最終話:エピローグ

 ――目を覚ましたウィードが見たものは、見慣れない真っ白な天井だった。

 最初こそボーッとしていたものの、すぐに激しい頭痛を感じて顔を顰める。

 いったい何があったのかと思い出そうとして、すぐにエリーの顔が脳裏に浮かんだ。


「エリー! ……って、あれ?」


 痛みに耐えながら勢いよく体を起こしたウィードが次に見たもの、それは――今まさに名前を呼んだ女性の寝顔だった。

 天井と同じ真っ白なベッドに寝かされていたのだと気づいたウィードは、そのすぐ横で自分の手を握りながら、頬をベッドの端に擦り付けて眠るエリー。

 自分でも不思議がくらい自然に、ともすればまったく意識することなく、右手をエリーの頭に置いてサラリと流れる髪の毛を撫でた。


「……ぅぅん……あれ? おはよう、ウィード」

「……あぁ。おはよう、エリー」

「ぅん。…………えっ? ……ウィ、ウィード! め、目を覚ましたのね!」

「おう。ありがとな」


 目を覚ましたエリーは寝ぼけ眼を擦りながら挨拶を口にすると、しばらくして何かがおかしいと気がついた。

 そして、ウィードが目を覚ましたのだと気づくと、眠気が吹き飛び大きな声をあげた。

 そんなエリーの反応が面白かったのか、ウィードは笑みを浮かべながら普段通りに声を掛ける。


「今日は何日だ?」

「……ど、どうしてそんなに普通なんですか!」

「どうしてって……エリーの反応が面白いから?」

「ふえっ!? ……それ、からかってませんか!」

「冗談だよ、じょーだん!」


 頬を膨らませたエリーを見つめながら、ウィードは不思議な感覚を覚えていた。


「……エリーって、こんなんだっけ?」

「こんなんって……あっ! えっと、そのー……そ、そうよ! こうだったわよ!」

「なるほど、無理をしていたんだな」

「無理をって! ……そうです、そうですよ! 私は無理をしていましたよ!」


 上から目線で強気な物言いが目立っていたエリーだったが、年相応のかわいらしい話し方は表情をする今が本当のエリーなのだと、ウィードは素直に驚いていた。


「どうしてそんな無理を?」

「それは! ……えっと、それは……その……」

「……言い難いなら別に構わないけど」

「ち、違います! えっと、その…………ウィードの、ため」

「……ん? 俺のため?」


 まさか自分が原因でエリーに無理をさせているとは思いもよらず、ウィードは驚きの声を漏らしてしまう。


「い、以前に、強い女性が好みだと伺いまして、それで、私なりに強い女性を演じてみたのですが……ち、違いましたか?」


 そして、無理をしたというその理由を聞いたウィードは自分の言葉足らずだったと知り、猛省することになった。


「……あー、それは、母様みたいに強いって意味で、言葉がきついとか、そういうことじゃないというか」

「こ、言葉がきつかったですか!?」

「……なんか、ごめんな?」

「…………はあぁぁぁぁ。これでは、ウィードを好いていてもどうしようもありませんね」

「……ん? えっと、俺のことが、好きだったのか?」

「はい。……えっ?」

「「…………えっ?」」


 思いがけずエリーの気持ちを知ったウィード。

 思いがけずウィードに気持ちを伝えたエリー。

 お互いがキョトンとしながら驚きの声を漏らし、しばらく無言で見つめ合う。


「……ご、ごめんなさい! 今のはなしでお願いします!」

「えぇっ!? な、なんでなしになるんだよ!」

「だって! ……私が何度もアプローチしても、ウィードは振り向いてくれなかったじゃない」

「あ、あれは!」


 盛大に肩を落として落ち込んでしまったエリーに対して、今度はウィードが慌てて口を開いた。


「……その、俺が屋敷に引きこもっていた頃、唯一優しくしてくれたのがエリーだっただろう? あれ、嬉しかったんだ」

「……そ、そうなの?」

「あぁ。だけど、相手は侯爵令嬢だし、俺にはまったく望みのない話だ。そもそも、父上がそれを許しはしないだろう? だから、俺から遠ざけようとしていたんだ」


 自分の行動を嬉しく思っていたのだと知り、エリーは自然と笑みを浮かべてしまう。

 お互いに勘違いやすれ違いから上手くいっていなかった二人だが、これからはそうはならないだろう。

 何故なら――お互いがお互いを想い合っていたのだから。


「……エリー」

「……ウィード」


 このまま告白をと、ウィードが意を決して口を開いた――ちょうどその時、部屋の扉がノックされた。


『――エリー様。本日もレミティア侯爵家、キュリオス伯爵家、シュリスタ男爵家、フォンターナ騎士爵家の御子息様方がお見舞いに来ております』

「……わ、わかりました! 入ってもらってください!」

(あ、あいつらああああぁぁっ! タイミングが悪いんだよおおおおぉぉっ!)


 そんなことを内心で思いながら、扉の向こう側にいたメイドの言葉に引っ掛かりを覚えていた。


「なあ、エリー。本日も・・・って言っていたが、俺ってどれくらい寝ていたんだ?」

「……一週間です」

「……はあ!! い、一週間!?」


 さすがに予想外の期間であり、ウィードは口を開けたまま固まってしまう。

 しばらくしてラスタたちが部屋に入って来て、ウィードが目を覚ましたことに安堵の息を吐いていた。

 ルキオスやロキ、ゲイルはまだしも、ラスタがこれほどまでに心配してくれていたのかとウィードは驚いていた。


「助けに行けなかったからな、心配くらいするさ」

「本当に目を覚ましてくれてよかったです」

「まったくだ。俺がお前に勝つまで、死んでもらっては困る」

「さすがはウィードだな!」


 ウィードの顔を見て安心したのか、四人は軽い挨拶を済ませるとすぐに引き上げていった。

 四人が来るまでは告白をと考えていたウィードだが、一週間も寝ていたと知ると途端に空腹に襲われてしまう。


「うふふ。すぐに食事を用意しますね」

「客間まで、本当にすまなかった」

「何を言いますか。私は助けられた立場の人間ですよ? このくらいでは、まだまだ感謝を示せません。それに……ウィードには伝えなければならないこともありますから」


 エリーの言葉に、ウィードは彼女が連れ去られる直前の会話を思い出した。


「……ハルフォード家について、だな?」

「はい。……ですが、まずは食事ですね。すぐにお持ちします」


 そう口にして、エリーは部屋をあとにした。

 残されたウィードは笑顔で見送ると、すぐに真剣な面持ちに変わる。

 真実の愛を見つけるという願いと共に、彼は母親の敵を討ちたいとも考えていた。

 その答えを、エリーが持っているかもしれない。


「……ったく、真実の愛を手に入れられると思った直後に、別の願いの答えが得られるかもしれないとはな。だけど……今は、今だけは――愛の方に手を伸ばそうか」


 一時の休みだと自分に言い聞かせ、ウィードはエリーが戻るのを待つ。

 そして、食事を終えたら今度こそ想いを伝えよう。

 たかが男爵家の三男と侯爵令嬢。障害は多くなるだろうが、諦める気は毛頭ない。


 ――ウィードによる真実の愛と母親の敵を討つという願いは、ようやく動き出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

騎士はモテるようですが、俺だけ例外ですか? 渡琉兎 @toguken

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ