第26話 2.龍己の両親(ご挨拶編)
実のところ、龍己は弟に関しても両親に関しても、春香を紹介することはあまり心配していなかった。春香とルームシェアをするときに両親と弟の虎太郎に許可を取ったのだが、そのときの反応が同じだったのだ。
『男の子とルームシェア? 兄さん、隠すことないよ。日本でも同性愛は認められて来てるから』
虎太郎からの返事にはそんなんじゃないとそのときは書いたが、春香と公証役場に行くような仲になってから、弟として春香に龍己の財産が全て行くことを了承してもらおうと龍己はもう一度メッセージを送った。何も隠さず、春香と龍己は恋人同士で思い合っているということを書いたら、虎太郎からの返事は『やっぱり』というようなものだった。
『挨拶に行くから、日程を設定してくれ』
実のところ虎太郎に春香を紹介するというのも、虎太郎からの提案だった。昔から面倒くさがりで人間関係を疎かにしてしまう龍己と違って、虎太郎はものすごくマメで気遣いができる。挨拶の日にお高めの菓子折りを持ってスーツで来たのも、虎太郎なりの気遣いだった。
春香は気付いていないだろうが、虎太郎は最初から春香を龍己の伴侶と認めていた。
両親の方はルームシェアをすると聞いたときに虎太郎とあまり変わらない反応をした。
『最近は同性同士の恋愛も多くなってきてるんだから、堂々としていていいよ。うちの隣りのカップルも同性婚で、養子をもらっている。龍己も子どもが欲しくなったら養子をもらえばいいだけなんだからね』
具体的に例が出て来るのは両親が海外に暮らしているからだろう。理解のありすぎる両親と弟を持っていて、最終的に春香との仲を認められずにもがいていたのは龍己だけだった。
両親との挨拶のときにも春香が襟のあるアイロンのかかった白いシャツを着て、スラックスを履いているのに龍己は気付いていた。
「春香、スーツを持ってないのか?」
「持っていないのです」
大学の入学式もシャツとジャケットとスラックスで済ませたという春香は、スーツを持っていない。成人式までにはスーツも揃えてやりたいし、着物も着せたいと龍己は密やかに計画していた。
「スーツじゃないとだらしない奴って思われますか? 僕、何を着たらいいのですか?」
通話をするパソコンを前に不安になっている春香の柔らかな薄茶色の髪を、龍己はくしゃくしゃと撫でる。春香の髪の毛は龍己のストレートの髪よりも癖があってふわふわで手触りがよかった。
「だらしなくないよ。俺の方がだらしない格好だぞ?」
「龍己さんはご両親の息子さんだから大丈夫なのです」
普通にアイロンもかかっていないシャツにズボンという出で立ちの龍己を、春香はそれでもいいと言ってくれる。これまで体の関係のあった女性は、龍己にまともな格好をして高級なブティックに行ったり、高級なレストランに行くことを望んだのに、そんなことを思い付きもしない春香が龍己には可愛くてたまらなかった。
通話が繋がって、画面に大きく両親と飼っている犬が映し出される。海外に行ってから飼い始めた犬なので、龍己とは関わりはないが、龍己が小さな頃に飼っていた犬を思い出させて懐かしくなる。
ふさふさの毛の犬はちょっと暑苦しそうだったが両親の挟まれて嬉しそうに舌を出して座っている。
『龍己、元気だった?』
『そちらが春香さん?』
「は、はい。戸井春香なのです。よろしくお願いします」
春香が挨拶をすると、龍己の両親が『おぉ!』と声を上げた。
『挨拶をしてくれた子なんて初めてだわ』
『龍己の部屋に行って、ちょっと乱れた格好で帰っていく女の子はいっぱいいたけど、誰も私たちに挨拶しようなんてしなかったならね』
「なんで、そういう話ばかりするんだよ!」
『そういう話ばかりじゃないわよ?』
「虎太郎も同じようなこと言ってたよ」
赤くなって恥ずかしがる龍己を両親は面白がっている。初めて龍己が本気で付き合おうとした相手が男性でも女性でも、この両親は受け入れてくれただろう。
「龍己さんのことは一生愛します。僕の全てで支えるのです」
「春香、それは俺のセリフだ。俺が春香を一生大事にする」
抵抗なく出てきたセリフに春香が驚いて龍己を見詰めるのが分かる。両親のパソコンに映像が言っていなければ口付けたいくらいの可愛さだった。緑っぽい目がうるうると潤んでくるのが分かる。
泣いている春香も可愛いとか考えていると両親からツッコミが入る。
『本当に大事にするのよ』
『春香くんはまだ19歳と聞いているけれど、龍己でよかったのかな?』
春香に向けられた問いかけに、春香は涙を堪えて強く頷く。
「龍己さんがいいのです。龍己さんだけが、僕を評価して、大事にしてくれるのです。それに、龍己さんのご飯はいつも愛情たっぷりで美味しいのです」
食事のことを口にする春香に、画面の向こうで両親が笑っている。春香の両親に龍己が挨拶できる日は来ないのだろうが、龍己の両親が春香を認めたということは春香にとっては大きな出来事のはずだった。
『本当の親だと思って頼ってくれていいからね』
『龍己が乱暴に扱ったりしたら、すぐにメッセージちょうだいね』
「俺を何だと思っているんだ」
『浮気しても私に言うんだよ』
「しないよ!」
春香の前では大人ぶっているのに、両親には完全に子ども扱いされていて、龍己は恥ずかしさに赤くなりながら答える。その様子を見て春香がくすくすと笑っていた。
両親との通話が終わって春香は心底安堵した様子だった。龍己の胸に頭を寄せて涙ぐんでいる。
「龍己さんがあんな風に言ってくれるとは思わなかったのです」
「春香の小説を一生読むためだからな」
「結局小説なのですか!?」
涙を拭いて抗議してくる春香に龍己は笑ってみせる。
春香の泣き顔よりも笑顔の方がいい。
くしゃくしゃと髪を撫でると、春香が微笑む。
「龍己さんがどれだけ僕に惚れているかはよく分かったのですよ。龍己さんはもう、僕なしには生きていけないのですね」
「そうだな。春香の小説を読まない人生なんて考えられない」
真面目に答えてから龍己は春香に顔を寄せた。キスをされるのかと目を閉じた春香の耳元で、そっと囁く。
「あの小説の続きが読みたい」
「ふぇ!?」
「虎太郎が来たり、両親に挨拶したりするので春香が緊張してたのは分かるけど、俺はここ数日春香からの小説を受け取っていないんだが」
我ながら酷い言い方だと思うが、龍己は止めることができなかった。仕事が終わって夕食を作りながらタブレット端末に春香の小説が届いた通知を見るのが、龍己の仕事の終わりを告げるような切り替えスイッチだったのだ。
専業作家の龍己は今は朝に起きて日中に仕事をしているが、春香が来るまでは食事の時間も仕事の時間もあまり区切りがなかった。仕事に没頭すれば食事の時間をすっ飛ばして書いているし、書いている間に夜が明けて、それからシャワーを浴びて寝るというようなことも珍しくはなかった。
春香とルームシェアをするようになってから、春香の食事を作るために早く起きてお弁当も準備して、午前中から仕事を始めて昼には春香とお揃いのお弁当を食べて、夕方は夕食の準備の時間までは仕事をして、食後に風呂に入って春香と夜には寝る。
規則正しい生活をするようになってから、前よりも仕事の効率が上がったのだから、春香は龍己にとっては救世主のような相手だった。
だらだらと続けるよりも、昼までにここまで書き上げて、昼ご飯を食べてから見直して、続きを書いてと区切りをつけてやる方が、龍己には合っていたようなのだ。
「春香、これ、いるか?」
春香と暮らし始めてから書いていた小説の献本が届いていたのを春香に渡すと、緑がかった目をきらきらと輝かせている。
「龍己さんの小説を読めるのです! ありがとうございます!」
龍己の小説は商業誌に載るものだから基本的に事前に誰かに見せたりすることができない。同じ家に住んでいる春香でも、見せるのには抵抗があった。だから、春香は龍己が何を書いていたか全く知らない。
「バディものなのですね……あれ? なんだか、この二人……」
龍己と春香に似ている。
バディものの警察小説を書いた龍己は、二人のモデルを龍己と春香にして、微妙な恋愛関係を匂わせる会話を節々に入れた。それを春香は読み始めてすぐに気付いたようだ。
「春香の小説も読みたいんだが」
「そ、それは、もうちょっと待ってください」
ボーイズラブ小説の脇役キャラが女性同士のカップルの小説の本編を書き終えた春香は、後日談と番外編を書く途中で筆が止まっていた。龍己の弟と両親に挨拶をするという春香にとっては大きなイベントがあったのだから仕方がないが、ここ数日春香の小説を読んでいない龍己は少々欲求不満でもあった。
春香の小説を読んで興奮した龍己を春香が抱くことが多いので、春香の小説が休みの期間は春香は龍己を抱かずに、抱き締めるだけで一緒に寝ている。
それが龍己にとってはつらいのだと、春香は気付いていない。
「はーるーか?」
「ちょっと待ってください。今、読んでいるのです」
献本の新作を真剣に読んでいる春香に、龍己は普段春香が自分の小説にヤキモチを妬く気持ちが分かったような気がした。
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