第10話 初打席

「さあ! 最初は誰が相手だ!?」

「よ、よし! まずは俺から行こう」


 土を小さく盛られたマウンドから叫ぶ太地に向かい、まずは三人のまとめ役、意外と世話焼きで優しいクロードが打席に立った。


「ほう……いきなりお前か。相手にとって不足はない。俺の魂がこもったストレートを、打てるもんなら打ってみやがれぃ!」


 太地はゆっくりとワインドアップ。そして投球モーションを進めていく。体幹と柔軟性を兼ねた体は、左足を高々と上げても少しもバランスを崩さない。


「喰らえぃぃぃぃぃいい!」


 まさにボールを投げるその瞬間、胸を突き出した太地が吠える。

 遅れて続く右腕が、ムチのようにしなって振り下ろされた。


 ———ズバドゴオォォォォォンン!


「…………は?」

「す、ストライーク!」


 ライムが右手を上げてコールする。


「ちょ、ちょっと待って。……なに今の? まったく見えなかったんだけど……二人には見えているのかい?」

「はい」

「……なんとか」


 主審アンパイアのライムとキャッチャーのアベルが、ほぼ同時に返答すた。


「……あんな球をこの棒で打てだとか……絶対無理だから!」

「ほら! クロード! 早く用意をしろ! 次いくぞ、次!」


 アベルから投げ返されたボールを受け取った太地が、早くも二球目のモーションに入る。慌ててバットを構えるクロード。

 今度はしっかりとボールを見よう、そう心に誓ったのだが。


 ———バギャスゴオォォォォォンン!


 ……まったく見えませんでした。

 ライムのストライクのコールが虚しく響く。


「おいおい、どうしたクロード。この中では一番ヤレると思っていたお前が、このザマか」


 まあ、当たり前の結果である。

 野球をやったことがない人間が、160kmを超える太地の豪速球をまともに捉えられるわけがない。

 三球目はやけくそ気味に打ちにいったものの、バットは大きく振り遅れて空を切る。


「ストラック! バッターアウッ!」


 ライムはコールと共に横を向き、両手を前に突き出した状態から、キレのある動きで右手を胸に引き寄せた。

 

(ふっ……ライムめ。どこでそんな技を。アンパイヤとしての才能もあるじゃないか、アイツ)


 太地がそんなことを考えてる中、クロードはバットを引きずるようにして、地面に描かれた小さな円の中にいるセシリオの元へと歩いていく。

 セシリオは自慢の美白肌が三割増し。顔面蒼白になっていた。


「あ、あんなの打てっこないわ……」

「まったくだ……だが打てないと、彼は俺たちに協力してくれない。……いいかいセシリオ。ボールを見てたら、間違いなく振り遅れる。太地さんが投げた瞬間に、バットを振るんだ。ボールが運よく当たってくれることに賭けてみよう」

「え、ええ……わ、わかったわ……」


 クロードからアドバイスを受け、バッターボックスへと向かったセシリオだったが、あっという間に2ストライク。

 何度も言うようだが、素人が太地の球を打つのはほぼ無理ゲーだ。


 太地が三球目を投じ、セシリオがそれと同時に「やぁぁぁ!」となんとも可愛らしい声を出しながらバットを振る。


 まさかの奇跡が起こった。


 セシリオがやみくも振ったバットに、ボールが当たったのだ。

 セシリオはプリーストだ。これが神の加護ってやつなのかもしれない。


 バットの芯を捉えたボールはそのまま空の彼方へ飛んでいく。

 ……はずがなかった。


 太地の凄まじい球威に押され、ボールはアベルが構えるミットへと吸い込まれる。

 そしてセシリオは。


 「ぎゃあアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁ!?」


 華麗にきりもみ回転をしながら、空高く舞い上がった。

 

 どしゃりと音を立ててセシリオが落下する。


「ば、バッターアウッ! ……って、大丈夫ですか……?」


 土埃にまみれたセシリオに、ライムが心配そうに声をかける。

 服は汚れ、ところどころに擦り傷もあるけど、大した傷はなさそうだ。

 これも神の加護ってやつなのかもしれない。


「ほほぅ。初打席で俺の球に当てるとは、大したヤツだ。見直したぞ」


 いつの間にかマウンドを降りてきた太地が、倒れたセシリオを見下ろしていた。

 陽光を背にしながら、外見だけは男前の太地が優しく手を差し出している。


「た、太地さん……」


 その手を掴もうと、頬を赤らめたセシリオも手を差し出すと。


 太地がその手にバットを握らせてきた。


「だが! そんなスイングでは、俺の球は100年かかっても打ち返せはせんっ! お前ら! 今から素振り500回だ!」

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