第19話 『よし。OKだ』

 〇桐生院知花


『よし。OKだ』


 その声を聴いて、あたしはヘッドフォンを外してスタジオを出る。

 朝から集中して、一気に歌い切った。



「うわ~…里中さんに一発OK出されるなんて…快挙じゃない?」


 聖子せいこにそう言われて、あたしはつい…少し胸を張って威張ってみせる。


「早く帰らなきゃいけないって任務があるからね。」


 …そう!!

 咲華さくかうみさんに子供が生まれて…あたしの鼻の下は毎日伸びっぱなし。

 リズちゃんだけでもデレデレになってたのに、かずが加わったことで…桐生院きりゅういん家はみんなとろけそうな顔になってしまってる。


 だけど、とろけてばかりはいられない。

 リズちゃんやかずに会うには、自分の仕事をこなさなくちゃならないんだもの。


 今までは、少なくとも二度は歌い直してたバラードも。


「…やれば出来るとこを見せつけたなあ…」


 って!!里中さんに言わせた!!


「どうして今までこのモチベーションが働かなかったんだ…」


 とも言われたけど…


「お先に失礼しまぁす♡」


 あたしの会釈に、りくちゃんとセンが目を細めながら手を振った。



 …かずといられる時間が少ない事を、昨日咲華さくかと海さんに打ち明けられた。

 半年後には特別機関での検査が始まるらしい。

 ついで…のように、母さんが二階堂の特別顧問になった話も…聞いた。


 今まで…漠然と、母さんは普通の人とは違うって思ってたけど。

 その血にはあたしにも流れてて。

 この、耳の良さとか…電子機器全般に強いところとか…

 それが華音かのん咲華さくか華月かづきに遺伝してないとも限らない。


 今までは知らん顔してきたけど。

 華音かのんの地獄耳以外で言うと…

 咲華さくかは、何かを察知する能力に長けてる気がする。

 一番のんびり屋さんだと思ってたのにな…


 誰かより秀でた何かはなくても、元気で幸せになってくれたらと思ってた。

 だけど咲華さくかが選んだ人は、奇しくも母さんが関係していた組織。

 …そこに居れば…咲華さくかの中で育ってなかった何かが開花したって、おかしくない。

 できれば危険な目に遭ってほしくないと思うのは当然。

 千里ちさとも散々口にしたけど…


 咲華さくかの想いの強さに、黙るしかなかった。



「ばぁば~♡」


 帰宅すると、裏庭にリズちゃんと華月かづきがいた。


「おかえり、母さん。早かったね。」


「みんなに会いたいから頑張っちゃった♡」


「ふふっ。実はあたしも。」


 詩生しおちゃんとユニットを組んで歌ってる華月かづき

 確か今日は取材や撮影があったはず。

 …やっぱり、一緒に居られる時間が少ないって知っちゃうと…ね。

 今までの日常が、とてつもなく愛おしく感じられた。


 うん…。

 大事にしなきゃね。



「あ、かずは二階で寝てるわよ。」


「え?二階?どうして?」


「大部屋、今からミーティングが始まるみたい。」


「はじあるよ~。」


「ミーティングって、何の?」


 裏口で手を洗いながら、そう言われると何だかにぎやかな気がする大部屋に視線を向ける。


「えーと…」


 華月かづきは何かを思い出すかのように空を見つめて。


「確か…『わたしたちもやっちゃうよ、冬の陣(仮)』だったかな…」


「…わたしたち…」


「行ってみたら?ちょっかい出したくなる面子だから(笑)」


「……」


 仮のタイトルのネーミングはさておき、すでに気になってる。

 冬の陣。

 誰が何をしちゃうの!?




 〇早乙女世貴子


「おかえりなさーい。」


 大部屋に入って来た知花ちはなちゃんを、みんなで盛大に迎える。


「えっ、あっ…ただいま…です…」


 ふふっ。

 狼狽えてる狼狽えてる。

 首謀者であるうららちゃんは、顔には出してないけど満足してるはず。


 今日のメンバーは、うららちゃん、乃梨子のりこちゃん、瑠歌るかちゃん、鈴亜りあちゃん、朝子あさこちゃん、佳苗かなえちゃん、好美このみちゃん、千世子ちよこ

 もうすぐ…そのと別れたおとちゃんも来る。



 昨日の午後、うららちゃんから連絡があった。


『冬の陣、あたし達も何かしたいと思わない?』


「えっ?あたし何も楽器できないけど…だからって歌も無理…」


『そんなのあたしだって』


「じゃあ何を…」


『SHE'S-HE'Sが顔出ししたわけだし、冬の陣も一般公開になるんじゃないかと思うと、もっとこう…幅広くって言うか…』


「…んん?」


『音楽に興味ない人から見ると、ビートランドってどうでもいいでしょ?その辺に知ってもらうためと言うか…それに、バンドする人も減ってるっていうし、こう…うーん…』


 なんと…

 うららちゃんは…

 ビートランドを盛り上げるために、あたし達にも何かできるんじゃないかって事を提案してきたのよ…!!


 じーん。


「実現できるかどうかは分からないけど、その話、乗ったわ。」


『できるかどうか、なんて。やるのよ』


「うっ…強気ね…さすが…」


『じゃ、早速だけど…『世界的有名バンドの妻グループ』の別グループ作るわね。チョコちゃんとか朝子あさこちゃんにも声掛けてみようかなって』


 うららちゃん、こんなにリーダーシップ取るタイプだったかな。

 ふと、そんな事を思いながらも。

 高原たかはらさんの現状に、動きたくなる気持ちも分からなくはない。


「あたしも、できる事は精一杯やるわ。千世子ちよこにも連絡しておくわね。」


『ありがと。最初に世貴子よきこさんに話して良かった♡』


 一人っ子のあたしは…センと結婚して以降、とてもたくさんの姉弟ができた気分になっている。

 SHE'-S HE'Sは本当に仲良しバンドだし、それ以前にビートランド自体が家族だ。


 それに…


「……」


 二階堂の道場で働いていると、知りたくない情報を共有せざるを得ない時もある。

 あたしがセンに隠し事をするのを避けるように、色々配慮されてるとは思うけど…それでも…



「何企んでるの~?って、その前に二階に行ってきます!!」


 知花ちはなちゃんは一瞬座る素振りを見せた後、みんなに手を振りながら二階に向かった。


「こんなに早く帰って来るとはね…」


「孫パワー(笑)」


「間違いないわ。」


「ほんとそれ。」


 知花ちはなちゃんの残像に、みんなで笑う。



「さ、こっちも話を進めましょ。さくらさんと里中さとなかさんに企画書出して…」


「場所交渉の件だけど…」


 なんて言うか…

 この歳になっても、文化祭のような気分が味わえるなんて。

 素敵だな…ビートランドの家族。



 …あたしは、あたしのできる事を。



 〇浅香 音


「……」


 桐生院家の門の前で、少しだけ背筋を伸ばす。



 夕べ、佳苗かなえ好美このみから連絡があった。


『ビートランドの冬の陣でね、あたし達も何かしないかって』


『こんな学園祭みたいなノリ、絶対楽しいって!!集まろうよ!!』


「…いや、この面子…あたし、いいのかな。」


 あらかじめもらってたメンバーの名前は、知ってる人ばかりではあったけど…


『え?どうして?』


「だってー…」


『ああ、そのちゃんのお母さんがいるから?関係ないじゃん。おと、仲良かったし』


「まあ…そうなんだけど…」


 あたしはー…親同士が決めた許嫁だった早乙女さおとめ そのと結婚した。

 いまだに、あたしには理解できない『抽象画』の画家であるそのちゃんとは、何となく…からの大恋愛だった。と、自分では思ってた。


 …ううん。

 そうだったよ。

 あたし、大好きだったもの。

 あの、雰囲気だけは優勝みたいな男。

 そうそう居ない。



 あたしが離婚を切り出した時、そのちゃんは少しポカンとしたけど…静かな声で理由を聞いてきた。

 …だよね。

 だって、二人目の娘が生まれたばかり。

 険悪な夫婦関係じゃなかったし、むしろ安定してたとも思うし。



そのちゃん…今も忘れてないでしょ。あの人の事。」


 それはー…許嫁の約束が生きてる。って盛り上がった当時に知ったこと。


 そのちゃんの、初恋。


 だけど、それが原因じゃない。

 そうじゃないけど、そのせいにしたかった。

 だって…そうじゃなきゃ…あたしの『別れたい理由』なんて…くだらなすぎて…


 あたしの言葉を聞いたそのちゃんは、ガックリとうなだれて。


「…俺、全然おとに信用してもらえてなかったんだな…」


 小さくつぶやいた後。


「…いや…そう思われても仕方ないか…」


 大きく溜息を吐いた。


「…ずっと…我慢してくれてたんだな…おと…」


「…え?」


「俺はスランプに陥ると一人になりたがる。その上…作品制作に入っても同じ。その間、音はずっと一人で家を守って…子育てだって…」


「……」


 確かに…そのちゃんは一人でアトリエに籠ってしまう事が多い。

 だからあたしはいつも一人…


 好美このみの家に遊びに行ったり、佳苗かなえの家に遊びに行ったり、まどかを連れて実家に入り浸ったり…


 全然、何も苦痛じゃなかった。


 だけど。

 すんなり離婚するために、そのちゃんの罪悪感を利用する事にした。

 それに、身勝手だって分かってるけど…

 ずっと一番じゃなかったのは…やっぱりプライドが許さない。

 …なんて。


 ともあれ。

 離婚はスムーズだった。


 まどかかおるを連れて実家には帰ったけど、泥沼離婚なわけじゃないから今までとさほど変わりない。

 昨日も、そのちゃんの様子を見にアトリエに行った。

 なんだかよく分からないけど…猛烈にキャンバスに色を飛ばしてた。(あたしには、そういう風にしか見えなかった)

 まあ…あんなにやる気になってるのは久しぶりだし、いいんだけど。


 両家の親は落ち込んだけど、そのちゃんとあたしが夫婦の時よりいい関係だと知ると安堵した。



『どうぞー』


 インターホンから声がして、潜り戸が開いた。

 その壮大なスケールに、一気に余計な事が頭から離れて…なんだか勝手に桐生院家に感謝してしまう。


「おーちゃん。」


 呼ばれて顔を上げると、佳苗かなえとお義母さ…まあ、いいか。お義母さんが、そこに。


「久しぶり。元気だった?」


 ああ…

 あたし、お義母さんの事大好きだったなあ…

 なのに…そのちゃんのせいにしてしまって…本当に…ごめんなさい。


 心の中で謝りながら、あたしは笑顔を見せる。


「元気です。お義母さんは…まあ、元気ですよね。」


「もうっ、どういう意味?」


「鍛え上げてるから。」


「まあ、そうだけど。」


「おーちゃん、まどかちゃんとかおるちゃんは?」


「実家で父さんとアズさんがベッタリ。」


「わー…F'sのイクメン達(笑)」


「今度、早乙女家にもお願いしていいですか?」


「もちろんよ。」



 …そのちゃん。

 あたしは自分で思うより、ずっとずっと子供だわ。

 だから、こんなやり方でしか…そのちゃんを解放してあげられないし、自分の道を行けない。


 ごめんね。


 だけど…

 昨日の、絵具を飛ばしてるそのちゃんを見て思った。


 そのちゃんは…一人がいいと思う(笑)

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いつか出逢ったあなた 54th ヒカリ @gogohikari

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