素人作家を推しています ~彼の書く文章は俺に新しい扉を開かせる~
第13話 1.ダブルベッド論争
龍己が小説で賞を取ったのは大学生のときだった。それから大学卒業まで学生との兼業作家をして、書いた本がコンスタントに出版されて、売れることを確かめてから専業作家になった。
好きなことを仕事にするものではないと先人は言ったらしいが、龍己は専業作家になってから相当後悔した。売れるものを書こうとするうちに自分の文章に萌えなくなってしまったのだ。
萌えを原動力とする作家が自分の文章に萌えない。それを実感したときに龍己は燃え尽きそうになっていた。
その頃に出会ったのが春香だった。春香の文章は粗もあるが設定やシチュエーションにものすごく萌えることで、龍己は潤って生き返る気分になったのだ。それ以来龍己は春香の小説の虜になった。
バイトをさせることもなく、龍己のために小説を書き続けてもらうために料理をすることを申し出て、食費も取っていないし、お昼はお弁当も作っている。甲斐甲斐しく料理を作って、春香と食事をとることが楽しくて、龍己は自分が変わっていくことに気付いていた。
「ベッドが狭いのです。もっと大きなベッドが欲しいですね」
初めて抱き合った夜、春香は龍己と一緒に寝たがった。これまで遊んだ女性とは朝まで過ごすようなことはなかったのだが、春香とは一緒にいても嫌ではないのが不思議だ。龍己のシングルベッドに男二人で寝ると、どうしても狭くなってしまう。
情事の後は恥ずかしくて春香の顔が見られなくて小説に逃げてしまうが、それが春香は不満のようだった。
「聞いているのですか? 僕の話を聞かないで、小説ばかり読んでいるなら、僕、もう龍己さんのために書かないのですよ!」
「それだけはやめてくれ! これからも俺のために小説を書いてくれ!」
――春香、これからも俺のために一生小説を書いてくれ
昼間に抱き合った後に口にしてしまった言葉に、嘘はない。龍己は生涯春香の小説を読みたいと思っていたし、これから成長していく春香の文章力にも期待をしていた。
真剣な表情で春香を見詰めた龍己に、春香は手からタブレット端末を取り上げてしまった。ベッド脇のサイドテーブルにタブレット端末を置いて、春香が龍己に抱き付いてくる。
胸に顔を埋められて、龍己は春香の髪の毛を自然と撫でていた。薄茶色の髪は柔らかくて触り心地がいい。緑がかった目で見上げられて、ずくんと胎が疼く。昼間も散々抱かれたのにまだ欲しがるのは浅ましくて強請ることはできないと、龍己は目を瞑った。
「春香もいつまで俺の身体に興味があるか分からないよ」
「龍己さん、聞いていなかったのですか? 僕は龍己さんが好きなのですよ!」
「今はそうかもしれないけど、年上の同性に憧れてるだけの勘違いかもしれないだろう?」
「僕は勘違いなんてしていないのです!」
断言する春香を信じていいのか龍己には分からなかった。
ベッドを買い替えたところで、春香に捨てられてしまってはどうしようもない。年上で、春香より体格のいい龍己を、興味本位で抱いてしまったものの、春香が違うと感じていてもおかしくはなかった。
そのことを口に出すと別れが近くなりそうで、龍己は言うことができない。
「龍己さん、好きなのです! 龍己さんはどうなのですか?」
「俺は……春香の小説が好きだ。春香の小説を一生読みたい」
例え離れることがあっても、どこかで春香の小説を読んでいたい。いつか春香が龍己の家を出て行くことがあっても龍己は春香の小説を読むことをやめたくなかった。
関係をはっきりさせない方が長続きするのではないだろうか。恋愛関係になれば、いつか別れなければいけない可能性がある。別れて春香が全く違う相手に恋をして、ルームシェアを解消した後で、小説の投稿サイトからも消えてしまったら龍己は春香を追うこともできなくなる。
それが龍己にとっては怖かった。
春香は非常によく食べる。
春香に小説を書かせて、バイトなどをさせないために、龍己はできる限りの腕を振るっていた。胃袋を掴んでしまえば、春香はルームシェアを解消しようと言い出さないし、小説を龍己のために書き続けてくれるだろう。
龍己が求めているのが春香なのか、春香の小説なのか、それは龍己にはしっかりと分かっている。どちらともだ。春香も春香の小説も独り占めしてしまいたいのだ。こんな気持ちが知られれば春香に逃げられてしまうかもしれない。
まだ大学生の春香は他の相手を知らない。知ってしまえば龍己になど愛想を尽かすのではないかというのが怖いのだ。そのときにショックを受けないように龍己は自己防衛をしている状態だった。
お弁当を作っていると、朝ご飯を食べ終わった春香がキッチンにやってきた。
「今日のお弁当も美味しそうなのです」
「春香は俺の料理が好きだな」
「大好きなのです! 僕のために誰かが作ってくれることなどなかったのです」
家庭事情が複雑で家を出た春香は、それまで料理を作ってもらったこともなく、キッチンを使うことも許されていなかったという。その話を聞けば聞くほど、龍己は春香に美味しい料理を作ってやりたいと思う。春香に家庭の味を知ってほしいと思う。
春香は喜んでお弁当を受け取って、バッグに入れていそいそと大学に行く。
大学に行っている間も、春香はお弁当を食べるときには龍己のことを考える。それを思うと龍己は少しいい気分になっていた。
朝ご飯の食器は春香が食洗器に入れてくれていたので、龍己は洗濯物を取りに行く。朝ご飯を作る前に洗濯機は回しておいたので、洗濯は仕上がっていた。洗濯籠に取り出すと、春香のベッドのシーツがあって龍己は赤面する。
――春香の、おっきい……。
――この大きいのが欲しかったのですよね?
――ほ、欲しい……。
――どこに欲しいか教えてください。
身も世もなく春香の中心を舐めてしゃぶって欲しがって、入って来た春香によがって悶えてしまった。あの快感を龍己は忘れることができない。春香の小説を読んで興味を持ってから、後ろに触り始めたのも、最初から春香が欲しかったからなのかもしれない。
思い出すと恥ずかしさで死にそうになるが、気持ちよかったのも確かなのだ。
最高の快楽を春香はくれた。
春香が自分で抜くのをバスルームで目撃してしまってから、ずっと後ろを埋めて欲しかった逞しく立派な中心を、昨日の昼に龍己は受け入れた。みちみちとものすごい圧迫感に息が詰まりそうになったが、内壁を擦り上げて奥まで到達する感覚に、中に入れられただけで龍己は達したのを思い出す。
このままだと抜かなければ仕事に集中できなくなりそうで、龍己は急いでテラスに行った。
テラスに洗濯物を干して、シーツがはためくのを見ていると、どうしても昨日のことを思い出しそうで、龍己はさっさと仕事部屋に戻る。
部屋の椅子に座ってもなんとなく落ち着かない。後ろは疼くし、前は中途半端に反応している。
「春香にこんなに振り回されるなんて」
呟いて龍己はパソコンを立ち上げて、仕事に集中しようとした。浮かんでくるのは春香の姿。龍己を抱くときに春香はズボンと下着を降ろして中心を出していただけで、脱いでいなかった気がする。
それは龍己が女性と遊んでいた時期と同じだ。
「春香はやっぱり、俺と素肌では触れ合いたくないのか!?」
衝撃の事実に気付いて、龍己は書いている途中のファイルを開いたまま、固まってしまった。口では好きと言っていても、それを信じていいのかどうか龍己には分からない。
自分ばかりが春香と春香の小説に夢中で、春香は軽い遊びのつもりだったらどうすればいいのだろう。身体さえ差し出せば春香と春香の小説が手に入るなら、それはそれで好都合なのかもしれない。
ただ、それがいつまで続くかということだ。
「バイトしてないから、他の場所に住む金はないはずだ」
これからも春香にバイトをさせないために龍己が考えるのはレシピのこと。書きかけのファイルはそのままに、晩ご飯のレシピを検索し始めた龍己は、その日一日仕事が手につかなかったのだった。
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