かえるのシンデレラ
詩菜門
舞踏会
池にすむ大金持ちの蛙の一人娘は、シンデレラの絵本を読んでからというもの、シンデレラになるのが夢になりました。そこで、お父様蛙にお願いしました。
「お父様、私もかぼちゃの馬車に乗って、シンデレラの舞踏会に行きたいの。お父様の力で王子様から招待状を一枚いただけないかしら」
可愛い一人娘の頼みなので、お父様蛙とお母様蛙は、蛙の外務大臣にお金を渡して頼みました。
「大臣様、ウィーン公国で来月行われる舞踏会におらの娘を行かせてえだが、でえじん様の力で招待状を一枚ケロ」
大臣は机の上に積まれた札束を両腕で抱えながら答えました。
「お安い御用だ、任せてケロ。スンデレラ・セットもくっつけてやっからよう、楽しみにしてな」
しばらくすると、蛙の娘に招待状が届きました。同時に、意地悪なデブのお姉様蛙が現れ、一人娘は色々な意地悪をされました。掃除を言いつけられて床をきれいに磨き終わると、すぐにその床にスープをぶちまけられて、
「お前の夕食だよ。さあお食べ」
と言われました。じっと我慢していると、頭の上から氷の塊を落とされ、
「これがお前のベッドだよ」
と言われました。でも氷の上で寝たら冬眠してしまうので飛び跳ねて逃げると、太い腕で捕まえられて暖炉の中に放り込まれました。幸い夜遅くだったので火は消えていました。蛙の娘はその夜は灰の中で寝ました。でも、夢が実現して行くので幸せでした。
間もなく舞踏会の日がやって来ました。池の隣の畑のかぼちゃは馬車になり、地面に穴を掘って住んでいるねずみは御者になり、蛙の娘はピンクのドレスを着て出かけました。
お城に着くと、同じ様なかぼちゃの馬車がたくさん停まっています。そして、舞踏会の会場は我こそはシンデレラだという顔をした娘達で溢れ返っています。ねずみの娘、ふくろうの娘、三毛猫の娘、アメリカ人の娘もいます。そうです、舞踏会には世界中からシンデレラを夢見る娘達が押し寄せていたのです。
やがて王子様が現れましたが、かなり年を取っていました。娘達は変だと思いましたが、舞踏会の会場の素晴らしさに圧倒されて、すぐに王子様を憧れの目で見つめました。床はギリシャの大理石、壁にはイタリアの絵が飾られ、天井にはフランスのシャンデリアが輝き、凝った象嵌のテーブルには世界中のご馳走が溢れています。
舞台の袖ではフルオーケストラがワルツを奏でています。そして、娘たちの憧れのまなざしの交差する中、年配の王子様は娘達ひとりひとりと少しずつ踊りました。蛙の娘の番になる頃には疲れてゼイゼイ息をしていて気の毒でしたが、蛙の娘は夢見心地でした。
そして楽しいひと時はあっという間に過ぎ去り、真夜中の十二時になろうとした時です、娘達はいっせいに階段を駆け下り、途中でガラスの靴を片方だけ脱ぎ捨て、あわてて家に帰りました。後には色々な大きさのたくさんのガラスの靴が転がっていました。
間もなく世界中に使者が使わされ、ガラスの靴の合う娘を探し始めました。蛙の娘の家にも使者が来ました。まずお姉様蛙が足を入れようとしましたが、入りませんでした。使者は溜息を付いて言いました。
「また駄目だった。この家に他に娘はいないのか」
蛙の娘は小声で言いました。
「私も履いてみたいと思います」
お姉様蛙は馬鹿にして言います。
「ふん、お前なんかに合う訳がない、そんなぼろ切れを着ているくせに、何言ってんだよ」
でも、使者は娘を呼び寄せるとその足元に靴を置きました。蛙の娘が恐る恐る足を入れるとぴったり合いました。いっせいに驚きの声が上がりました。お姉さま蛙は掌を返したように言います。
「まあ、やはりあなただったのね。こんな小さな靴がぴったり合うなんて、なんてスマートなのでしょう」
こうして、蛙の娘は使者に見出され、すぐにお城に行くことになりました。
娘がお城に着くと、大広間いっぱいにこの間の舞踏会に来ていた娘達が集まっています。蛙の娘は隣の中国人の娘に聞きました。
「あなた、どうしてここにいるの。シンデレラは私よ」
すると中国人の娘は答えました。
「あんた蛙のくせに何言ってんのよ、シンデレラは私よ」
するとその隣のフランスの娘が二人の話に割り込んできました。
「シンデレラはヨーロッパの物語なのよ、だから私がシンデレラなの。あなた方、さっさと帰ったらいかが」
その高慢な言い方に、周りからいっせいに非難の視線が浴びせられました。皆を代表して、日本から来た娘が言いました。
「シンデレラは今では世界のスーパースターで、世界中の娘たちの夢なのよ。もはや誰かが独り占めできる存在ではなのよ。誰でもシンデレラを夢見て、シンデレラになるチャンスがあるのよ。そこのフランスの田舎娘の方、あなたこそ自分の土の中のねぐらに帰ったらいいんじゃないかしら」
皆はいっせいに笑いました。しかし、ねずみの娘は笑いが収まると冷静に言いました。
「みんなわかってないのね、ちゃんと勉強して来たの。シンデレラって大変なのよ。体型を維持するために好きなものは食べられないし、おかわりも出来ないし、おやつも無いのよ。毎日スケジュールがびっしり詰まっていて、朝寝坊も出来ないし、うっかり欠伸なんかしたら写真に取られて週刊誌に載って世界中の笑いものになるのよ」
周りの娘達は耳を傾けて聞き、頷きました。するとはキリンの娘が言います。
「その通りよ。大体皆さん、大事な式典できちんと挨拶が出来るの、それが出来なきゃ王子様のお相手は務まらないのよ。毎日公務ばかりで、プライバシーゼロなのよ。お昼寝もできないし、ジーンズだってはけないし、マックにだって行けないし、ポテトチップも食べられないし、自転車にも乗れないし、どんなに疲れていてもにこにこしてなきゃいけないのよ。
それに、王子様の姑ときたら世界一意地が悪いそうよ。マナーを知らないとか身分が違うとか言って嫁をいじめて、泣くまでいびるそうよ。最初のシンデレラだって、幸せだったのは一日だけで、どん百姓の娘だと馬鹿にされてすぐにお城を出て行ったのよ」
娘達はキリンの話にすっかり夢から覚めてしまいました。その時、王子様が壇上から挨拶しました。隣には意地悪そうな姑の婆さんが座っています。
「さあ、シンデレラになりたい娘さん達よ、我こそはと思う人はここに上がっていらっしゃい」
しかし、誰も王子の隣に立ちませんでした。王子は溜息をついて言いました。
「ああ、今回も駄目だったか。私はこうして何十年もの間、毎月舞踏会を開いて世界中からシンデレラを夢みる娘さん達を集めているのだが、誰もシンデレラになってくれない。もう駄目なのだろうか」
王子様はとても孤独に見えました。蛙の娘は小声で言いました。
「シンデレラになるのも大変そうね。私、一日だけのシンデレラで十分だわ」
広間にいた娘達は皆うなずきました。そして夢から覚めてそれぞれの家に帰って行きました。
かえるのシンデレラ 詩菜門 @sea7mont
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