猛撃のディープレッド (11)
『
正式名はマスターパス。限定空間改竄術式――いわゆるダンジョンを構築するために作られた魔道具である。これを発動した術者は、その身を起点として望む範囲の空間を書き換える事が出来る。
定義に使われる情報は様々だ。術者の記憶や想像力、マスターパス内部に保存された情報、あるいは取り込んだ者達からもたらされる情報等々。他にも使える資材、出来る事柄は多々あるが、要約すると次の一文で足りる。
使用者は、ダンジョンのマスターとなるのだ。
故にマスターパス。これによって生成されたダンジョンを消し去る方法は、大別して三つ。使用者が解除する、使用者の魔力が枯渇する、使用者が意識を失って魔力供給が途切れる。この三つだ。
発動中のマスターパスが損壊する事はまずない。何故なら魔力供給の安定化や術者の身の保全がため、マスターパスそのものが使用者と一体化、身を強化する鎧となるからである。先の戦闘でクレイルが変じていた姿――ネイビーブルーに破壊獣と呼ばれていた存在がそれだ。
この鎧をいつ纏うか、どのような形状にするのか。それらもまたマスターパス所持者に委ねられる。
その権能を、スティアは今、改めて行使した。
渦巻く風。閃く光。スティアを中心軸として、強大な術式の目覚めを告げるあからさまな兆し。
「これは」
つぶやくフレイムフェイス。身構えるカドシュ。ただ一人何もできないリヴァル。
程無く風と光は消失し――現れたのは、騎士甲冑にも似た異形。
流麗な、しかしどこか不安を誘う姿。身長だけならカドシュと同じくらいだが、全体のシルエットは奇妙に細い。純白の装甲も相まって女性的、と言うより骨のようであった。
そんな骨の騎士が、右手を打ち振る。するとその掌中には一振りの細剣が握られており。
騎士は構える。油断なき切っ先。
真意はともかく、スティアが本気である事は間違いなく。
「止むを得ませんね。カドシュくん」
「え。あ、はい」
「
「それは、」
カドシュは口ごもる。そして驚愕する。「了解」と即答できなかった自分自身に。
何故出来なかった? 決まっている。信用が揺らいだからだ。他でもない、フレイムフェイスへの。
では拒否するか? それとも真相を問いただすか? 今この場で?
生じた逡巡を、カドシュは。
両手で頬をひっぱたいて、強引に叩き潰した。
「わっ。どうしたんですか?」
「――いえ、なんでもありません! そして了解しました!」
疑問はある。正直、色々分からなくなってきている。
だが少なくとも、フレイムフェイスが「後できちんと説明する」と言ったのは事実。
ならば、今はそれでよい。それを信じる。
何より今の最優先事項は、『乗合馬車』のスティアとやらへ協力を取り付ける事であり。
「オーバーライド、実行します!」
それを成すべく、カドシュは叫んだ。
◆ ◆ ◆
輪海国エルガディアへの攻撃に辺り、『乗合馬車』が最重視した要素は、たったの一つ。
いかにして、フレイムフェイスのイレイザー・セイバーを封じるか。その一点に尽きた。
彼らが行う「最初の作戦」は電撃侵攻であり、適切なダンジョン展開と輪海国エルガディアの法の穴を突く事で、通常戦力は概ね無力化出来る事が予測された。実際その読みは概ね的中し、ティンチ飲料工場へ予定通りの大規模ダンジョンを生成する事にも成功した。
ダンジョン内へ踏み込んできた隊員達がフレイムフェイスの権利がため予想より早く攻撃を解禁したが、まあ誤差の範囲だ。この程度どうとでも磨り潰せる。それこそ今展開しているこの竜巻で。
「……さあて、さて。どう出る?」
その竜巻の内部。荒ぶる魔力の壁越しに、ギューオはフレイムフェイス達を見回す。彼の視界を竜巻が遮る事は無い。発動した術者なのだから当然の事だ。だが、向こうはそうではない。
圧力と指向性を伴って渦を巻くこの莫大な魔力は、肉眼だろうとセンサーだろうと内部の確認を著しく阻害する。あまつさえ内部に入り込んだものはギューオの操作一つで即座に攻撃、あるいは改竄を仕掛ける事が可能だ。先程銃弾を料理したように。
勿論シールド・ディフレクターの守りは強固であり、一人倒すにもそこそこ時間がかかるだろう。だがそれだけだ。
踏み込んだ者は、確実に排除される。回避も防御も出来ない。そんな障害が目の前にある状態で、フレイムフェイスが取りうる手段は何か?
そう、イレイザー・セイバーだ。
あの呪いの炎であれば、竜巻ごとギューオを排除する事なぞ造作もあるまい。
だが、出来ない。少なくとも、今は。
そしてその問題を見破られていた事に、フレイムフェイスは気付いた。
「少々、参りましたねえ」
「どうしたんですか? ラージクロウを倒した時の、えーと、イレイザー・セイバーでしたっけ。あれでずばーっとやっちゃえば良いじゃないですか」
「僕としてもそうしたいのは山々なんですけどねえ」
一拍。ため息のような間の後、フレイムフェイスは白状する。
「現状、僕はイレイザー・セイバーを使えないんですよねえ」
「あ、そうなんですね。じゃあしょうがない……」
一瞬納得しかけ、しかしアンバーは目を見開く。
「え、どうしてですか!? 私の魔力が足りないとか!?」
「いえ。問題があるのはアンバーさんでなく、僕の仕様の方です」
ホロモニタ内。フレイムフェイスのアイコンがアンバーを見る。
「簡単に言うとですね。イレイザー・セイバーの種火は僕と一緒に分割されてる状態でして。今のままでは使えないんですよ」
「えっ」
「いやぁ、ここ二百年こんな状況は滅多になかったんですけどねえ。この輪海国エルガディアを滅ぼすと言うだけあって、きちんとリサーチをしておられる。流石は『乗合馬車』ですねえ」
「か、感心してる場合じゃないのでは!?」
動揺しつつも、アンバーは自分達の状況を改める。
「つ、つまり今の私達は竜巻が近づいてて後ろの崖が目の前で、手持ちの武器は全然効かない上に頼みのイレイザー・セイバーは使えないって事ですか!?」
「使えないって事です。素晴らしい、満点のまとめですねえ」
「うわー! ちょっと嬉しいですけど激ヤバ状況なのではー!?」
「はっはっは。落ち着いて下さいアンバーさん。確かにマズい状況ですが、切り抜ける手が無いワケではありません」
「あるんですか!? それは!?」
「オーバーライド・バスターを使います」
◆ ◆ ◆
「む」
ぴくと、ギューオの片眉が動く。竜巻を透かした向こう側、フレイムフェイス陣営に動きあり。
短い会話を交わした後、彼らはフォーメーションを組み替える。
フレイムフェイスが一人前に出、残りは少し下がって下がって密集。そうこうする合間にも竜巻の範囲は着々と広まっており、奈落まで残り数歩と言ったところ。対策は組み終えた所なのだろうが――。
「さて、どう出る」
独りごちた矢先、それは起きた。
フレイムフェイスの頭部、燃え盛る炎の中に浮いている仮面。
それが、突然上空へ飛び上がったのだ。
「ほ」
反射的に目で追うギューオの視界内で、仮面は機構を展開。『海の向こう』で言う所の戦闘機に似た形状へと変形する。
「あーフレイムウイングってやつだ。こうしてじっくり見ると結構かっこいいなあ」
通信からしみじみと聞こえるクレイルの声。彼女は次の作戦段階のため、別の座標で待機しつつこの状況を俯瞰しているのだ。
故に一瞬だが、その強攻へギューオより早く気付いた。
「わあ無茶するなあ。死なないとはいえ無茶するなあ」
反射的に視線を下ろすギューオ。
見据えた真正面。秒単位で
仮初の顔を失い、荒ぶ嵐に炎が荒れ狂うその姿は、いよいよもって悪夢の怪物じみていた。
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