示そのもののようであり。
「どうあれ、やる気十分らしい事は変わらんか」
犬歯をむき出して笑うギューオは、赤い大剣を担ぎ直す。魔力の循環経路が変更され、刃の内部に凝縮集結。
引き換えにそれまでネイビーブルーを苛んでいた竜巻は、あっさりと雲散霧消した。
「え!?」
アンバーは目を剥いた。今までこちらを阻んでいた竜巻がいきなり消えたとあれば、さもあらん。だがそれ以上に彼女を驚かせたのが、竜巻の向こうから現れた異形の姿である。
巨躯の、甲冑の戦士じみた異形。それもただの甲冑ではない。全身をほぼ隙間なく鋼鉄が覆う、いわゆるフルプレートメイルである。
ギューオ・カルハリが装着者であると一目で分かる巨体。全身を鎧う装甲は、担ぐ巨大剣と同じ
これこそがギューオの戦闘形態。先の戦闘における、クレイルのラージクロウに相当する姿。
彼はこの姿に、装甲の色と同じディープレッドの名を授けている。
「う、お、お、お、おオオーッ!!!」
そのディープレッドが、吼える。物理的な圧力さえ錯覚させる気迫と共に、振るわれるは踏み込みながらの薙ぎ払い。彼自身の身長にも匹敵する長刀だというのに、まるで重さを感じさせない速度。それ程までの身体強化。
対するフレイムフェイスは、ディープレッドが薙ぎ払いの予備動作を見せた瞬間から足を速めていた。前傾、半ば飛び込むような姿勢のスプリント。
躊躇の無いフレイムフェイスの突進は、当然ながらディープレッドの斬撃半径に身体を晒す。かくて恐るべき巨大剣は、一刀のもとに相手の首を切断していただろう。通常ならば。
しかしながらフレイムフェイスには、そもそも首から上が無いのだ。
よってディープレッドが感じたのは、固い空気を撫でるような手ごたえと。
懐に潜り込んだフレイムフェイスの、拳に込められた闘志であり。
「ほう。存外速い」
感嘆すると同時に、脇腹へフレイムフェイスの拳が叩き込まれた。
強烈なフック。生半な装甲であれば一撃でひしゃげるだろう衝撃を生んだその一撃は、しかし。
「だが、それだけではな」
ディープレッドの体躯を、微塵も動かす事は無かった。
「……!?」
驚愕するフレイムフェイスは見た。己が拳を打ち込んだ箇所から、ディープレッドの装甲表面に波紋のような光が広がるのを。
あれは何だ、と考える暇もなく襲い来る反撃。両手を組み、打ち下ろされるハンマーパンチ。フレイムフェイスは十字に組んだ腕でそれを受ける。
激突。みしみしと軋む両者の腕。拮抗する力と力。両者動けぬ。千日手じみた状況に立つギューオは、しかしバイザーの中で更に笑った。
「決まるかァ?」
ディープレッドの手に大剣は無い。先程降り抜いた直後に手を離したからだ。投擲された巨大刃は回転速度を増し、円弧を描いて旋回飛行している。さながらブーメランのように。
そしてその飛行軌道の先には、今まさに拮抗するフレイムフェイスの身体があり。
「――ッ!?」
突如右脇腹を打ち据えた一撃に、フレイムフェイスは吹き飛んだ。吹き飛びながら理解した。防御でなく回避を選択すべきだった事を。
次いで空中で身を捻り体勢復帰。両足と左手で三点着地。燃える轍を刻み付け、反動を強引に殺す。そうして拳を構え直した頃には、既にディープレッドがフレイムフェイス目掛けて突進して来ていた。
「耐えたか! そうでなくてはなッ!」
素早い足運びからの右拳打。単純、かつ厄介な攻撃。フレイムフェイスを優に一回り以上上回る体躯を持つディープレッドの打撃は、それ自体が間合いの優位を持っている。『海の向こう』で言う所のアウトボクサーに通じる論理。
故にフレイムフェイスはスウェー回避。そこへ襲い来るディープレッドの左拳打。フレイムフェイスは手首を内側から打ち逸らす。そこへ襲い来るディープレッドの右拳打。フレイムフェイスは手首を内側から打ち逸らす。そこへ襲い来るディープレッドの左拳打。フレイムフェイスはスウェー回避。
「お、お、オオオッ!」
拳打、拳打、拳打の嵐。まさしく猛撃のディープレッド。先程の竜巻にも匹敵する勢いの連撃を、フレイムフェイスは捌く。捌き続ける。
反撃には出られない。完全に向こうの間合いへ釘づけられている。
フレイムフェイスは存在しない舌を巻く。ギューオ・カルハリ。一見すると狂戦士じみた面があり、攻め手からもそれは見て取れる。
だがそれと同時に、冷徹な戦略家としての面も併せ持っている。この二百年間戦って来た敵の中でも、指折りの実力者である事は明白。
だから、フレイムフェイスは耐える。コンパクトに捌きながら、この猛撃が崩れる瞬間を。
◆ ◆ ◆
こうしたフレイムフェイスとディープレッドの戦闘が始まる、少し前。まだ竜巻が展開されていた頃。
フレイムフェイスの頭部から分離した仮面は、即座に戦闘機形態へと変形。操作権限が移ったフレイムウイングの操縦桿を、アンバーは改めて握りしめる。そして思い出す。フレイムフェイスとのやりとりを。
『このままでは良くて引き分け、悪ければ敗北するでしょう。イレイザー・セイバーが使えないのが、何より痛い』
『でも、なら、何か手は!?』
『安心してください、勿論あります。その為にアンバーさんには――』
上空で機体を旋回させた後、アンバーは速やかに下降。キャプテン達の頭上で静止しながら、主砲の準備を進める。
「先程お話しした通りです、キャプテンさん!」
「了解。これより第一突入班はシグリィ特尉の指示の下、現戦闘区域から後退する!」
「了解!」「了解」「了解!」
鋭い声で応じつつ、一九二式防盾術式を手早く解除していく隊員達。フレイムフェイスの指示通りだ。
彼らを目下に見やりつつ、アンバーは引金を――。
「え!?」
引く直前に、彼女はレーダーで背後の竜巻の消失を知ったのだ。慌ててホロモニタを呼び出し、後部カメラで状況確認。映ったのはフレイムフェイスの後ろ姿と、赤い鎧甲冑の巨漢。
「う、お、お、お、おオオーッ!!!」
その巨漢が、吼える。物理的な圧力すら錯覚させる咆哮は、さながら『海の向こう』で言う所の怪獣のよう。かの世界に倣うなら、戦闘機に乗っているアンバーはその鼻面へ攻撃を叩き込むべきなのだろう。
だが、アンバーは照準を変えない。そもそもフレイムウイングの主砲は攻撃のための物ではない。何より隊長の、フレイムフェイスの命令に背く訳にはいかない。
「オーバーライド・バスター! 発射します!」
かくてアンバーは主砲オーバーライド・バスターを発射。怒涛の猛撃と相対するフレイムフェイスを背景に放たれた光線は、奈落の先の何もない空間に着弾。走る閃光。
光が収まった時そこに現れたのは、細い通路とその先に立つ木製の扉。一見すると一般家屋の廊下と扉のようであるが、輪郭に時折走るノイズが不安定な存在である事を物語る。オーバーライド・バスターによって強引に上書きされた退路という訳だ。
「成功です! でもいつまで持つか分かりません! 皆さんお早く!」
「了解」「了解!」「了解!」
背後のディープレッドを警戒しつつ、足早に通路を渡っていく隊員達。先頭の者が扉を開け、次々に入っていく。
しんがりを務めるアンバーは、フレイムウイングを通路上で浮遊待機させつつ背後をもう一度見る。
「耐えたか! そうでなくてはなッ!」
フレイムフェイスへ襲い掛かるディープレッド。戦況はこちらがやや劣勢。カドシュ支援のみならず、フレイムウイングにまで分体したのだから弱体化は当たり前だ。『もって数分くらいでしょうねえ』とは当人の弁である。
故にアンバーは隊員を率い、速やかに後退しなければならない。そして――。
「撃てっ、撃てーッ!」
その時、扉の向こうから聞こえて来た銃声。反射的にアンバーは操縦桿を倒し、フレイムウイングを加速。同時に思考する。
あの扉は先程隊員達が
なのだが、しかし。扉を潜ったアンバーは、隊員達の頭越しにそれを見たのだ。
前方、通路の真ん中。隊員達の斉射を受け、しかしものともせず立ち塞がっているラージクロウの姿を。
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