第2話 迫りくる破滅

「なんあれ、なんあれ、なんあれ!?」


 心の安定を一瞬にして欠いた俺は、目の前にあった非常に掴みやすいマントの襟を両手で握りしめた。


「こらこら、力任せにガクガクしないで、落ち着いておくれ」


 あっはっは、と愉快そうに笑いながら、吸血鬼は俺の質問を無視する。信じられない。今まさに隕石が落下しようとしているのに、どうしてこの男は平然としていられるんだ!?

 騒ぐ俺たちのことをスルーして、カウボーイが耳に手を当てる。


「――エルナト、聴こえるか? 俺だ。変更したオペレーションを元に戻す」


 口振りから察するに、インカムのような物を使用して誰かと通信を始めたらしい。


「……悪いな。結局はお前さんの言ってた通りになっちまった。――あ? いや、移動はしなくていい。燕の爺さんが大物の召喚を成功させるまでは援護してやってくれ。侵食に引きずられてモンスターが湧いてるからな……」


 カウボーイはそう言うと、呼吸三回分の沈黙の後に、「その後は好きにしてくれて構わない」と伝えた。

 その横顔があまりにも草臥れたものであったので、俺は吸血鬼との言い合いを止めた。騒いでごめんねの意もあった。


「ああ? あー……文句は今度聞いてやるさ。お前さんの説法と一緒にな。――爺さんも聴いてたな? そういう理由だから、いっちょ派手なの頼むわ」  


 すまねえなと謝り、他のメンバーへも次々に指示を出す。手短で簡潔に、けれどそれなりの会話量をこなし終えると、カウボーイは肩を大きく落とし、深く、深く息を吐いた。

 そうして最後に、覚悟を決めた面持ちの特殊部隊の面々に向かって、


「待たせたな野郎ども、いいかよく聞け! 今回はお前ら待望の殲滅戦だ。もう耐え忍ぶ必要も、撤退してく敵さんの汚ぇ尻を拝む必要もねえ! 俺がこの街で学んだことは一つ、我慢は体に悪いってことだが……それも今日で止めだ! 喰われてきた同胞たちの分も、ありったけの弾薬で惜しみなく敵さんをもてなしてやれ!」


 猛々しく発破を掛け、腰の銃を空へと突き上げた。瞬間、地鳴りのような雄叫びが人々の口から飛び出る。 


「うおおおお! やったぜ、大好きな展開!」

「国の金で好きなだけ撃ち込める!!」

「バート。曳光弾トレーサーは使っていいのか?」

 

 筋肉質なスキンヘッドが問う。


「いいぞ。存分に敵さんにお前さんの位置を教えて、爺さんから視線を逸らさせろ!」

「バートバートバート、発煙弾スモークもいい!?」


 丸眼鏡に雀斑顔の女性が問う。


「駄目だ! 発煙弾だけは使うな。煙で見えなくて、召喚地点がズレちまったらどーすんだ」

「ちぇっ」


 二軒目を探す酔っぱらいのごとく喧しい集団が、ありったけの重火器を積んだ車を走らせ、街へと散っていく。

 

「お疲れ様、副隊長殿」


 イングラムが肩を労うように叩くと、カウボーイが銃を持った手をぐっと天井に伸ばし、ヴァァァ、とオッサンに相応しい声を上げた。


「ったく、ほんとにな……だが、これで俺の仕事の半分は終わったも同然だ。後はお前と一緒に塔まで行って、ドンパチやりますかねえ……」

「そのことなんだけどね、バート」

「あん?」

「僕は塔には行かない」

 

 腰を捻り、ぼきぼきと音を立てさせていたオッサンの動きがぴたりと止まる。


「……なら、どこに行く気だ?」


 心なしか責めるような口調でオッサンが言う。イングラムは爽やかに笑った。


「北に。エルナトを助けに行くよ。彼だって、燕太夫つばめだゆうを援護している間は無防備だろう?」

「そうかよ……」


 理性的な理由に反論し損ねたのだろう。銃を握った手が後頭部を苛立たしそうに掻きむしる。クソッ、と小さく悪態を吐くが、カウボーイハットの下から覗く瞳はどこまでも冷静な指揮官のものだ。


「そんなら仕方ねえな。エルナトを頼んだぞ、イングラム」

「任されたとも、バート」


 イングラムは騎士らしい仕草で胸に手を当て、オッサンの言葉に自信に満ちあふれた顔で頷いた。見た目の職業は、時代も大陸もバラバラだというのに、妙にしっくりとくる遣り取りであった。二人の信頼関係が透けて見えるようで、バディ物の海外ドラマのようなその光景に、俺は背筋をぶるりと震わせた。ちょっとカッコイイ。

 

黒血の御方メラン・ハイマ。僕のいない間は彼を頼む」

「おっけー信じて!」


 軽い調子での了承に騎士は苦笑をこぼし、


「バート。仕事が終わったら、またエールを呑みに行こう」


 それだけを伝えると、振り返ることなく駆けていった。

 甲冑を着ているとは思えない身軽さで去っていく背を見送り、俺は今ならばと声を上げた。


「あのさ、結局、空に浮かんでるあれって何? 今ってどういう状況? そんで俺はどうすればいいの?」 

「今はそれどころじゃないから、その説明は道々ね」


 子供をたしなめるような口振りで、吸血鬼が俺の腕をとる。

 

「バートも護らないといけなくって大変なんだ。あまり影から出ないようにしておくれ」

「影?」


 言われて下を向く。なんと、街灯に照らされた足元で俺の影が蠢いているではないか。その瞬間の俺の動揺を説明するなら、いつもは頼れるMF(守)が、いつの間にかMF(攻)になり、俺の背後バックでオウンゴールを決めていた。そんな気分だ。まさにを革命レボリューションである。


「ぎょわわわわわわわわ!!!」


 思わず飛び退く。怖ろしいことに俺と一心同体である筈の影は、主人である俺が動こうとも、地面から動くことはなかった。俺の体を吸血鬼の手が引き留め、影の上に戻す。

 

「こらこら、だから、出ちゃダメだってば」

「いやだぁぁぁ、気持ち悪いぃぃぃ」

「失礼な子だなぁ」


 ジタバタと暴れる俺と吸血鬼の遣り取りに、カウ――この単語の並びは暴力的な矛盾をはらむが――が呆れた視線を向ける。


「旦那ァ。イングラムの言ったことは無視していいから、あんたはそいつを護ってやれ。右も左も分かんねえ餓鬼に今のこの街は危険すぎる」 


 オッサンの言葉に吸血鬼が首を横に振る。


「ワガママはダメだよバート。キミだって半分あちらに喰われてるんだから、危険なのは一緒でしょ」

「喰われ……!? えっ、食べられる可能性があるの!? フォワ――!!」


 聞き逃せない言葉が聞こえた気がして、俺は自分でもどうかと思うような奇天烈な悲鳴を上げた。

 すると、一呼吸の間を置いてオッサンが笑い出した。

 

「だッはッは!! お前さんが考えてるようなのとは違うさ。『喰われる』なんて聞くと驚くだろうが、なにも死ぬわけじゃない」

「へっ、死なないの?」

「ああ、こちらの世界からあちらの世界へってな。存在がじわじわ移っていくだけだ」

「いや……あちらの世界って何!?」

「まあまあ、まあまあ」


 吸血鬼が俺たちの会話を中断させる。


「それについても教えてあげるから、取り敢えず先を急ごう。ここだと、いつ流れ弾が飛んでくるかもしれないし」 


 吸血鬼はそう言って、パチリと指を鳴らす。瞬間、地面に落ちていた影がボコボコと波打ち、触手のように上に伸びて俺の体を巻き取った。


「なになになになに!?」 

「暴れないで。座標がズレるかもしれないから」


 目を白黒させて慌てる俺を、吸血鬼がぴしゃりと叱る。


「バート、ぶ場所は『離れの聖塔』でいいんだね?」

「ああ、ボスの力を増幅してる装置があそこにあるからな。市民の退避前に壊されたらまずい」

「わかった」


 影は俺だけでなくカウボーイのオッサンも巻き取り、その体を地面に沈めるように飲み込んだ。


「――――!?」

 

 置かれた状況すらまともに把握できていない俺に逃げる暇などなかった。俺の体は、下方向に重力が掛かったかと思えば、一瞬にして温かな黒い沼に沈んでいた。

 信じられない展開に俺は声なき悲鳴を上げた。

 そして三秒と経たないうちに、今度は上方に向けて体が引き上げられる。船上に水揚げされる魚のように、俺は地上に転がされた。

 成程。どうやらトぶというのは、俗に言うワープやテレポート的なことらしかった。

 

「着いた」


 吸血鬼が満足げに言う。

 その隣では、自らの脚で地面に立っているカウボーイのオッサンが、気合を入れるように肩を鳴らしていた。

 影は、やれやれ手間の掛かる、とでも言いたげに地面に寝っ転がったままの俺を起こし、体から離れていった。

 

「あ……すんません、助かります……」


 俺は影に向かってぺこぺこと頭を下げた。もはやどちらが主で従なのか分からない。

 ちょっと凹む俺を他所に、空を見上げていたオッサンが渋い顔をして唸った。

 

「こいつぁ、侵食が早いな……」


 オッサンの視線の先には石塔があった。かつては城塞の一部でしたと説明されても納得できそうな、無骨で温かみのない、石製版ジェンガといった佇まいである。

 俺はその天辺、先端を指差して訊ねた。

 

「なあ、オッサン。あの緑色のってさ、何?」


 実際には先端というよりも四角柱の底面だが――になにやらべったりとした蛍光緑の粘液がくっついているのだ。スライム? アメーバー?

 思い付く限りの正体を考えながら観察していると、驚くべきことにその出所は空に浮かぶ隕石からだと分かる。

 球体の内部からあふれ出したそいつが、塔を上から覆い包むように下へ下へと垂れていくのだ。

 

「うえ」 


 気持ち悪いと後退する俺の目の前で、地面に到着した液体の表面が激しく泡立つ。 

 呼応するようにカウボーイが銃を構えた。その銃口が敵の姿を捉えきる直前、吸血鬼の影が鎌のように伸び、泡の中から現れ掛けた何かの一部を刎ね飛ばす。

 ぽぉ――ん、と弧を描いて俺の足元まで飛んで、べしゃりと落下する。それは数えきれない程の複眼を持ったの首だった。


「ッ――――――!?」


 俺は再び声なき悲鳴を上げた。

 目の前で生き物の首が飛ばされたこともショックだったが、一番堪えたのは、まるで虫をメインとする寄生生物に乗っ取られかけたかのような外見そのものであった。

 ――正直、グロイ。


「チィッ!」


 銃で標的を打ち損ねたカウボーイが凄まじい舌打ちをした。

 

「おい旦那ッ、なんで俺の前に出た!」

「ボクの影に限りはないけどキミの弾は有限でしょ。いざという時のために取っておかなくちゃ」


 怒声にも怯まず、吸血鬼はたんたんと影を操り、敵を屠る。


「そうかもしれんがね……っとと……」


 会話を交わしながら、カウボーイの銃が背後に向かって発砲された。

 得物は片手撃ちの回転式拳銃リボルバー。拳銃にあるまじき大きさの銃身を支える腕は、その威容に相応しいとてつもない反動の大きさを物ともせずに、過たず狼の額を撃ち抜いていた。

 続けてもう一発。また今度も大当たりジャックポットだ。

 その職人技に感動する俺の脳裏には、アメリカ西部の赤茶けた荒野と寂れた酒場。そして酒場の前で行われる早撃ちの決闘の様子が映像として流れていた。 

 男の姿は、まさに『ガンマン』だった。


「そうだ少年。あの蛍光緑の液体には触れないようにね」


 本物のガンマンに抑えきれない憧れの瞳を向けていると、影でこちらへの攻撃を防ぎながら吸血鬼が言った。

 

「もしかして、アレに触ると喰われちゃう……とか?」


 俺は影からはみ出さないようにと、しゃがみ込んで訊ねた。


「そう。ボクらは『侵食』って呼んでる。侵食の開始と共に起こるのは転送。異界の法則による変換。変態。あちらでの存在の確立。それに伴うこちらの世界での実存濃度の希釈――」

「待って待って待って、もっと分かりやすくお願い!」


 俺はたまらず叫んだ。びっくりした。これまで馬鹿っぽい喋り方してた癖に、急に頭使うこと言ってくるんだもの。

 吸血鬼の紅い瞳が面倒臭そうに細められる。

  

「つまりね、あの空に浮かんでる巨大なヤツは異界からの侵略者で、ボクらを奴隷にするんだか、食料にするんだか、兵隊にするんだか知らないけれど、片っ端から異界に連れ去ろうとしてくるわけ。ンで、あの緑色をしたのがそのための兵器。イカの触腕みたいなものだと思えばいいよ」 

「んん~、ん、ん?」


 しばし頭を抱え、俺は考えた。


「え、てことは――あの隕石? みたいのって生き物なの!?」

「うん。そうだね、れっきとした有機物だ」


 頷く吸血鬼の言を、カウボーイもといガンマンのオッサンが補足する。


「あれでも、あっちの世界では爵位持ちのお貴族様だ。『侵食』のために姿を変えてるせいで、こっちの世界じゃ巨大な石にしか見えないがな」

「……マジで?」

「マージーだー」


 ガンマンはうんざりとした様子で肩を竦めた。両手での銃撃の合間に、


「空を見てみろ」


 そう言い、片手の銃口で空を示す。見上げると変わらず隕石が目に入ってくるが、ガンマンが更にその先だと促す。

 照明弾やらサーチライトやらで明るい夜空の向こう。月や星が輝くそのずっと先。目を凝らす必要もなく、ちっちゃな丸い青空が見えた。

 ――……今は、夜だっていうのに? 

 

「あれが、あっちの世界だ。今回は真上に出現してる。あのデカブツは、あそこから俺たちの世界に侵略しに来てんだよ」


 俺の頭は今日になって何回目かの混乱をきたした。

 自慢じゃないが頭の回転はあまりよくない。ゲームや漫画は好きだし、ファンタジーな世界の知識もそれなりにある。が、それとこれは別だ。

 侵食やら、あちらの世界やら、こちらの世界やら――急に詰め込まれた知識や、常識ではありえない事態に俺の頭はパンクしそうであった。

 堪らず、ああ、もう――と投げやりになり掛けた、その時。 


「ッ! 逃げろ!!」

 

 ガンマンの鋭い声が飛ぶ。

 が、その注意は少し遅かった。

 え、と俺が振り返った時には、転がっていた巨狼の頭部から出現した蛍光緑の触腕が、すでに俺の体を包もうとしているところであった。

 くるりん、という音付きでいとも簡単に巻き上げられ、気が付けば俺は粘度のある液体の中にいた。

 景色が少し濁って見えるから、ゲームでよくあるスライムタイプの敵に飲み込まれた状態なのだろう。スライムといえば『消化』と『溺死』がお決まりだが息はできているため、すぐに死ぬような目には合わなそうだ。

 ――などと冷静に分析したところで落ち着けるはずもない。


「がっ、がぼぼぼ! はばっ、がぼばば!」


 俺はパニックになった。

 

「落ち着け! 暴れると余計に侵食が進む!」


 滅茶苦茶に手足をばたつかせる俺に、ガンマンのオッサンが手を上下させて何かを伝えてくる。が、声がくぐもってよく聞こえない。


 なんだ!? ジェスチャー的に落ち着けって言ってるのか!?


 無茶なことを言うな、こちとら普通の大学生だぞ。こんな意味のわからない場所に連れて来られて目の前で動物――ちょっとモンスターっぽいけど――の首が飛んで、それでスライム責めだなんて――まだ正気なことを褒めて欲しいわ!

 

 と、俺がひとしきりの文句を心の中でぶちまけていると、ふいに頭頂部のあたりから、くすぐったいような感覚が湧いてきた。

 こう……なにか体の中心から生命力のようなものが抜き取られていくような感覚が――。

 

「ぐ、ぼぼぼんばっぐぼ!?」


 あっ、あっ、もしかして喰われてる!? 俺、喰われちゃってる――!?

 

「アハハ、バート見てよ。この子の顔すっごいよ」


 俺を指差して、吸血鬼が笑う。何を言っているのかは分からないが、失礼なことを言ってそうだ。


「だー! ンなこたいいから周りの雑魚をさっさと片してくれ! そいつが助からなくなるだろうが!」

  

 凄まじい吸引力の掃除機に吸われるホコリの感覚を味わっている俺の視界に、ガンマンが何か抗議をしたらしい姿が見えた。

 ありがとうオッサン。そんで覚えてろよ吸血鬼。


「ンー……それが平気みたい」

「あ?」

「この子の侵食が止まってる」

「なに!?」


 ぐんぐん、と吸い上げられていた感覚が、ぴたりと止まる。俺は暴れるのをやめて、首をかしげた。

 

「がぼぼ……?」

「アハっ、本人も気が付いたみたい」


 よくわかんないけど、ラッキー! 今のうちに脱出すればいい……ってンォオオ――――ン!!?  


「あ」

「逆流してる」


 なんか戻ってくるよぉぉぉ!?

 

 その時起こったことをありのままに伝えると、俺の体から吸われていた何かは逆流した。スライムから吐き出され、俺の体に戻ってきたのだ。

 その気分は例えるのならば、カスタードと生クリームを流し込まれるシュー生地だった。

 お帰りなさい俺。ただいま俺。――それと初めまして、見知らぬ俺。

 俺が礼儀正しく俺の一部と謎の何かを迎え入れた瞬間、まとわりついていたスライム状の物体がぶるんと揺れた。

 そして、半透明の空間が端からぼろぼろと崩れていく。


「お前さん! 無事か!?」


 ガンマンが慌てて俺の体からスライムの欠片たちを掃っていく。この男、最初の無茶苦茶な印象とは違って案外いい奴なのかもしれない。


「ぶ、無事……? 無事なのかな、俺」


 俺の体をガンマンが持ち上げ、スライムから脱出させる。その間も吸血鬼の影は周囲を守り、狼たちの襲撃を防いでくれていたが――当の本人は空を見上げたまま棒立ちであった。


「旦那も突っ立ってないで手伝ってくれんかね!」


 ガンマンの声に紅い瞳がこちらを向く。なにが愉しいのかその目と口元は弧を描いていた。


「バート……やはりボクは正しかった。彼は本当のジョーカーきりふだだ」

「は?」

「ほらっ、あの空をご覧」


 影で造られた矢印が頭上を示す。

 ガンマンは怪訝そうに空を見上げた。俺も倣って空を仰ぐ。

 瞬間、俺たちは二人とも揃って異口同音に、


「「はぁ!?」」


 と驚愕の声を上げた。そこに本来あるべき――いや、本当の本当はない方が正解なのだが――あの空を埋め尽くしていた巨大な隕石が、影も形もなく消え去っていたのだ。


「おい……あのデカブツはどこだ」

「少年の中だよ」


 吸血鬼が俺を指差す。俺とガンマンは顔を見合わせた。――意味がわからん。


「この子が侵食し返したんだ」

「……こいつが?」


 胡乱な視線が俺に向く。吸血鬼は「その通り」と深く頷いた。


「無理がある……旦那だって、さっきの慌てぶりを見てただろう? そんな力があれば、あそこまで必死にならない」 


 ガンマンの言葉に俺はしきりに頷いた。本当にその通りだった。俺たち二人に否定され、それでも吸血鬼には確信があるらしく、余裕のある態度を崩さない。


「いいや確かなことだよ。彼の中に『卿』ロードの魔力を感じる」

「卿?」


 また聞き覚えのない言葉だ。


「さっきのデカブツのことだ」


 首をかしげる俺の頭から最後のスライムの欠片を掃い、ガンマンのオッサンが説明してくれる。

 ああ――そういえば、爵位を持ってるって言ってたっけ。

 貴族制が廃されて久しい日本で暮らしていた俺には、馴染みのない文化なためピンとこないが……海外ではまだ存在する制度だ。


「やっこさんは死んだのか?」


 周囲を見渡しながらオッサンが吸血鬼に訊ねる。吸血鬼も同じように視線であたりを探りながら答えた。


「どうだろう。反応は弱いけど、たぶん彼の中では生きてると思う」

「チッ、仕留め損ねたか……」


 俺は二人の話に身震いした。先程味わったシュークリーム的感覚のクリームが二種類であったのは、『卿』とか呼ばれている謎の存在が、どさくさに紛れて俺の体内に押しかけ同棲を仕掛けたからだと、二人は言っているのだ。

 俺はごくりと唾を飲んだ。


「……もしかして、俺もあの狼みたいにグロイ外見になったりすんの?」


 俺の問い掛けに、吸血鬼が首を横に振る。


「それは大丈夫。ただ、精神に影響はあるかもしれないかな」

「え、率直に言って嫌……」


 精神汚染系は勘弁。とんでもない話だ。遺憾の意。忌憚なく言うなら、とっとと出てけ。


「敵さんはもう居ないな」


 脅威がないことを確認すると、ガンマンがホルスターに銃を戻した。その横では吸血鬼が耳を澄ませるように目を閉じて、「うん、居ないね」展開させていた影を収納した。


「何がなんだか分らんが……今の件に関しては、ボスにも判断を仰がなくちゃならんからな……取り敢えず、他の奴等にも連絡を取ってみるか」


 ガンマンが耳に手を当て仲間たちに指示を出す。その顔には疲労の色が濃い。

 俺はその声を聞きながら呆然と、


「マジか……」


 と繰り返すしかなかった。

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