第11話 強い絆

「スットライーク! バッターアウッッッ!」

「ちょ、ちょっと待ってライムちゃん! 今のはボール1/3外れてたよね!?」

「ノンノン。ギリギリ一杯入ってます」

「———く、くっそうぅぅ!」


 バットを握り締めたクロードが、顔一杯に悔しさをあらわにする。

 

 あれから二週間が過ぎ。

 すっかり太地色に染められたクロードたちは、今日も野球に明け暮れていた。

 

「セシリオ、頼んだぞ! 俺は明日のために素振り500……いや、1000回やってくる!」

「が、頑張ってみる!」


 二人とも自らマイバットを作ってしまうほどの徹底ぶりである。

 それはキャッチャー役をしているアベルにも同じことが言えるわけで。

 

 構えたところへ正確に、多彩な球種を投げ込んでくる太地。

 球種とコースを決めるのは、キャッチャーのアベルだ。そして太地は一度も首を横には振らない。

 アベルは太地をリードすることに喜びを覚えていた。

 

 セシリオがバッターボックスへと立つ。二週間前のセシリオとは、眼光が違う。やる気に満ち溢れていた。

 キャッチャーのアベルは嫌な胸騒ぎを感じつつ、外角低めにカーブを要求する。

 太地は小さく頷くと、要求通りの球を投じた。


 ボールは外から内側へと大きく曲がり落ちてくる。


 ———完璧だ。


 アベルがそう確信したときだった。捕球の軌道に突如、影が横切って。


 ———カシュ!


  セシリオのバットにボールがかすった。ボールは軌道を変えて、後ろへ大きく外れていく。


「あ、当たった……」


 セシリオが自分のバットを見つめ、興奮気味につぶやいた。


 そしてアベルの嫌な予感も、同時に当たってしまった。

 初日にこそ太地の球威に押されまくって、霧もみ回転で吹っ飛ばされたセシリオだが。

 今ではバットを短く持って、コンパクトなスイングを心がけている。

 それに加えて自主トレの素振りの効果が出始めたのか、日に日にバットとボールの距離も近づいて、タイミングも合ってきたなと、アベルは感じていたのだ。


 ライムから予備のボールをもらい、太地へと投げ返す。

 

 アベルは考えた。

 ここは絶対に抑えたい。何がなんでもだ。


 アベルは少し迷った末に、サインでストレートを要求すると。

 外角のさらに外、ストライクゾーンから外した位置にミットを構えた。


(外角に一球ストレートを見せて、次に真ん中から落とせば、必ず空振りするはずだ……!)


 アベルがそんなことを考えてると。


「ターーーイム!」


 太地からタイムがかけられた。マウンドから手招きをしてアベルを呼んでいる。

 アベルは小走りにマウンドへと駆けてくと。


「———-ごっふぉおおぉぉぉおおおおおォォォ!」


 いきなり太地にグーで殴られた。


「……アベルよ。お前は今、自分が何をしたのかわかっているのか?」

「……え? い、一球外す『捨て玉』のサインを出しただけですが……」

「———馬鹿野郎ぉぉぉぉ!」


 倒れたアベルの胸ぐらを、太地が力一杯絞り上げる。


「よく聞け、アベルよ。……ピッチャーの肩はな、いわば消耗品だ。いずれ投げられなくなるときがくる……この俺にだってな。お前はそれでもなお、俺の目を見ながら『捨て玉』なんて言えるのかぁぁあああ!」


 肩を壊して夢を見失った太地だからこそ、言える言葉なのかもしれないが。

 いきなりグーパンはどうかと思う。


「た、太地さぁぁぁぁんっ! 俺が……俺が間違っていましたよぉぉぉ!」


 だが、アベルは深く深く感動していた。


「俺を活かすも殺すも、お前キャッチャー次第なんだ。……それを忘れないでくれ」

「は、はいっ……!」


 今、二人の心が結ばれた。

 信頼という固い絆が生まれたバッテリー。

 そんな二人を相手にして、セシリオがどうこうするなんて、できるわけもなく。


 この日最速となるストレートで、セシリオを空振り三振に仕留めたのだった。

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