第4話 ギルベルトとの一夜

「バスルームで準備をしてくるから、布団の中に入っていてください」


 正直どうしてエリーアスがギルベルトのために、受け入れる準備をしなければいけないのか理解できなかった。それでも勢いで受け入れると決めてしまったのだから、エリーアスはもはや引くことができなかった。

 エリーアスがバスルームに入ってドアを閉めるとギルベルトが大人しく布団に入っているのが見えた。全裸で待っていると風邪を引いてしまうから言ったのだが、大人しくいうことを聞くとは思わなくて、エリーアスは混乱の中にいた。



 腰とあらぬ場所の痛みに耐えながら、エリーアスは翌日の勤務をこなした。初めてだというのにギルベルトはいざ行為に入ると慣れてはいなかったが、容赦なくがつがつと貪ってくるし、若さに負けてエリーアスは意識を飛ばした。

 翌朝どろどろのシーツの上で目を覚まして、ギルベルトがいないことにエリーアスはある意味安堵していた。精神的な繋がりが欲しいわけではなく、単純にギルベルトは肉体的な関係が欲しかっただけだ。健全な成人男性として僻地の基地で性的なことに関して発散できる相手もおらず、ずっと溜まっていたのだろう。

 それを吐き出すだけの虚しい行為。

 キスも愛の囁きもない。

 身体を交わしただけのそれは、エリーアスにとって初めての経験であったが、不思議と吐くほどの嫌悪感はなかった。他の兵士ならば伸し掛かられただけで耐えられず吐いてしまったのに、ギルベルトならば平気だったのは、ユストゥスのような感覚で、命知らずなギルベルトを引き留められるならば自分の身を捧げてもいいというエリーアスの献身だったのかもしれない。

 身体の違和感を見せずに勤務を終わらせて、宿舎に帰ると、部屋にギルベルトが訪ねて来た。連日抱かれると体が持たないので、追い返そうとしたが、ギルベルトはどこか不安げな表情をしている。


「何かあったのですか?」

「あなたが、俺のことを嫌になったんじゃないかと思って……」


 身体を許した相手にそんな言葉を言われて、エリーアスはため息を吐く。


「嫌も何も、そういう感情はないですよ」

「感情は、ない?」

「単純に性欲処理をしただけでしょう?」

「それじゃ、エリーアスも俺と同じように気持ちよかったのか?」


 呼び方が変わっている。

 それに気付かないエリーアスではなかった。昨夜は「ハインツェ先生」と敬称まで付けて名字で呼んでいたのに、今日は「エリーアス」と名前になっている。

 ギルベルトの中でエリーアスの存在が変わったのだと推測するのは簡単だったが、どう変わったのかをエリーアスは分析したいとは思わなかった。腰は痛いし、あらぬ場所も痛い。幼子が母親を求めるように吸い付かれた胸もじんじんと熱を持っている。


「エリーアスも気持ちよかったならよかった。俺だけっていうのも悪いからな」


 答えずにいるとギルベルトは子どものように無邪気に言って来る。虚無を背負っていたようなギルベルトは、実はこの無邪気な姿こそが素なのではないだろうか。

 無邪気に自分に価値がないと思い込んで、死地に飛び込んでいくようなことをする。


「今日は他の基地も合わせて、補給部隊を手配したんだ。まだ医療機器の揃ってない部隊にもこれで医療機器が揃う」

「よく戦場に医療機器を持ち込むことを考えましたね」

「兵士の健康が一番大事だし、この国の誇れるものは医療技術だろう?」


 戦争で手足を失った兵士にも本物と同じように使える義肢が開発されているこの国である。義肢をつけて戦場に舞い戻る兵士も少なくはない。戦場の基地には義肢の調整技能を持つ技術者も連れて来られていた。

 この国の強みを最大限に活かした戦いをギルベルトは繰り広げるのに、自分の命に関してはあまりにも無頓着すぎる。


「エリーアスは俺を恐れない。俺の話を聞いてくれる」

「この部隊の医師でもありますし、隊長のメンタルケアも必要ですからね」

「メンタルケア、か……」


 エリーアスの言葉にどこか優れない表情のギルベルトの気持ちがエリーアスには分からない。他人の気持ちなど考えても仕方のないものだし、憶測しても意味のないものだと理解しているので、エリーアスはギルベルトの気持ちを考えることもなかった。


「えーっと……それで、その、メンタルケアをして欲しくて」

「今日はお断りします」

「え?」


 きっぱりと拒否するとギルベルトの眉が下がった気がする。


「連日は私の身体に負担があります。隊長のストレス発散のために、他の隊員を診ることができないなど、本末転倒ですからね」

「そ、そうか……」

「明日なら構いませんよ」


 所詮性欲処理なのだから、行為自体に意味があって、気持ちなど伴わなくていい。エリーアスは完全に自分の体を性欲処理のための道具と考えていて、どれくらいの頻度ならば勤務に支障なくギルベルトの相手をできるかを冷静に計算していた。


「明日か! そうか」

「それでは、失礼します。お休みなさい」


 部屋に入り込んで来ていたギルベルトを追い出そうとすると、ギルベルトが動こうとしない。

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