第6話 終章
警察に連行され、留置場で過ごしていると、プロダクションの社長だという男が面会に来た。面会室には高級スーツに身を包んだ男が座っていた。
「うちの握手会で暴れてくれたらしいね」
「暴れてません」
そういうと、男は含み笑いをした。
「君のため、というのはどういうことかな?」
「覚えてません」
男は深く息を吐くと、
「彼女、リンはとても怯えていたよ。君に」
「リンじゃありません」
「サクラ」
男は面白そうな顔をする。
「そう君は彼女を呼んでいたらしいね」
「……要件は何ですか?」
「警備員の話じゃ、君はリンの手の平を見ていたらしい。握手会で手の平を見る人間はまれだ。リンは古いタイプのアンドロイドだ。手の平に残容量が表示される。それを君は知っており、その数値を見た後、何かを取り出し、君のためだと叫んだ」
長々と説明し、安っぽい机の上にプラスチックのカードを置いた。
「50億ある。これで君の持っているものを売ってくれ」
「……」
「少し調べさせてもらったが、けっこう借金があるね。それに仕事もない。金は必要だろう?」
「……」
「このままだと、彼女は活動停止するだろう。なにせ充電方法がわからなくてね。法律じゃバッテリーの切れた古いアンドロイドは廃棄しないといけない。くだらない法律だよ……あれだけの器量だ。バッテリーが切れても手元に置いておきたいと思う好事家は多いだろうが」
「電池が」
「さっき、君は彼女に充電装置を渡そうとしたんじゃないのか?」
見かけ通り頭の切れる男のようだった。
僕は諦めたように嘆息すると頷いた。
「やっぱりか」
顔を輝かせる男に、懐から機器を取り出すと男に見せる。
「これが充電装置か。いまどき有線なんてね。このSSDというのはどういう意味だ?」
「……メーカーの名前ですよ」
「そうか」
物珍しそうに男はその機器を眺めると、満足げに鞄にしまった。
「これで君は自由だ。金をもって静かに暮らしたまえ」
「……彼女はアイドルを好きでやってるんですか?」
「もちろんだ。いまうちで一番人気があるんだよ」
そういうと男は去っていった。
残されたのは50億円の大金と僕だけ。
僕は解放された後、しばし呆然としていたが就職活動を始めた。
その帰りに弁当とビールを買うと自宅へ帰る。
夜の帳が降りて、自宅までの道は暗闇に染まっていた。
自宅は薄暗い狭い路地にあるが抜けてしまえば、割りと開けた場所にある。
そこには一筋の光が屹立していた。
美しい少女が立っていたのだ。
歳は十代後半くらいだろうか、全体的に線が細い印象で、つるりとした白い肌に、漆黒の長い髪がよく似合っている。
彼女ははにかんだ笑みを浮かべていう。
「……充電させてもらえませんか?」
僕は手に持っていた弁当袋を落とす。
信じられない思いで、彼女に近づいた。
もう二度と会えないと思っていた。
SSDを男に渡したのは賭けだった。もしかしたらデータが自動コピーされるんじゃないかと修復した彼女の記憶を入れておいたのだ。
「サクラ!」
抱きしめる。
華奢な身体に手を回す。その感触は以前のままだ。
その甘い香りも同じ。
「サクラ!サクラ!」
何度も彼女の名前を呼ぶ。夢じゃないよな?
「痛いです。タクヤさん」
「は?」
彼女の吐いた言葉に僕は信じられないものを見る目でみる。
「力入れすぎですよ、タクヤさん」
「いやキョウイチだよ!僕は」
タクヤは祖父の名前だ。
アンドロイドの世界的権威である祖父の。
抱きしめた腕から力を抜き、彼女と向き合い、その瞳を見つめる。
変わらぬきれいな瞳。いや変わっていないとおもったのは僕だけか。
今の彼女は僕を見ていない。
「すみません。部屋にいれてもらえますか?」
僕は震える手を何とか制しながら、鍵を開けると彼女を家に入れた。
数年ぶりの歓喜の時間のはずが、そうならなかったことに不安と恐怖に押しつぶされそうになる。彼女は、靴を脱ぎ捨てると迷わず祖父の部屋へと歩き出した。
祖父の部屋には、彼女がいなくなってからほとんど足を踏み入れていなかった。あんなに良く見ていたDVDも見なくなり、部屋は埃が溜まり、すえた臭いが立ち込めている。
彼女は部屋を慣れた手つきで探ると、埃だらけの棚から一枚の写真を見せてきた。
そこには若かりし頃の祖父と一人の少女が映っている。
「私は彼に造られました。だからこの家に充電設備があることを知っていたのです。彼は失ったある人を想いながら生涯をアンドロイド開発に費やしました」
彼女は写真に写る祖父を愛おしそうになぞりながら、なおも続ける。
「私は彼女の代わりだったんです」
どんどん! と激しく扉を叩く音が聞こえる。
「リンはそこにいるんだろ、返せ!」
何人もの男を狂わせた彼女は微笑んだ。
「また、ここで充電させてくれますか? キョウイチさん?」
僕は大きく息を吐いた。
絶望するにはまだ早い。
「じいさんは、君を代わりとして見ていたかもしれない……だがサクラ、僕は君を見ている」
急に語りだした僕を驚いている彼女の肩を抱く。
「僕は君自身を見ているんだ。誰かの代わりじゃない」
彼女は何か言いかけたが言葉にならない。
どんどんどん! と激しく扉を叩く音。
僕はバッテリーを掴んだ。
「……でも」
彼女の瞳が揺らぐのがわかる。
「わかるかい? 代わりじゃない。僕は君を愛している」
「……!」
「いこう」
僕は彼女に手を差し伸べた。
彼女は一瞬逡巡するような素振りを見せたが、しっかりと僕の手を握り締めた。
「……はい……キョウイチさん」
充電人形。を拾った西暦2060年(短編) ゆうらいと @youlight
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