第20話 「おじいちゃま、隣いい?」

 〇高原夏希


「おじいちゃま、隣いい?」


 広縁でボンヤリと考え事をしていると、咲華がお茶を持って隣に座った。


「もちろん。ああ…ありがとう。」



 昨日まで、さくらとのレコーディングがあったり、F'sとSHE'S-HE'Sのコラボ作品の様子を見たりで、結局毎日事務所に出てしまっていた。


 周りから『休め』と言われるまでもなく、今日は休みを取った。

 本当はもっと音楽に触れていたいと思うが…

 ここでの時間も大切だ。



「風が冷たくない?」


「今日は暖かい。」


「そう?」


「リズと和は?」


「仲良くお昼寝中よ。」


 咲華の視線を辿ると、中の間で大の字になっているリズと、空色の布団が見えた。



「…写真?」


 俺が傍らに置いていたアルバムが気になったのか。


「見てもいい?」


 咲華は遠慮がちに、だが、興味津々な目で言った。

 なぜなら、これは…誰にも見せていない物。


「…まあ、いいだろう。その代わり…」


 俺は少し声を潜めて。


「可愛い曾孫の成長記録、楽しみにしてるからな?」


 アルバムを差し出しながら言った。


「あっ、そんなのでいいの~?お安い御用よ。」


 咲華は俺の申し出にそう言って、嬉しそうな顔でアルバムを受け取ると。


「豪華なカバー…ドキドキしちゃう♡」


 笑顔でそれを開いた。


「…えっ…?」


 そのアルバムの最初のページを開いた咲華は、小さな声を上げて俺を見る。

 …そりゃそうか…


 このアルバムは…




「森崎…いや、桐生院さくらさん。俺と結婚して下さい。」


 三年前のBEAT-LAND Live alive


 その言葉に一瞬ポカンと口を開けたさくらは、右手でそれを押さえてポロポロと涙を流し始めた。


 あえて…『桐生院』と呼んだのは、貴司と母親との約束を果たす決意もあった。


 貴司と母親との約束…

 それは、自分の死後、さくらと結ばれて欲しいというものだった。


 聞き入れられるわけがない。

 俺とさくらはとっくに終わっている。


 それに…

 最初こそ、何の恨みがあって俺にこんな仕打ちを…と思っていた二人は、いつの間にか俺にとって、友人と母親のような存在になっていた。

 だからこそ、さくらへの気持ちは封印したと言ってもいい。


 そんな二人の、命を懸けた頼みでも。

 俺は聞き入れるわけにはいかなかった。


 なぜなら…


 貴司が余命を宣言されて入院した頃。

 俺はすでに病魔に侵されて、声帯を失う診断をされていたからだ。


 …思い返してもバカだったとしか言いようがない。

 しかし、声を失くすという事は、俺にとって死を意味する。

 そう信じて疑わなかったのは事実。


 病気を宣告された時は、これですべてを失ったと思った。

 大事な家族も、仲間も、ビートランドの事も…すべて…自分の中から消え去っていた。

 …なんてつまらない…小さな男だ。



 そんな俺が、ステージに立ったさくらからの申し入れに応える事になったのは…


「…12月8日。あたしは…久しぶりに会うなっちゃんに、これを渡して言うはずだったの。なっちゃん。あたしと結婚して。って。」


 予想だにしなかった、失った時間の真相。


 差し出されたのは、さくらが用意したという…指輪。

 俺にしてみれば、運命の歯車が狂ってしまったと言ってもいい、あのジュエリーショップ。

 だが、さくらはそこでその指輪に一目惚れしたと言う。


 それは二つを重ねることで、二人の名前が現れる指輪。


「なっちゃんの事は、あたしが守るから。あたしは本気よ。」


 二人の名前が刻まれた指輪。

 さくらの強い目と、なぜか…何もかも知っているかのような言葉に…

 俺は、自分の心を縛り付けていた鎖を切った。


 だが、その途端に…貴司と母親への罪悪感が湧いた。

 いくらそれを二人が望んでいたとしても、だ。


 しかしそれから数日後。

 ビートランドの会長室に、ある届け物があった。




 〇桐生院さくら


 BEAT-LAND Live aliveが終わって三日。

 ステージ上で派手にプロポーズをしたあたしは、あのシーンを思い出すたびに恥ずかしくなる半面…喉の病気を患ってるなっちゃんを支える覚悟を持って、家族や事務所の人たちと色んな打ち合わせを重ねた。


 そんな中、なっちゃんから…


『さくら、今すぐ会長室に来てくれ』


 突然の呼び出し。


 何か変わったことでも…って急いで会長室に来ると。


「…さっき、これが届いた。」


 なっちゃんが、あたしにそれを手渡した。


「…何?」


 手にした感じは、上質な革で作られた…アルバム…?



 首を傾げながら表紙を開くと…


「…え…っ?」


 薄葉紙に、NATSUKI&SAKURAの文字…


 驚いてなっちゃんを見上げると。


「…残念ながら、俺が作ったものじゃない。」


 なっちゃんは伏し目がちに言った。


「え?じゃあ…誰が?」


「…これを…」


「……」


 宛名も差出人も書いてない封筒を渡されて、いいの?と声に出さずに問いかける。

 それになっちゃんも声を出さずに頷いた。


 アルバムをテーブルに置いて、ゆっくりとソファーに座る。

 何となくだけど…姿勢を正して読まなくちゃって思った。


 だって…

 なっちゃん…

 寂しそうな顔してる…。



 小さく深呼吸をして、便箋を取り出して開いた。



 高原さんへ


「!!」


 この文字…

 貴司さんだ…!!


 視線だけをなっちゃんに向けると、彼はあたしに背を向けて…お茶を入れてくれてるようだった。



 高原さんへ


 あなたへの、最初で最後の手紙です。


 私はあなたに「さくらを頼みます」「さくらと一緒になってください」と執拗なほどに言って困らせましたね。

 嫌われてしまったかもしれません。

 それでもあなたは最期まで、私のそばにいてくれる事でしょう。

 そして、私の最期まで、その願い事は聞き入れてくれなかったと思います。


 あなたは馬鹿正直に、自分に厳しい方だ。

 自分の幸せのためなら、人を脅すことをもしてしまう私とは正反対。

 そんな私と、友人関係を築いてくれた事…心から感謝しています。



 さくらとは結ばれない。

 その呪縛は、私が掛けてしまったような物。

 それなのに…今は誰よりも強く願わずにはいられません。

 あなたとさくらが結ばれる事を。


 きっと、高原さんのこれからの人生は短い。

 だとすると、私が奪ってしまった時間が笑えるほど、濃厚な時を過ごしてほしい。


 まったく。

 私がそんなことを言えた義理ではありませんが。


 この手紙は、二人が結ばれたら…アルバムと共に届けて欲しいとある方にお願いしています。

 これを書いている今、どうかこの手紙があなたの元に届くようにと強く願っている私がいます。

 これは、母の願いでもあります。

 そして…私は二人の友人として、このアルバムを贈りたいと思っています。


 どうか、このアルバムを、二人がこれから歩む道の記録として残してください。

 それが私の…そこにはいない私達の、幸せです。


 私は死ぬまで、いや、死んでもなお、あなたを苦しめてしまっていますか?

 そうでない事を祈りつつ…筆を置きます。



 さくらへ


 君は、君の居るべき場所へ。



 桐生院貴司




 〇高原夏希


「……」


 最後に一文だけ、さくらへの言葉があった。

 それで…さくらにも手紙を読ませたが…


 …気付いただろうか。

 母親までもが死ぬ覚悟を持っていた事。


『それが私の…そこにはいない私の、幸せです。』


 そして、それは…貴司も知っていた事になる。


 …母親の死については、墓場まで持っていく覚悟だ。

 さくらが何かに気付いても、俺は口を閉ざす…



「…なっちゃん…」


 テーブルにお茶を置いて、さくらの向かい側に座る。


「ん?」


「…貴司さん…あんまりだよ…」


「え…?」


「だって!!」


 さくらは険しい顔で俺の隣に座ると、貴司からの手紙を目の前に突き付けて。


「あたしにはこれだけなんてー!!」


 その、一行の部分を指さした。


「……」


「みんなとは面接してたじゃない!?なっちゃんもしてたよね!!」


「め…面接…?」


「一人一人呼ばれてたじゃない!!あれ、あたしは雑用ばっかだったんだよ!?」


「……」


「こんな決心、あたしには何も言わないでさあ!?あたしの事、何だと思ってたのかなあ!?」


「……」


「なのに、最後の手紙まで一行だけって…!!もー!!何なのよー!!」


 今にも地団駄を踏んでしまいそうなさくらを、無言で見つめる。


「あたしはー…」


「……」


「あたし、は…」


 電池が切れていくかのように、さくらの声が小さくなっていく。

 俺はさくらの手から手紙を受け取って。


「…貴司は、幸せだったんだろうな。」


 その便箋の模様に触れた。


 白地に桜の花びらの模様。

 貴司は俺たちを『友人として』と書いているが、さくらはちゃんと妻として貴司のそばにいたと思う。

 そして、貴司もそれは分かっていたはずだ。

 だからこそ…自分亡き後のさくらを…



「…色々葛藤はあるが…」


「……」


「俺たちは…幸せにならないといけないな。」


 さくらの前髪をすくいあげながら、決意をこぼす。

 すると…


「…言ったね?」


 さくらは俺の手をガシッと掴んだかと思うと。


「さあ!!忙しくなるよ!?」


「え…えっ…?」


「まずはアメリカに行って検査!!」


 俺をキッと睨んで言った。



 〇桐生院さくら


「えーと、そういうわけで。あたし、お嫁に行っちゃいます!!」


 大部屋でそう言うと。


「いや…もう知ってるし…」


 全員があきれたような顔をした。


 う…

 そりゃあ…

 あんな大舞台でプロポーズしちゃったから…みんな知ってるだろうけどさあ…



「むむぅ…じゃ、他の報告もするね。」


 折りたたんでたボードを開いて置くと、なぜかそれには興味津々で。


「えっ…何それ。」


「今後のスケジュール♡」


「いや、こっちの事。」


 聖が眉間にしわを寄せて指さしたのは、イーゼル付きボード。折り畳み式。


「スケジュール見てよっ。」


「あ、ああ、うん。」


 ー義母さん、また何か作ってるぜー


 ーおばあちゃまって、ドラ〇もんのポケットみたいだよねー


 千里さんと華月の声が耳に届いたけど、今はスルー!!


「まず、なっちゃんの検査で渡米します。」


 ヒロが探してくれたお医者さんに、朝霧渉さんがコンタクト取ってくれて…

 すでになっちゃんのためのチームも組まれてるって聞いた。


 こんなの…なっちゃんにはプレッシャーでしかないかな…って思ったけど…


『俺たちは…幸せにならないといけないな。』


 昨日、事務所でそう言ったなっちゃん。


 その気になってる時に動かなきゃ!!って。

 あたしはすぐにあちこちに連絡した。


 …まあ?わかるよ。

 色々葛藤がある事も、複雑に考えてしまいたくなる環境も。

 当然だよ。


 だけど。

 だけど、なっちゃんもあたしも、もう老人なんだから!!(認めたくないけどさ)


 貴司さんも書いてた通り、残りの時間は少ない。

 だから、濃い時を過ごさなきゃ。

 そのためには…


 健康である事!!


「それから、しばらくは新婚気分でいたいから、なっちゃんのマンションで暮らします。」


 本当はねー…こっちでみんなと暮らしたいんだけど…

 幸せになる=桐生院で暮らす。は、なっちゃんの中で受け入れられないんだろうな…

 あたしも抵抗はゼロじゃないけど…


 何度も言うけど。

 あたし達、年齢的には老人だから。


 老人じゃなくても、誰にも明日は分からない。

 悶々としてる間にも、あり得ないと思ってた何かが起きてしまって。

『あの時こうしておけば…』なんて後悔、普通にあるんだよ…きっと。


 だから、あたしは…決めた。


 なっちゃんが後悔しないよう、なっちゃんの決意に寄り添うって。





 ☆Live aliveのラストは39th

 あれこれ混ざってる難解なお話ですが、Live aliveは30th辺りからちょくちょく登場してます

 お時間あれば回想の手助けにチラリとでも♡

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 更新が遅くてすみませんm(_ _)m

 いつも読んでくださる皆様、ありがとうございます!!

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いつか出逢ったあなた 54th ヒカリ @gogohikari

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