第5話 AND4800

 彼女は僕の生きる意味だった。

 生きる目的だった。


 それを失い、気力を失った僕は仕事を辞めてしまった。

 以来、家の玄関で、彼女が訪ねてくるんじゃないかと期待して、待ち続ける日々が始まった。


 何もやる気が起きない。

 何年も何年も彼女との思い出にひたる。

 しわの増えた手には破損したSSD。


 これを変えたばっかりに。あの後、眠らなければ。

 後悔ばかりだ。

 壊そうとして踏みとどまる。


「もしかしたら」


 SSDを使ってあることを実施した。


 さらに時間が経過した。仕事もせず、あのとき彼女を救うために多額の金を使った僕は、彼女を探すため借金を繰り返していた。


 もう首が回らないところまで来ていた。

 どうせあとは死ぬだけだ。もう生きる意味がない。

 そう考えていた。


 死に場所でも探すかのように、ふらふらと街中で歩いていたときだ。


 街頭テレビでアイドルたちが歌って踊っている。

 最近流行っているという、AND4800というアンドロイドユニットらしい。

 特に興味もなかったのだが、聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。


 愕然とした。

 そこに彼女の姿があるのだ。

 いつの間にかアイドルになっていた彼女は、かなり目立つ位置で歌っていた。


 握手会があるらしい。


 僕は握手会に入るための条件をそろえると、彼女に会うための準備をした。

 当日、巨大な会場には、大勢のアイドルたちと彼女たち目当てのファンが集まっていた。AND4800という名の通り、4800人の選抜メンバーがいるのだからそのファンはとてつもない人数だ。


 会場へ入り、順番を並ぶ。

 彼女は主要メンバーというだけあって、一、二を争うファンが彼女との握手を求めて列をなしていた。


 自分の番が近づくにつれて、見えてくる偶像となった彼女。前に並ぶファンたちと握手する彼女の姿は、他の少女たちと比べても目立っていた。


 長い艶やかな漆黒の髪が躍動感のある動き、場がパッと明るくなってしまうほどの眩い笑顔。

 記憶の中にある彼女と何も変わらない。きらびやかな衣装を着ていることもあり、より美しく感じる。


 久しぶりに見る彼女のすべてが愛おしくて、自然に抱きしめたくなってしまう。

 だが今の自分がそれをやれば問題だろう。


「サクラ!」


 耐え切れず自分の番で、僕は思わずこう叫んでしまった。


「だれ? 私は、サクラじゃない」


 彼女の面持ちに浮かぶ、はっきりとした拒絶感と恐怖。

 やはり彼女には僕の記憶がない。

 理解はしていたが、落胆する。


 いまはサクラと名乗っていないことは事前に調べていたので知っていた。


 名前を呼べばもしかしたら、僕の顔を見せればもしかしたら、OSから記憶がよみがえるのではないかと期待していたのだ。


「僕だよ、僕!キョウイチ!」


 彼女の肩をぎゅっと掴むと必死で縋る。


「痛いです。やめて」


 その光景が異様だったのだろう、すぐに屈強な警備員に取り押さえられた。

 彼女の怯える姿は、こらえたが僕はなんとか警備員の手を振り払うと、再び彼女の近づき、手を取る。


「やめて」


 嫌そうに顔をあさっての方向へ向ける彼女。その姿に傷つきながらも、僕は彼女の手の平をみつめた。

 そこには数字が1250と出ていた。

 残り100時間。

 やっぱりだ。


「充電できてないだろ?」


 僕が小声で囁くと彼女は、はっとしたようにこちらを見た。

 彼女の瞳に自分が映っていることに満足しつつ、懐からモバイルバッテリー取り出そうとし、警備員に再度取り押さえられた。


「手を放せ! これは君のためなんだ!」


 叫び続けた。

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