奇跡
「きゃぁああああっ」
……ん? 悲鳴?
そういえば、俺が問に答えたら天秤が崩れて雲に落ちて……そうだっ! 理央っ! 目を見開くとそこはいつもの空間。いつもの家。ようやく戻って来たんだっ!
しかし、問に正解した喜びや生の感覚に浸ってる余裕などなかった。理央の悲鳴が聞こえてきた。気が気じゃない。飛び起きて声がした洗面所まで慌てて向かう。
「理央っ! どうした?」
その場にへたり込む理央を見つけた。間違いのない後ろ姿に安心を感じた。俺はそっと後ろから抱きしめる。やっと再会できた愛しい存在。あらゆる感情が込み上げてくるが、今はただ全身で幸せな温もりを感じていた。
「めぐるっ……これ見て?」
「何があったの?」
理央の手には妊娠検査薬があり、そこには陽性を示すラインが入っていた。本当だったんだ……。
「嘘みたい……信じられないよ」
「願い叶ったね……」
奇跡の存在にしばらく震えて動けなかった。今まで溜めていた想いが一気に爆発し涙が止まらなくなった。再会した喜びと子を授かったんだという実感を噛みしめるうちに傷ついた心がだんだんと癒やされていった。
『子を思う親ならば誰もが生まれてくる我が子は、優しい子であってほしいと願う。そして、育っていくこの世界が優しい世界であってほしいと願う』
今は余計にテティスの言葉が胸に響く。本当に心からそう願っている。そして、ただ無事に元気で健康で生まれて欲しいとそれだけを切に願っている。
「ごめん、その匂いダメ」
「分かった。何なら食べれる?」
酷いつわり。慣れない家事とサポート。知らない事だらけ。力になれない事だらけ。それでも挫けずに頑張るしかない。2人の為に。
「あ、今蹴ったよ」
「パパだよー、早く会いたいなぁ」
こんなにも愛しい存在。まだ、生まれてもないが確かな生がここにある。そして、訪れる誕生の時。
「あぁあ゛あぁぁぁああっ」
本当に苦しそうな理央の表情。手を握る、励ます、汗を拭く、ボールを腰に当ててコロコロするくらいしかできない。ほんの僅かでも支えになりたいが、俺はただそばで立ち尽くす事しかできなかった。
「……」
「もうすぐ会えるよ。赤ちゃん、生まれますよー」
その声と共に赤ちゃんが生まれた。眩しいくらいに輝く小さな光。そして、部屋の奥へと連れられ処置を受ける。すると、しばらくして祝福の声が響いた。
「おぎゃぁぁっ、ぎゃぁぁぁっ」
「頑張りましたね。元気な女の子ですよ」
生まれた感動で涙が溢れる。2人が無事で本当に良かった。
「頑張ったね、理央……」
まだまだ、これからが大変という事はよく聞く。だが、今は生まれた喜びで一杯だった。
「名前考えてたのがあるの」
「何?」
「2人の、『めぐる』と『りお』で『るり』はどうかな?」
「可愛くて素敵な名前。そうしよう」
「ふふ。るりちゃん、これからよろしくね。私達のところに生まれて来てくれて本当にありがとう」
「るりに感謝だな。ありがとう……本当にちっちゃくて、可愛いなぁ」
思わず頬が緩む。たぶんだけど2人の赤ちゃんは世界一可愛いと思う……親バカか。
「あのね、めぐる」
「どうしたの?」
「昨日出産ラッシュだったみたいでさ、さっき話したんだけど、隣の人もるりと同じ時間くらいに生まれたんだって。それも女の子」
「へぇ、そうなんだ」
「しかも、名前も偶然似ててびっくりしたの。るるちゃんって言うんだって」
「そっか……。仲良くなれるといいね」
「うん。あとそれとね、反対側の隣の人が腫れぼったい目をしててさ、産後痛で寝れないのかなぁとか思ってたら、生まれる前日にお父さんが亡くなったらしくて……悲しいよね」
「芦屋って人……?」
「そうそう。名前知ってたんだ?」
「あぁ、何となく」
不可解な事に意識調査の事はニュースどころか、俺のスマホからも一切の痕跡も残っていなかった。理央に聞いても、俺はその日1日普通に寝てただけらしい。
ただ、俺は調査で出会った人達を忘れない。ずっと心に留めておく。感謝を忘れずに生きていく。そして……
面と向かって言うのは恥ずかしいけど、りお、るり。こんな俺を父親にしてくれて本当にありがとう。
命の限り守り抜く事を誓うよ。
リミットゲーム 朝陽の雫 @asahi_no_shizuku
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