ゲネシスの共犯者

イヅミ衛

第1話 迷子と召喚

 はじめに叫び声があった。

 次いで、上から下へとぶれる視界と膝の痛み。

 頭上を凄まじい勢いで巨大な何かが通り過ぎ、激突。石壁が崩れる音が後方から響き、俺は慌てて横方向に跳んだ。

 間髪入れず、再びの破壊音。

 ――駄目だ。相手の攻撃の方が早すぎる。

 俺は死に匹敵する痛みを覚悟した。次に体が地面に着いた時。それが俺の最後となるだろう。

 死にたくない。

 とは思わなかった。ただ、


(ここで死ねば、月子さんにまた逢えるのだろうか)


 記憶のなかの灰色の淑女グレイ・レディの面影と共に、そんなことが頭を過った。その瞬間。

 俺の眼前には黒いマントが翻っていた。

 瞬時に裾から束となって解けそれは、まるで意思を持っているかのように自在な軌道でしなり、俺を狙っていた追撃を防ぐ。

 

「無事かい!? 少年!」


 そう言い、西洋人形のごとき美貌の吸血鬼が俺を振り返る。


「イエーイ、来ちゃった」


 と、なぜか片手ピース付きで。

 それは奇しくもあの日の彼女と同じ言葉、同じ仕草だった。その顔に、懐かしくも力強いあの笑顔が重なって、俺は。

 俺は――……。


 






 と、

 ここで突然だが、東京都のいち大学生でしかない俺が、なにゆえに瓦礫の中を転げまわる事態になったのか、といった事情について説明させてもらう。

 そもそもの始まりは、今から遡ること約24時間前。8月8日の夕方にまで遡る。

  

 いきなりだが、俺は迷子になっていた。

 

 不慣れな大学生活にもようやく一息付けた、大学一年生の夏季休暇。

 バイトのシフトも入っておらず、友人との予定も特にない。そんなありふれた何でもない一日のことであった。

 その日の夕方、俺は発売を翌日に控えた新作ゲーム『農民と森』の前祝いのため、一人暮らし中の六畳一間のアパートから、近所のコンビニまで買い物に出掛けることにした。


(因みに『農民と森』について補足しておくと、舞台は東欧の片田舎。主人公である農民は、キノコを採りに森へと出掛け、奇妙な赤カブの妖精に出逢う。妖精に導かれるまま森の奥へと向かった主人公はそこで、まるで御伽噺から飛び出して来たかのような美しい村を発見する。庭には金の薔薇が咲き、館の窓は銀の装飾で縁取られている。住人たちは皆心優しく、余所者である主人公をもてなそうと口々に家へと誘うのだが……赤カブの妖精はどことなく不安そうだ。――といった、導入で始まるサバイバルホラーゲームなのである)


 そんな風にゲームの内容に思いを馳せていたからか、気が付けば俺は見知らぬ道に入り込んでしまっていた。

 おそらく曲がり角を一本間違えたのだろう。

 咄嗟にそう考えた俺は来た道を引き返したが、どうやっても知った道には戻れなかった。

 こんな時こそ文明の利器。スマホ様の出番――と手を入れたジーパンのポケットの中は空であった。考えてみればスマホを持って家を出た記憶がない。

 通行人の一人でもいれば話を聞けるのだが、茜色に染まる閑静な住宅街に人影はない。

 

「嘘だろ……23区じゃないとはいえ、仮にも都内だぞ……?」

 

 引っ越したばかり。現在地の確認すらできない。訊けるような人もいない。

 正直、積んでいる。

 空を見上げれば、東の方角がうっすらと紫がかってきているのが確認できた。間違いなく、刻一刻と夜の気配が近付いていた。

 俺は焦る心のまま小走りに駆けだした。

 店か人か、もしくは交番か。

 今の俺のミッションはそのいずれかを見付けて道を訊くことであった。

 この齢になって「迷いました」と口にするのは少々――いや、だいぶ……かなり恥ずかしい。が、背に腹は代えられない。知り合いもいない街の路上で夜を明かす可能性を考えれば、そんなものは屁の河童である。


 後から考えみれば電柱の住所表示を確認すれば良かったのだが、こういったものは、冷静な時でないと見過ごしてしまうものだ。

 そう、俺は慌てていた。

 だから曲がり角の先にいる人影にも気付かず、思いっきり正面から突っ込む形になった。


「……ッ! す、すみません……!」


 随分と背の高い人だ。それに服装が妙に黒い。俺は謝りながら視線を持ち上げていき、確かにその人と目が合ったのだと思う。


 自らの体験であるのに「だと思う」などと随分と曖昧だと思うだろう。


 けれど俺にはそうとしか表現できなかった。

 考えても見てほしい。貴方は人にぶつかったが、次の瞬間には地面にひっくり返っていた――これは転倒しただけだと説明が付くが――都内の住宅街にいた筈が、目を瞑って開けたら、外国の教会らしき建物の中に移動していた――こちらはどうだろう。説明が付かないのではなかろうか。

 しかも、豪奢な八角形のドーム型天井。宗教色を多分に含んだであろう装飾絵画付きである。テレビや写真の中でしか見たことがないような、がちがちの宗教建築。

 俺は何が起こったのか混乱しながらも、その中央部分に描かれた少女のアルカイックスマイルに向けて、「どーも」と声を掛けた。

 ドームとどうもを掛けた渾身のギャグである。

 返答はない。

 壁画なのだからあたり前か、と俺は腹筋を使って体を起こした。すると、

 

「よお、調子はどうだ」


 俺の目の前には西部劇のカウボーイが居た。 

 何を言っているか分からないと思うが、俺もよく分からなかった。

 でも、古びたカウボーイハット、着古されたシャツにベスト、ごついバックルとホルスター付きのガンベルト、ジーンズの上から履かれたチャップス、等々……まんまカウボーイなのだ。

  

「は……? え……? なに……コスプレ?」

 

 これが漫画であったなら、俺の頭上には疑問符のオンパレードであったろう。実際、頭の中は真っ白で、視線は男の腰元に収納された二丁拳銃に釘付けであった。

 銃 刀 法 違 反。

 強烈な五文字が頭を過る。間違いなくレプリカであろうが――え、まじでそうだよね? ここってば日本だもの。アメリカじゃないんだから、本当のガンマンなんか居る筈ないよね? 誰かそうだと言って!!


「あの……有明に備えての予行練習ですか? それとも、これからモニュメント・バレーまで聖地巡礼に?」


 俺は冴え渡る冷静さを持ってして、カウボーイに訊ねた。


「……何のことか知らんが体調は悪くなさそうだな。おいっ、お前ら! 結果的に、まぁ……こんな感じだ」


 ふわっとした形容をして、カウボーイが背後を振り向く。つられて俺もその肩越しに視線を向ける。そこには大きな広間があった。

 俺は思わず「うおっ」と驚きの声を上げた。

 広間には真剣な顔をした大勢の人間が立っており、合否判定を確認する受験生のような着かない様子でこちらを見ていたのだ。皆一様に、全身を黒と紺を基調としたシンプルな服で固め、タクティカルベスト、コンバットブーツ、ヘルメット、といった見るからに特殊部隊でござれな服装をしている。

 服装的にはカウボーイよりも現実的だが、だからこそ俺の恐怖心は倍々で加速していく。そしてこの状況に対する納得のいく理由を組み立てた。

 ――そうかこのカウボーイが危険人物で、それを鎮圧しに来たんだな!


「俺、何も武器は持ってませんから! この危険なコスプレ男を捕まえて下さぁ――い!」 


 勇気ある正義の叫びに対し、カウボーイが腕を振り被った。わあっと俺が頭を庇うと、舌打ちと共に腕が下りる。


「テメェ、この野郎……今のは何かムカっときたぞ。思わず抜きかけたじゃねーか」


 そう言って、ホルスターの中の銃を押さえる。俺は両手を上げてその場にひれ伏した。


「すみませんごめんなさい口には気を付けますので銃は勘弁してくれませんか。俺、コンビニでケーキ買って家に帰りたいだけなんです……」

「悪いが帰しちゃやれないんだよ」


 カウボーイが鼻で嗤う。

 聞き流せない発言に俺は勢いよく顔を上げた。人身売買。臓器ブローカー。そんな怖ろしい言葉が頭の中で踊る。


「そ、そそそそれって、半年間マグロ漁船に乗れ的な……?」

「また意味分からんことを……ま、少なくとも半年ではないな。これくらいだ」


 カウボーイは人差し指を一本立てた。

 

「1年?」

「いんや、一生」

「ゆ、誘拐だ――! ポリース! ポリスメーン!!」

「馬鹿野郎! 人聞きの悪いこと叫ぶんじゃねえ!」


 がつんと固い拳が俺の脳天にヒットする。重たい。俺は悲しくなった。デコピンでさえお父さんからされたことがないのに、なんでこんな粗野なオッサンに殴られなくちゃならないんだ。


「ったく、ケーキなら全部済んだ後に奢ってやるからよ。それでいいだろ?」

 

 なぜその対価で俺が頷くと思うのか。そしてなぜ俺が駄々を捏ねているような扱いなのか。言い返してやりたかったが、もう一発食らうが怖いので、黙っておくことにした。

 カウボーイはどっかりと床に座り込み、何かを待つかのように黙って腕組をした。背後の特殊部隊もぴくりとも動かずに佇んでいる。

 俺はケツが冷たいので立ち上がりたかったのだが、そんな空気ではなくなってしまった。くそう。


 体感にして一分くらいそうしていただろうか。

 特殊部隊を掻き分けて、カシャン、カシャン、と硬質な足音が俺たちの方へと近付いてくる。カウボーイが「来たか」と後頭部を掻いて立ち上がった。


「待ってたぜ、イングラム。そっちの結果はどうだった?」 

「……残念ながらあまり思わしくないね」

「だろうな」


 現れたのは、片手にタブレットPCに似た透明な板を手にした騎士であった。白銀のプレートメイルに青と白の装束。しかも女子の憧れが人型をとったかのような金髪碧眼のイケメンだ。俺の予想だとたぶん聖騎士。

 カウボーイはイングラムと呼んだ聖騎士の手からタブレットを受け取ると、内容を声に出して読みはじめた。


「どれどれ……ライフD、ちからC、かしこさC、命中C、回避D、丈夫さC……」

「え? なに、『続・モンスター牧場』のステータス? あのゲームめっちゃ好きだったわ~。中古でお父さんが買って来てくれてさ。家中のCDケースひっくり返したっけ」

「しぃっ、静かに」


 俺の横槍を聖騎士が厳しい顔で咎める。人生で初めてイケメンに「しぃっ」をやられてしまった。男の俺でも思わずドキッときてしまうから、その涼やかな声に加える吐息成分は少なめでお願いしたいところである。

「種族:人間、成長タイプ:大器晩成、寿命:短命、善悪:へたれ系善、速度:亀ウサギ、初期技:ゼロ……!」


 気怠げな酒焼け声は、その読み上げる内容が後半に進むに従い、やけっぱちに大きくなる。特殊部隊のメンバーの顔は暗く重く沈んでいった。


「――終わったな」


 誰かがぼそりと呟いた。


「ああ、ものの見事にな……」


 倣うように、誰かも続く。


「クソったれ……! 希望の欠片もないってのは、このことだぜ!」

 

 そう叫んだ誰かの憤りに端を発し、誰も彼もが思い思いの言葉を口にし始めた。


「うあああ……うっ、ううっ……」

「……泣くなよ。いつだって期待は裏切られるもんだろ」

「ここまで容赦ねぇとか聞いてねーよぉ……」

「あー死ぬ前に嫁に会いてー」


 いったい全体なにが起こっているか把握できないが、少なくとも彼らの反応が先程のステータス値に起因していることは明らかである。


「キャンキャン、キャンキャン……姦しいってんだ、このボンクラどもが!」


 収まらない騒ぎにカウボーイが切れ気味に怒鳴り散らす。


「ラミュゴールの巣穴に投げ込まれてえのか!?」

「ひえっ、あの百足女は勘弁だぜバート!」

「なら黙ってろ!」


 カウボーイハットの下から鋭く睨まれ、ぴたりと声がやむ。


「バート。大聖堂内であまり乱暴な言葉は……」

「悪い」


 聖騎士が眉を顰めて苦言を入れる。

 バート。それがこの男の名なのか。もっとゴツイ……クロフォード・ゴルズビーとかそんなのかと思ってた。

 意外にも素直に謝ったカウボーイは、虚空に向けて言葉を放つ。


「吸血種の旦那ァ! 説明してくれ、こりゃあどうなってんだ? こいつはとっておきの切り札って話だったろ!」


 言って、深爪気味の長い指が俺を指し示す。

 ――って、待って? 俺が切り札ってどういうこと?

 もしかして、今のゴミみたいなステータス値、俺のだったの!? 俺のステータス訊いて終わったなって言ってたり、泣いてたの!? 


「うーん、そのハズなんだけどね」

「おわっ」


 衝撃の事実にショックを受けていると、突如、背後から声が響いた。飛び上がって振り返ると、いったい何時からそこに居たのか、俺の後ろには黒マント姿の男が立っていた。とんでもない長身で、ざっと見積もっても二メートルはありそうだ。

 

「おっとゴメン。バートの影を使おうと思ったのに、キミの方から出てしまったようだ。影の無断使用、スマナイね」


 影の無断使用ってなんだ。影にも所有権が働くのか? 罪状は住居侵入罪とかか? 俺は混乱しながら首を横に振った。

 男の作り物染みた美貌が笑みに綻ぶ。


「ソコじゃあお尻が痛いでしょ。良ければお手をどうぞ」

「ど、どうも……」


 男は俺の手を取りその場に立ち上がらせた。そして芝居がかった所作で胸に手を当て、腰を折った。拍子に、深緑色の髪が青白い頬を滑るように撫で落ちていく。俺は目を見張った。カツラか染色しないとありえない色合いだ。

 

「此方に至りて、彼方に在る。先とかつてにおわす定命のキミよ。ハジメマシテ、サヨウナラ。数十年しかない瞬きの間のお付き合いだ。時間を無駄にせず、どうぞ自己紹介から始めよう。――さて、キミのお名前は?」


 伏せられていた頭が持ち上がり、滴るような紅い双眼が俺を興味深そうに見つめる。瞳孔が蛇のように縦に割れていた。

 気圧されるように、俺は一歩、二歩と後退った。

 一見すると紳士的な振舞いだが――これは間違いなく変人だ。しかもあまり御近付きになりたくないタイプの。

 ちらりとカウボーイを見る。この場を仕切っているのはあの男のようだから、何か助け船がないかと思ったのだが……視線が合うなり、呆れたように首を竦めて、ハットで目元を覆ってしまう。

 勝手にやってろということらしい。仕方なく俺は質問に答えることにした。

 

「俺は……碧生あおい千野ちの碧生」

「どっちがファミリーネーム?」

「千野の方。碧生が名前」

「ふぅん……?」


 MI6エージェントへのリスペクトに溢れた俺の名乗りをスルーして、変人が首をかしげる。紅い瞳が怪しく輝いた。


「キミ、もしかしてもう一つ名前があったりする?」

「へ?」


 俺はどきりとした。

 どうしてそれをと口走り掛け、咄嗟に口を噤む。どうせ当てずっぽうだ。

 確かに、俺はとある理由で11歳の頃に一度改名しているが、それを他人に話すつもりはない。


「まあ……それより、あんたの名前は?」

「ボク?」

 

 話題を逸らそうと訊ね返すと、男はキョトンと目を丸くした。

 

「名前かぁ。ボクに個体を識別する名というものはないけれど、呼称は、黒血の御方メラン・ハイマ大師父マスター教授プロフェッサー、吸血種、常盤の君エバー・グリーン……とまあ、沢山あるから、キミも好きに呼ぶといい」

「吸血種……?」

「あ、そこに反応するんだね。うん、そう。キミの世界だと吸血鬼バンパイアの方が耳通りがいいかな」


 ぎょっとした俺に対し、赤い唇が三日月を描く。

  

「安心して、キミの血を飲むほど飢えちゃいないからさ」


 そう言い、自称吸血鬼は唇を引っ張ると、わざわざ俺に自前のを見せつけてきた。艶やかな白い歯列の中、上下合わせて四本の鋭い犬歯がきらりと光る。

 つけ歯……にしては、作り物らしき違和感がない。 

 俺はこの段階になって、ようやく何かがおかしいことに気が付いた。いや、実際にはもう既に気付き掛けていたのだが、


「……あのさ、ここって……日本……だよね?」


 俺は目を逸らしていた問題に切り込むことにした。

 俺の縋る視線を正面から受け、自称吸血鬼は「あはっ」と破顔した。


「そんなもの違うに決まってるじゃないか。ちゃんと現実見ないと駄目だぞ、少年」


 ……。

 …………。

 ……………こいつ、性格悪い。


 俺は目尻に滲みかけた涙を拭った。


 まーね。そうだろうとはね。何となく思ってましたよ。だって曲がり角まがった一瞬でこんな場所に移動できる? 

 カウボーイのオッサンとか、イングラムって聖騎士とか、他にも特殊部隊の皆さんとか、明らかに外見が外国人だもん。

 よしんばここが日本だったとしても、こんなデカくて豪華な教会あったらSNSでも有名な観光名所だよ。見た目、ヨーロッパのほにゃらら大聖堂なんだから。

 

「おーい? アオイ少年? ショックだったとは思うけど、ボクらそれどころじゃないんだよね。負けないで、頑張って、ほら!」

「そーだぞー。挫けそうな時こそ立ち向かえ」


 このタイミングで鬼かと疑うような吸血鬼の囃し立てにカウボーイが乗っかる。うるせえ、ちょっとは浸らせろ。

 肩を落としたまま天井画を見つめる俺に、吸血鬼が更に言葉を付け足す。


「あと、アーヘン大聖堂は褒め過ぎじゃないかな。ここそんなに大きくもないし、質素だし、あの天井画ボクが描いたし」

「なんで俺の心読んでんだよ! てかアレ、あんたの絵かよ!」


 いかん、思わずツッコんでしまった。紅い瞳がニンマリと笑みに細まる。

 

「心が読めるのは吸血鬼だから。絵は、暇を持て余して練習したから」

「マジレスサンキュー。そして俺のプライバシーゼロ! この世界のコンプラどうなってんのよ!?」


 俺の叫びに、吸血鬼は「あ、しまった」と動きを止めた。眉を下げ、困り顔でカウボーイに訊ねる。


「またハラスメントって怒られちゃうかな?」


 カウボーイがさあなと首を横に振る。


「作戦行動が終わった後で怒るような奴が残ってればな。誰もいなければ……まあ、ボスが叱るだろうさ」

「ヴィルヘルミーナは怒らせると怖いからヤだなぁ……」

「なら、奇跡でも起こせるくらい真面目にやろうぜ。じゃなきゃ本当にこのまま予定通りに終わっちまう」


 カウボーイはそう言うと、「野郎ども!」と周りの男たちを見回した。


「怖気づく必要はねえ。当初の予定通りになっただけだ! 行くぞ!」


 その号令を切っ掛けとして、肩を落としていた特殊部隊たちが武器を手に動き出す。


「ったく……やっぱこうなるのかよ」

「まっ、そうそう上手い話もないわな」


 コンバットブーツの踵を鳴らしながら歩いていく集団の後ろを俺は追いかけた。なんとなく、この場に置いて行かれたくはなかった。

 集団の先頭にはカウボーイと聖騎士。ボヤきながら進む筋肉たちを挟んで一番後ろに俺と吸血鬼。

 俺は吸血鬼に近付き、こそっと訊ねた。


「あのさ。皆、さっきから不穏な感じで『終わった』とか『終わる』とか言って、妙に殺気立ってるけど……これから何かあんの?」


 色々と納得できないことが多過ぎて頭が混乱するが、これだけは聞いておかねばならないと、俺の本能がアラートを鳴らしていた。

 吸血鬼は「うーん」と悩むそぶりを見せ、


「教えてもいいけど、知らない方がいいと思うな」

「何で」

「キミの精神力が減るから。見た感じキミってば小市民っぽいし、そんなに心臓強くないでしょう?」

「いや、俺の心臓はフサフサよ。けど……今ちょうど換毛期なんで、心臓に優しい感じで教えてくれます? 知らない方が怖いからさ」


 心臓のありを押さえて乞うと、頭一つ分高い位置から小さく笑う声が降ってくる。

 

「あはっ! 勇者の素質があるねぇ……」


 話しているうちに前方の集団が敷居をまたぎ、教会から出る。外はすっかり日が暮れて、街の街灯があたりを照らしている。

 続いて俺たちも外へと出ると、そこで吸血鬼が立ち止まり、「見るといい」と人差し指を上へと向けた。


 ……空?


 自然、指の示す方向へ俺の視線は上がる。そして、そこに広がる光景に、俺は声なき悲鳴を上げた。

 吸血鬼が指し示しているのは、月でも星でもなく――。


 空を埋め尽くす、巨大な隕石のような何かであった。


「な……!?」


 こんな展開は受け止められるキャパを軽く超越している。俺は馬鹿のように大きく口を開いて、空を見上げた。

 隣に立つ吸血鬼が、ひとつまみ程度の真剣さを含んだ笑いを引きずった声で言う。


「やっぱり、終わって一番嫌なのってさ。世界だよね」


 俺は確信した。


 ――さてはこいつ、サイコパスだな?

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