第1話:全ての始まり


*予め設定集を読んだ上でお読みください。


――――――――――――――――――――


世界は、いつも残酷だ。

人類に、いや、「彼」にとって最善の選択肢など与えてはくれなかった。

それはあくまでも理想論に過ぎないから。

…それでも、「彼」は求めるのだろう。例え限りなく低くとも、その「希望」が一欠片でも存在する限り。


また、笑って暮らせる日が来ると信じて。それを心の支えにして今は足掻くしかないのだ。






―そう、全ては、あの日から。


――――――――――――――――――――


「ん、んぅ…」

「起きて!あなた以外もう起きてるんだから!

それにほら、千年祭の準備で忙しいのに…」


その言葉でエリオスは微睡から引き戻された。


「ふぁ…あ。おはよう、ナリア。」

「おはよ。相変わらず寝坊して…

ほら、寝癖凄いから直して来なさい。」


エリオスとナリアは双子の兄妹だ。今年で16歳になる二人は生まれた時からずっと一緒で、この世で最も気の許せる相手である。二人揃って同じくらいの身長に銀髪碧眼に乳白色の肌という見た目なので、女装又は男装すれば分からないかもしれない。


「あれ、父さんは?」

「あの人なら今積荷しにいってるわ。

二人とも、早いとこ朝ご飯食べて手伝うのよ。」


そう言ったのは二人の母であるペラだ。その言葉通り朝食を取った二人は、外に出て手伝いに行く…ふりをして駆け出した。二人の家は主に輸出の仕事をしているが、積荷くらいなら父一人でもどうにかなるだろうという信頼の証でもある。


ここは西の国ウェステルダムにある港町だ。そして、もうすぐ建国千年の祭りが開かれるということで普段より活気に満ちていた。


「もう!すぐ飛び出すんだから。まあ、手伝いなんかしたくないっていうのは同感だけど。で、どうするのよこれから」

「そりゃお前…いつものあそこだろ。」

「お前って何よ…。それは兎も角、いつものとこっていうのは賛成。そうと決まればさっさと行くわよ。」





二人の言う「いつもの場所」とは、街の北にある森を抜けた先の丘のことだ。街が一望できて、夕方になると綺麗な夕日が見える秘密の隠れ家的な場所だった。


「あれ、先客?」

「ってなんだアゼルか。驚かすなよ。」

「いや俺そんなつもりでここにいたんじゃ…」


そこにいたのは幼馴染のアゼルだ。赤髪で背は二人よりも少し高い。この場所を知っているのは双子兄妹とアゼルくらいのものだったので、特に驚きはなかったのだが。



「それよりお前ら、親父さん手伝わなくていいのか?」

「本当は手伝ったほうがいいんだろうけど、面倒臭いから逃げてきただけ。」

「そうか。まあ俺も似たようなもんだから人の事言えないんだけどな。」

「全く…昔からずっとこれなんだから。」

「ならナリアだけ手伝いに行けばいいじゃん」

「エリオスをほったらかしにすると何するかわかんないでしょ!」

「うぐっ。」

「ほんと、のんきなんだから。」


この三人は昔からずっとこんな感じだった。

手伝いに関しては母のペラももう慣れたもので、怒ってもどうせ変わらないだろうと諦めているので咎められることもまずなかった。


「まあ、でも特にここにいてもやることもないしね。

私先に帰ってるから、二人も早いとこ帰ってきなさい。」

「…母さんみたいなこと言うね。」

「う、うっさい!」


それだけ言うとナリアは先に家に帰ってしまった。

残された男子二人も、ここに居てもどうにもならないと歩き出す。今日は快晴だ。


「なあエリオス、最近体鍛えたりしてるか?」

「いや、僕は学院を卒業してからは全然やってないなあ。多分ナリアも一緒だと思う。」

「そうか。でも偶には動かしとかないとな。俺達、まだ伸び盛りなんだから。」


「まあね。でも学院で習った『アーツ』とかどこで使うんだろうね?人に使ったら普通に犯罪だって習ったし。」

「うーん。俺もそれ謎なんだよな。周りの大人達に聞いても『そういう伝統だから』って言われるだけだからな…」

「伝統かあ。確かにイーリスなんかなら農業国らしいし伐採とかには便利なのかなとは思うけど。」


そう言いながら歩いていると、家からナリアが飛び出してきた。何故かとても焦っているような、興奮しているような表情をしている。


「な、なんでそんな焦ってんの?母さんになんか言われた?」

「そんなんじゃない私よ二人とも!家の地下にあるあの不思議な『扉』が開いてるかもしれないのよ!」

「えっ、本当に?それ発表したら研究者達が殺到するんじゃ」

「変な宗教連中も来るかもしれないけどな。あいつら、『扉』の中には神の国があるとか言ってるらしいし。」

「とにかくこっち来て!」


手を引かれるがままに家の地下室へと入っていく。

「扉」そのものは存在数こそ少ないが極めて珍しいと言えるものでもなく、実際二人の家であるアルティーナ家のものもそこに建物が建ってから発見されたものだった。


「おいおい、マジで空いてんのかよ…」

「だから言ったのに…ねえ、これ公表したらアゼルも言ってた通り大騒ぎになると思うの。だったら先に私たちで中調査するっていうのはとう?」

「…いいの?まあ確かに一度調査が始まったらもう中には入れないと思うし、何より興味はあるけど…」

「エリオスなら絶対そう言うと思った!」


「俺はどっちでもいいぜ。ただ、こうなった時のナリアは行動に移すまで止められねえからなあ…」

「それは僕が一番理解してるよ。じゃあ取り敢えず入ってみようか。」

「…うん。ありがと、二人とも。」


そう言うナリアは、少し手が震えていた。それどころか、心なしか何かを恐れているようにも思えた。


「ナリア?」

「…なんでもない。さあ、いこう!」






扉を抜けると、その先は異質な空間だった。

木々が生い茂り、朽ち果てた石垣が見られた。

その先に見える所々金銀が混じった建物。

そう、そこはまるで


「神殿…?」

「おお、中はこんなことになってたのか。なんていうか、全体的に神々しいような気がするなぁ…」

「じ、じゃあここは本当に神の国なの…?」


と、その時だった。


「誰が神じゃい!ここはそんなところじゃないわい!」


「「「うわっ!?」」」



そこにいたのは人間の腰ほどの大きさをした、人と呼んでいいのかわからない謎の生物だった。


「なんじゃ、揃いも揃って似たような反応をしおって…わしはこの空間の番人じゃ。ほれほれ、そんなに驚かんでもいいじゃろ。」


「…なあエリオス、ナリア。俺は幻覚でも見てるのか?」

「いや、これは現実だよ。多分…

兎に角話を聞いてみるしか無さそうだけど。」

「そうよ。敵意はないみたいだし」


「ふむ、すこしは落ち着いたようじゃな。では端的に言おう。お前さん達は『選ばれた』のじゃ。」

「選ばれた…?」

「そうじゃ。この空間に入れる時点でそれは確かじゃよ。ここは選ばれた者しか入れんからの。」

「じ、じゃあ爺さん。俺達は特別な存在だとか言うつもりなのか?」


しかし、アデルのその問いに番人はこう答える。


「いいや。君達は特別でもなんでもない、ただの一般人じゃよ。ただ、『選ばれた』というだけにすぎん。」

「………」



番人はそう言うと、少し間を置いてから話し始めた。


「君達にはやってもらうことがある。まずはこの建物の中に入り探索してみるがよい。そうすれば自ずと見えてくるじゃろう。」

「…わかったよ。番人さん。取り敢えずそうしてみる。」

「ん。私も気になるしね。」


初めは乗り気ではなかったアゼルも、双子にそう言われては仕方ないと諦めざるを得ない。そうして建物に入っていく三人の後姿を見て番人はこうひとりどちた。



(どうか数奇な運命を背負った彼らに星の導きのあらんことを…)

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