猛撃のディープレッド (10)

 ◆ ◆ ◆


 自動ドアをくぐり、スティアは『客室』に入った。

 酷く天井の低い室内に、備え付けられた椅子が四つ。サイコロの目のように礼儀正しく並ぶ。

 椅子の前にはそれぞれコンソールが備わっており、魔術的にも電子的にも各員専用に最適化されている。


 白一色の壁や床はうんざりするほど清潔で、『海の向こう』で言う所の宇宙ステーション内部にどことなく似ている。もっともこの『客室』には重力が魔法で作られているのだが。

 それにしても、『客室』。なんと素敵な名前だろう。この乗り物及び即席部隊につけられた『乗合馬車キャリッジ』と同じくらいに。


「……干渉準備、整いました」

「ご苦労。定刻通りだな」


 手前列右側。野生の獣じみた笑いを張り付けながら、立ち上がるのは偉丈夫の男。天井にギリギリ擦れている髪を気にする様子もなく、男は、ギューオ・カルハリは一同を見回す。


 残る三つの椅子の内、埋まっているのは後列の二つ。右にクレイル・フォー。左にリヴァル・モスター。残る一つはスティアへ宛がわれたものであり、彼女が前に居た部屋のコンソールと同期している。

 即ち、『乗合馬車』の操縦室と。


「これまでエルガディアへの干渉は、我々『乗合馬車』が発進する以前から幾度も行われて来た」

「ついでに言うなら、移動中個人的にもねー」


 無表情に呟くクレイル。ギューオはにやりと笑う。


「さて? 何の事だろうな」


 この室内にいる誰もが、少なくとも一回以上、エルガディアへの遠隔干渉を行っている。そもそもこの『客室』は、そのために作られたクラッキング拠点としての意味合いが強い。

 だが、それらは記録されない。少なくとも公的には。


 そもそもの話、『乗合馬車』が輪海国エルガディアへ向かっている事自体が極秘事項なのだ。いま連合内で自分達の位置を掴んでいる者はそうそう居ないだろう。片手の指より少なかったとしても、スティアは特に驚かない自信があった。


「何にせよ、だ。我々の目的は輪海国エルガディアへの干渉。場合によっては破壊する事である」


 言いつつ、ギューオは乗員を順番に見回す。


「極秘、かつ火急に招集された面々であるため、意思の疎通に多少の齟齬が生じるだろう事はまあ、否めまい」


 視線がリヴァルを捉える。

 垂れ目の男は眉一つ動かさない。

 むしろ、微笑みすら浮かべた。


「そんなヤツいるんですかねーこんな小さい集団の中に。もはや存在自体がリスクでしかないでしょうに、輪海国エルガディアは。魔法学的にも、地政学的にも」

「ふ、その通りよな」


 歯を剥き出して笑うギューオ。ライオンの威嚇を思わせるその笑顔が、ぐるりとスティアに向く。


「そして、此度の強行軍を可能としたスティア・イルクス殿の御協力。まこと痛み入る」


 壁のように圧迫感のある一礼。

 スティアは、引きかけた足を、強いて踏み止める。


「……そうね。実際、私が居なければ『乗合馬車』自体が存在しなかったでしょうし」


 連合内部において、スティア・イルクスには独自の行動権限が与えられている。

 仇敵を、マット・ブラックを倒すために与えられた特権。

 その征伐は果たされた。少なくとも表向きは。遠からず、その権限は剥奪されるだろう。


 だから、そうなる前に。

 最終目的が、輪海国エルガディアの破壊と言う、意にそぐわぬものだっとしても。


 スティアは、乗るしかなかった。乗らざるを得なかったのだ。『乗合馬車』に。


「もっとも、まさか操縦者ドライバーを担当するとは思わなかったけど」

「ハハハ! それは止むを得ないな。輪海国エルガディアと同期するための時間加速術式と、その搭載及び運用に耐え得る新型キャリアー。大手を振ってこの二つを手に入れるためには、貴女の権限がどうしても必要だったのだ」


 快活なギューオの笑みが、不意に消える。


「さて。これから我々は、最初・・の作戦を開始する訳だが」

「うふ」


 小さく笑うクレイル。気持ちは分かる。ここまで堂々とした欺瞞とあらば。


「確認したい。スティア・イルクス。輪海国エルガディアへの干渉、攻撃、場合によっては殲滅破壊。異存はありませんな」

「それは、」


 スティアは思考する。

 これから行われる最初の作戦。それ以前に調べる時間はあった。ある程度だが。


 確かに不審な対象は居た。フレイムフェイス。おぞましき呪いの炎。

 あの紫の正体が何なのか、輪海国エルガディアの者達は知らない。それ自体も中々に眩暈のする事実であるが――重要なのは、そこではない。


 あの炎を操る事が出来るのは、世界にただ一人。あの男、マット・ブラックだけだ。

 その筈なのだが、しかし。


 スティアの記憶にあるマット・ブラックと、今まで収集したデータから見るフレイムフェイスの立ち振る舞い。

 大きな齟齬があるのだ。とても同一人物とは思えぬくらい。


 何かがあった。それは間違いない。

 では原因は何なのか。それは掴めなかった。二百年近い活動の記録があるのに、だ。


 そもそも輪海国エルガディアの歴史には、意図的な欠損がある。国民は皆、自分達がどれ程不安定な世界に立っているのか、微塵も自覚していない。

 明らかな犯罪行為。もしそれにフレイムフェイスが、マット・ブラックが加担しているのであれば。


「……最初に決めた筈です。攻撃はともかく、殲滅は早すぎる。輪海国エルガディアがこうなった理由を明らかにし、その上で決断する。それが、私があなた方へ妥協できるギリギリの線引きだと」


 きっとスティアは、今度こそ、あの男を許さないだろう。


「初志貫徹、と言う事ですな。素晴らしい」


 微笑するギューオ。その目は全く笑っていなかったが、スティアは気にも留めない。そんな輩は、今まで何人も見て来た。


「どうあれ、同意は頂けた。作戦を開始しようではないか諸君」


 十中八九、この男は輪海国エルガディアへの殲滅を強行するだろう。そうした躊躇の無さを買われて抜擢された筈なのだから。


 そしてそれを止める理由が、スティアには無かった。少なくともこの時点では。

 まさか予想だにしなかった仲間の裏切りにより、共犯者に仕立て上げられるとは、夢にも思わなかった。


◆ ◆ ◆


「どう? 少しは思い出せた? マット・ブラック」


 スティアは問う。世界の根幹を揺るがす、青色の巨塔。輪海国エルガディア。その異様の再現記録を背にしながら。


 対するマット・ブラック――と思しき男は、フレイムフェイスの表情は、変わらない。変わる表情がそもそも無い。スティアもそれは分かっている。

 だから、スティアは見る。ホロモニタの中央、浮かぶデフォルメアイコンを、食い入るように。


「なるほど」


 やがて、フレイムフェイスは口を開いた。


「知識として知ってはいましたが。再現記録とは言え実際にこの目で見ると、実に大迫力ですねえ」


 スティアは目を細める。

 やはり知っていた。知っていて、輪海国エルガディアを守り続けていた。

 何の為に? 彼がマット・ブラックであれば、その理由に一つ仮説が立つが――。


「さておき、お答えしましょう。それは僕にもわからないのです」

「そう」


 どうあれフレイムフェイスの回答に、スティアは息をついた。


「驚かないのですね」

「アナタの情報自体は、長い事調べさせてもらったからね。予想出来た答えの一つではある」


 スティアは、腰に手を当てる。薄く笑う。


「誠実なのよね、アナタ」

「へ、」


 一瞬、フレイムフェイスは言葉に詰まった。


「それは、ありがとうございます……まあ経験則でもありますけどねえ。必要な情報は惜しみなく出すのが、結局は信用を得る近道ですから」

「その割には肝心の正体が、輪海国エルガディアの人間にすら不明みたいだけど」

「そこはご容赦頂きたいところですねえ。何せ僕自身分からない情報なので」

「……本気で言ってるのよね、それ」


 じっと、ホロモニタを覗き込むスティア。

 画面内のアイコンは、表情を変えない。変わる筈がない。


「勿論。誠実なのがいい所なので」

「自分で言う事じゃないと思うけど」

「はっはっは」


 どうあれ、予想通りの結果だ。記憶も自覚も当人に無い以上、いくら詰問したところでフレイムフェイスとマット・ブラックが同一人物なのかなぞ、確認のしようがない。


「何にせよ、困りましたねえ。今後の計画上、我々ネイビーブルーはアナタの納得と同意をどうしても得る必要があるのですよ。どうすれば引き出せますかねえ」

「……」


 スティアは、背を向ける。数歩離れる。

 あえてだ。ほんの少し上がりかけた口角。それを見られたくなかったから。


 努めて、表情を消した後。スティアは、改めて振り返る。


「そうね。それは、こっちも同じ。確定できなくても、せめて仮定に使えそうな証拠は欲しい。それが条件」

「成程。して、その為に必要なのは?」

「それは、とてもシンプル。そもそもこのダンジョンを展開したも、半分はその為だし」


 スティアはフレイムフェイスの真正面から、告げた。


「ネイビーブルー隊長、フレイムフェイス。私と戦いなさい」

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