第12話 ついに……!

 この日の高台には、緊張感が張り詰めていた。

 

 打席はクロード。

 現在カウントは2-2。


 この2つのボールは決して『捨て玉』なんかじゃない。

 コーナーを攻めた結果、ライムの手も思わず上がりかけた、惜しくも外れてしまったナイスボール。

 だが、それほどまでに慎重に投球を組み立てる太地とアベルのバッテリー。今日のクロードは気迫が違う。

 

 一球前は、あわや三塁線を破るかという強烈な当たりだった。

 惜しくもファールとなってしまったが。


(太地さん! 自信を持っていきましょう!)


 アベルが心の中でそう叫びながら、恐れずに内角にミットを構える。

 要求する球種はツーシーム。

 ストレートに近い球速で放たれたボールが、バッターの手元付近で小さな変化をし、バッターを空振り、もしくは詰まらせる。太地がもっとも得意とする、えげつない球種だ。


 太地は迷うことなくアベルが欲した球を、全力で投げ込んだ。

 クロードも鋭い振りで食らいつく。差し込まれながらも、太地のボールにアジャストした。


「———いっけぇぇぇぇぇ!」


 クロードが吠えた。

 気迫で優ったクロードのスイング。太地のボールが打ち返される。だが打球に勢いはない。フラフラっと太地の元へと飛んでいく。


「た、太地さん! 取ってください! 取ればアウトです!」


 アベルがキャッチャーマスクを投げ捨てて、マウンドに向かって叫んだ。

 だが、太地はその場を一歩も動くことなく。


 ……ポテン。


 太地の隣にボールが落ちると、コロコロっと転がってボールが外野へと向かって遠ざかっていく。


「な、なんで……太地さん。……どうして取らなかったんですか……!」


 アベルが膝をつき、地面を叩いて悔しがる。

 その一方で。

 クロードとセシリオは手を取り合って喜んでいた。

 

「やった! やったぞおおお! とうとう打ち返したぞぉぉ!」

「こんな日が来るなんて、夢みたい……」


 太地はマウンドを降り、ゆっくりと歩いてきた。

 そしてアベルの肩に手を置いて。


「お前のリードは完璧だった。なにも気に病むことはないさ。ここは打ち返したクロードを褒めてやろう」

「……た、太地さん……」

「だが! 一本打ったくらいで自惚れるなよっ! 明日からさらに厳しい特訓を開始するぞ!」

「「「「おおー!」」」」

「……って、ちょっと待てえええええぇぇぇぇえええ!」


 ライムが我に返って絶叫した。


「……なんだライム。お前、空気読めないイタい子か!? 今、いい雰囲気なんだから、それをぶち壊すなよ」

「いやっ! 私もつい『おおー!』って言っちゃったけどさ! みんな思い出してよぉ! 打ち返したらどうするんだっけ?」

「「「……あ」」」


 クロードたちも、当初の目的を思い出した。


「そうだった! 太地さん! これで魔王討伐に協力してくれるんですよね?」

「……ちっ。まだ覚えてたか」


 そんな憎まれ口を叩く太地にセシリオが。


「でも太地さん。ボールをわざと取らなかったじゃないですか。本当は私たちに協力してもいいって気に、なったんじゃないですか?」

「ば、バカ! セシリオ、お前! そ、そんなことないぞ! 俺は野球がしたいだけだ! だが……ま、まあ……お前らの頑張りも相当なものだったからな。少しくらいなら協力してやることもって……みなまで言わせるなっ!」


 慌てふためく太地に、セシリオを始め全員から笑みが溢れた。

 だがこれで。

 魔王退治へと、ようやく向かうことができる。


「ま、とにかくだ。……お前ら、今までよく頑張ったな」


 少し照れながら、だけど素直になれない太地から、労いの言葉が掛けられる。

 そして唐突に。


「せいれーい! スコープぅぅぅうううううううう!」


 ライムが残念なポージングと共に、精霊スコープを発動した。


「み、皆さんの戦闘数値が爆上がりしてます! クロードさんとセシリオさんは攻撃力が! キャッチャーをしていたアベルさんに至っては、防御力が400オーバーです!」


 興奮気味にライムがそう叫ぶ。


「ま、まさか太地さん……。こうなることを見越して、俺たちに厳しい特訓を……」

「……お、おう。ま、まあな……」


 クロードへの返答もしどろもどろ。太地の目は、それはもうバシャバシャと泳ぎまくっていた。

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異世界で『二刀流』を極めたいけど勇者が色々痛すぎて! 〜モフちび精霊ライムは、今日も苦労をしています〜 蒼之海 @debu-mickey

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