第4話 残り残容量のカウントダウン

 今まで適当にこなしていた仕事にも俄然やる気になった。

 家に帰れば誰かが待ってくれている。


 ただこれだけのことなのに、それが何よりも大きかった。最近では、日が出ているうちに帰宅の途に着くことも多い。


「最近早いな、たまには飲みに行こうぜ」


 隣の席に座る同僚に言われるが断る。


「ごめん、ちょっと用事があって」

「女か?」


 断言できず言い淀む。女ではある。そして彼女はただ充電してるだけで特別な関係ということではない。


「隅に置けないな。今度紹介しろよ」


 アンドロイドを紹介すると面倒なことになりそうだ。人間には相手にされないからアンドロイドに逃げたとか陰口を叩かれるだろう。


 僕は純粋に彼女に惹かれている。だが社会はそうは見てくれないだろう。


 帰宅途中、前は必ず立ち寄っていたコンビニは横目でみるだけで通り過ぎる。


 自宅では鍵を使わずにインターフォンを鳴らす。

 すると扉が開き、まるで桜の花が咲いたかのような笑顔がそこに待っていた。


「おかえりなさい、キョウイチさん」


 彼女はエプロン姿で玄関先で出迎えてくれる。


「ただいま、サクラさん」


 このやり取りが楽しみだった。

 食事も彼女が手料理を毎日ふるまってくれている。

 もちろん家事がないときは祖父の部屋で一人充電している。


「残量はどれくらいですか?」


 当然充電すれば数値が増えるが、彼女は家事をしており、消耗もある。

 少しずつ残量が積み重なっていく日々が続いた。

 今まで生きてきて初めて楽しいと思えた。


 それから三年が経過した。


 電気の残量は、29万超。

 残りは1万弱。つまりは800時間。33日ほどだ。

 二人とも数値を意識的に話題にしなくなった。終わりを意識してしまうから。


 充電が終わった後も残ってくれないか。

 僕はそればかりを考えるようになっていたが、なかなかそのことを言い出せずにいていた。


 アンドロイドと結婚した人もいると聞いた。

 指輪を買おうか、会社帰りに高級ブランドの入り口で小一時間も右往左往したが、結局何も買わずに帰宅した。

 我ながらヘタレだ。と苦笑する。


 それから三週間が過ぎたころ、それが起きた。


「ただいま」


 いつも笑顔で出迎えてくれる彼女の姿がない。

 猛烈に不安が襲い掛かる。

 鞄を投げ捨てると僕は叫びながら、家中を探しまわった。


「サクラさん!」


 彼女がキッチンで倒れているのを見つける。料理途中だったのだろう、包丁と切られた野菜が床に転がっていた。


 咄嗟に抱き上げようとするが、びくともしない。

 職業柄理解している。アンドロイドは人間より遥かに重いのだ。人間ではビクともしない重量だ。なんとか彼女の腕を動かし、手の平を確認する。


「Err!?」


 異常事態だ。

 苦労しながら僕は彼女の服を脱がし、何度か触れている背中に触れた。


 熱!

 思わず手を離してしまう。異常な温度を放っている。

 彼女の体内でまずいことが起きてることは間違いない。

 きめ細かい肌のテクスチャがあり、それを慎重に触れていく。


 ここだ。

 特殊な極小の螺子を取り外した。

 いくつもの工程を経て、彼女の内部が露になる。

 焦げ臭いにおいが立ち込める。


「……冗談だろ」


 彼女の内部は、レガシーなパーツで満載だった。

 ATX、RAM、CPU、SSD。


「パソコンのパーツ……」


 そう彼女は五十年前のPCパーツで作られていたのだった。

 いや、今はそれどころじゃない。問題の箇所を探さないと。

 その問題個所はすぐに見つかった。


 バッテリーだ。

 バッテリーが破損し、膨張したことで発熱している。


 過剰に熱を持ってしまった結果周囲の機器を破損してしまったのだ。

 修理はできない。

 交換するだけなら可能だが……今時こんな古いパーツあるのか?


 苦悶の表情を浮かべる彼女の手を軽く握りしめると電源を切った。


 祖父の機材をひっくり返し、交換できそうなパーツを集めてくる。同じ型のものはないが近いものはある。


 様々なパーツや購入した最新のパーツを試行錯誤する。

 僕はこのとき、致命的なミスをしていた。



 SSDが破損していることに気づいていなかったのだ。

 SSDは、見た目上問題なかったので、見逃してしまっていたのだ。


 SSDとは記憶装置だ。


 彼女を構成するパーツを一通り揃えて換装させた後、起動させようとして、正しく動作していないことに気づいた。


 強制終了させ、再度、彼女の体の中を調べ、SSDの破損に気づいた。


「まさか」


 交換は当然可能だ。


 だが。


 変えてしまえば、彼女は記憶を失う。

 通常アンドロイドは、記憶とは別にOSを保管している。彼女もそういう作りかどうかは確信が持てないが、その可能性は高い。


 僕は大したエンジニアではない。見落とししている可能性も否定できなかった。他に手も思いつかない。


 今になって、仕事をきちんとしていなかったツケが回ってくるなんて。


 SSDを自動修復をさせて蘇るのを期待するか、それとも交換してしまうか。


 悩む。

 ただ、経験上、自動修復も物理的な不具合には効果は期待できない。


 本音を言うと交換したくない。

 もしOSが退避されていたとしても、この三年間の記憶は失われるだろう。

 そうすれば、彼女が目覚めたとき、僕のことは他人でしか認識されないのだ。

 あの楽しかった思い出が共有されず、僕だけしか覚えていないなんて苦痛でしかない。


「サクラ……」


 僕は彼女の名を呼びながら彼女の頬に手を当てる。

 冷たい。電源が入っていないのだから当然だ。

 エラーになる前、体内の機器が破損し、苦しかったのか、彼女の顔は苦痛で歪んだままだ。


「苦しかったよね、いま、楽にしてあげるからね」


 そう呟くと、最後の部品であるSSDの交換を実施する。

 そして電源を入れると、無事正常に稼働した。

 彼女は目覚めない。


 だが、その顔は安らかなものに変わっていた。


「よかった」


 何日もぶっ通しで作業していたため、さすがに疲れた。会社からも何度も連絡がきているのに違いない。だが、そんなことどうでもいい。


 一旦休もうと彼女にブランケットをかけると、自分の部屋に戻る。


 翌朝、目が覚めると彼女はいなくなっていた。


 ゾッとした。呼吸を忘れるほど血眼で探すがいない。

 なぜだ。動けるはずなんてないのに。


「サクラ!」


 着の身着のまま外に出ると、人目も気にせず叫ぶ。

 いない。


「サクラ!」


 僕はそのまま走り回り、日が落ちるまで彼女を探していた。

 しかし、彼女の姿はどこにもなく、泣き崩れた。

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