第19話 『よし。OKだ』
〇桐生院知花
『よし。OKだ』
その声を聴いて、あたしはヘッドフォンを外してスタジオを出る。
朝から集中して、一気に歌い切った。
「うわ~…里中さんに一発OK出されるなんて…快挙じゃない?」
「早く帰らなきゃいけないって任務があるからね。」
…そう!!
リズちゃんだけでもデレデレになってたのに、
だけど、とろけてばかりはいられない。
リズちゃんや
今までは、少なくとも二度は歌い直してたバラードも。
「…やれば出来るとこを見せつけたなあ…」
って!!里中さんに言わせた!!
「どうして今までこのモチベーションが働かなかったんだ…」
とも言われたけど…
「お先に失礼しまぁす♡」
あたしの会釈に、
…
半年後には特別機関での検査が始まるらしい。
ついで…のように、母さんが二階堂の特別顧問になった話も…聞いた。
今まで…漠然と、母さんは普通の人とは違うって思ってたけど。
その血にはあたしにも流れてて。
この、耳の良さとか…電子機器全般に強いところとか…
それが
今までは知らん顔してきたけど。
一番のんびり屋さんだと思ってたのにな…
誰かより秀でた何かはなくても、元気で幸せになってくれたらと思ってた。
だけど
…そこに居れば…
できれば危険な目に遭ってほしくないと思うのは当然。
「ばぁば~♡」
帰宅すると、裏庭にリズちゃんと
「おかえり、母さん。早かったね。」
「みんなに会いたいから頑張っちゃった♡」
「ふふっ。実はあたしも。」
確か今日は取材や撮影があったはず。
…やっぱり、一緒に居られる時間が少ないって知っちゃうと…ね。
今までの日常が、とてつもなく愛おしく感じられた。
うん…。
大事にしなきゃね。
「あ、
「え?二階?どうして?」
「大部屋、今からミーティングが始まるみたい。」
「はじあるよ~。」
「ミーティングって、何の?」
裏口で手を洗いながら、そう言われると何だかにぎやかな気がする大部屋に視線を向ける。
「えーと…」
「確か…『わたしたちもやっちゃうよ、冬の陣(仮)』だったかな…」
「…わたしたち…」
「行ってみたら?ちょっかい出したくなる面子だから(笑)」
「……」
仮のタイトルのネーミングはさておき、すでに気になってる。
冬の陣。
誰が何をしちゃうの!?
〇早乙女世貴子
「おかえりなさーい。」
大部屋に入って来た
「えっ、あっ…ただいま…です…」
ふふっ。
狼狽えてる狼狽えてる。
首謀者である
今日のメンバーは、
もうすぐ…
昨日の午後、
『冬の陣、あたし達も何かしたいと思わない?』
「えっ?あたし何も楽器できないけど…だからって歌も無理…」
『そんなのあたしだって』
「じゃあ何を…」
『SHE'S-HE'Sが顔出ししたわけだし、冬の陣も一般公開になるんじゃないかと思うと、もっとこう…幅広くって言うか…』
「…んん?」
『音楽に興味ない人から見ると、ビートランドってどうでもいいでしょ?その辺に知ってもらうためと言うか…それに、バンドする人も減ってるっていうし、こう…うーん…』
なんと…
ビートランドを盛り上げるために、あたし達にも何かできるんじゃないかって事を提案してきたのよ…!!
じーん。
「実現できるかどうかは分からないけど、その話、乗ったわ。」
『できるかどうか、なんて。やるのよ』
「うっ…強気ね…さすが…」
『じゃ、早速だけど…『世界的有名バンドの妻グループ』の別グループ作るわね。チョコちゃんとか
ふと、そんな事を思いながらも。
「あたしも、できる事は精一杯やるわ。
『ありがと。最初に
一人っ子のあたしは…センと結婚して以降、とてもたくさんの姉弟ができた気分になっている。
SHE'-S HE'Sは本当に仲良しバンドだし、それ以前にビートランド自体が家族だ。
それに…
「……」
二階堂の道場で働いていると、知りたくない情報を共有せざるを得ない時もある。
あたしがセンに隠し事をするのを避けるように、色々配慮されてるとは思うけど…それでも…
「何企んでるの~?って、その前に二階に行ってきます!!」
「こんなに早く帰って来るとはね…」
「孫パワー(笑)」
「間違いないわ。」
「ほんとそれ。」
「さ、こっちも話を進めましょ。さくらさんと
「場所交渉の件だけど…」
なんて言うか…
この歳になっても、文化祭のような気分が味わえるなんて。
素敵だな…ビートランドの家族。
…あたしは、あたしのできる事を。
〇浅香 音
「……」
桐生院家の門の前で、少しだけ背筋を伸ばす。
夕べ、
『ビートランドの冬の陣でね、あたし達も何かしないかって』
『こんな学園祭みたいなノリ、絶対楽しいって!!集まろうよ!!』
「…いや、この面子…あたし、いいのかな。」
あらかじめもらってたメンバーの名前は、知ってる人ばかりではあったけど…
『え?どうして?』
「だってー…」
『ああ、
「まあ…そうなんだけど…」
あたしはー…親同士が決めた許嫁だった
いまだに、あたしには理解できない『抽象画』の画家である
…ううん。
そうだったよ。
あたし、大好きだったもの。
あの、雰囲気だけは優勝みたいな男。
そうそう居ない。
あたしが離婚を切り出した時、
…だよね。
だって、二人目の娘が生まれたばかり。
険悪な夫婦関係じゃなかったし、むしろ安定してたとも思うし。
「
それはー…許嫁の約束が生きてる。って盛り上がった当時に知ったこと。
だけど、それが原因じゃない。
そうじゃないけど、そのせいにしたかった。
だって…そうじゃなきゃ…あたしの『別れたい理由』なんて…くだらなすぎて…
あたしの言葉を聞いた
「…俺、全然
小さくつぶやいた後。
「…いや…そう思われても仕方ないか…」
大きく溜息を吐いた。
「…ずっと…我慢してくれてたんだな…
「…え?」
「俺はスランプに陥ると一人になりたがる。その上…作品制作に入っても同じ。その間、音はずっと一人で家を守って…子育てだって…」
「……」
確かに…
だからあたしはいつも一人…
全然、何も苦痛じゃなかった。
だけど。
すんなり離婚するために、
それに、身勝手だって分かってるけど…
ずっと一番じゃなかったのは…やっぱりプライドが許さない。
…なんて。
ともあれ。
離婚はスムーズだった。
昨日も、
なんだかよく分からないけど…猛烈にキャンバスに色を飛ばしてた。(あたしには、そういう風にしか見えなかった)
まあ…あんなにやる気になってるのは久しぶりだし、いいんだけど。
両家の親は落ち込んだけど、
『どうぞー』
インターホンから声がして、潜り戸が開いた。
その壮大なスケールに、一気に余計な事が頭から離れて…なんだか勝手に桐生院家に感謝してしまう。
「おーちゃん。」
呼ばれて顔を上げると、
「久しぶり。元気だった?」
ああ…
あたし、お義母さんの事大好きだったなあ…
なのに…
心の中で謝りながら、あたしは笑顔を見せる。
「元気です。お義母さんは…まあ、元気ですよね。」
「もうっ、どういう意味?」
「鍛え上げてるから。」
「まあ、そうだけど。」
「おーちゃん、
「実家で父さんとアズさんがベッタリ。」
「わー…F'sのイクメン達(笑)」
「今度、早乙女家にもお願いしていいですか?」
「もちろんよ。」
…
あたしは自分で思うより、ずっとずっと子供だわ。
だから、こんなやり方でしか…
ごめんね。
だけど…
昨日の、絵具を飛ばしてる
いつか出逢ったあなた 54th ヒカリ @gogohikari
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