第18話 「…神、にじみ出てるよ。」
〇神 千里
「…神、にじみ出てるよ。」
アズに言われて顔を上げると、スタジオ内の鏡に写った自分の顔が何とも…
「…仕方ねーよな。」
笑いを我慢したような口調で京介が笑う。
「…何も見てません。」
映はそう言ってベースのチューニングをする。
…くそっ。
仕方ねーだろー!!
咲華と海に息子が生まれた。
二階堂には代々くじ引きで名前を決めるという、くそ真面目なんだろうがふざけてるとしか思えない仕来りがあったらしいが、警保局の特別顧問になった義母さんが…
「親が名付けよう!!そうしよう!!」
と言ってくれたおかげで。
「命名、
海と咲華が話し合って、そう名付けた。
その一文字に、多くの意味が込められていることを…誰もが感じた。
…生まれた瞬間から和が背負わされてる物とか、俺は色々納得できねー…ってことも多いが…
リズも和も可愛い。
それだけは事実だ。
「そう言えば、冬の陣のラインナップ見た?」
アズが担いだギターから手を放して、スマホを操作する。
「夏の陣は春からのスライドだったのに、2daysになったりギリギリでシークレットの飛び入りとかもあって組むの大変そうだったよねー。」
「…まあ、里中と神で何とか回してたから…」
「あれーっ、京介、今のは聞き捨てならないなあ。俺だって手伝ったんだよ?」
「…………はいはい…」
シンバルの位置を決めてた京介は、アズの物言いに一瞬反論したそうにしながらも、言葉を飲んだ。
…アズにシークレットを隠し通すことに必死になっってた俺を見てたからな…
「楽しみだなあ~。冬の陣。」
「なんだよ親父…その前にアルバムだぜ?」
映にそう言われても、アズはしばらくスマホを眺めては口元を綻ばせた。
…たぶん、冬の陣の『SAYS』とか…里中のソロがThe Darknessによって発表される件…だよな。
どっちにも関わってる(と言うかどちらもメインだ)の里中は、さぞ白目をむいてるだろうなと思ってたが、腹をくくったのか楽しそうにやっている。ようだ。
「あー、ほんっと楽しみ。」
笑顔のままのアズが、スマホを置いてアンプのスイッチを入れる。
ほんと、こいつは…
誰かの応援が好きな奴だな。
「さー、新曲張り切っていくよー!!」
「これはそんなに張り切る曲じゃない。」
「あっ、もう!!神ってば!!」
「落ち着いて弾け。」
「…変わんねぇなあ…二人とも…」
京介のボヤキと、映の小さな笑いを背に。
俺は、リズと和に書いた新曲を歌い始めた。
〇里中健太郎
「…さくらさん、来月のスケジュールな……」
会長室。
さくらさん朝から打ち合わせをしているところに、高原さんが加わってくれて。
途中からソファーの二人に背を向ける形で作業に没頭していた俺は、振り返ったその目に飛び込んできた光景に口をつぐんだ。
「…(すまないな)…」
唇の前に人差し指を当てて、口パクの高原さん。
「…(いいえ、こちらこそ)」
夏の陣の前も、何度か…見た光景。
高原さんの膝で眠るさくらさん。
今思えばー…ああ、なるほど。と思う。
さくらさんには特殊な能力があって、あまり睡眠をとらなくても平気だとか…
それでも、充電が切れたように眠ることがあるそうで。
そんな時は数日誰が起こしても目を覚まさないとかなんとか…
そうさせないためにも、時々高原さんがこうやって頭を撫でることにしてる。と、聞いた。
あの時は『ショートスリーパー羨ましい』とか『頭を撫でて即寝の技、身に着けたい』とか…疲れた自分に置き換えてそんな事しか思わなかったんだよなー…
つい、自分の小ささに苦笑いしてしまう。
夏の陣が終わって以降も、さくらさんには休みがない。
仕事が休みでも、曾孫誕生や二階堂の仕事で動き回ったはず。
ほんと…この人、いつ休んでるんだ?って気にはなってたけど…
そうだよな。
高原さんがいるから大丈夫…
「……」
ふと、嫌なことを考えてしまって息を飲んだ。
頭を一振りすると、背後から小さな笑い声が聞こえた。
「…?」
ゆっくり振り返ると、笑顔の高原さん。
「……」
高原さんはスマホを手にすると。
###
俺の手の中のスマホに『高原さん』の文字。
『背中を向けてても表情豊かなのが分かる』
その言葉に、カクンと首を後ろに倒して天井を見た。
今、俺が考えかけた嫌な事を払拭させるが如く。
『独り身には堪えると思ったの、バレました?』
『結婚願望あるのか?うちにもう一人娘が…』
『すいません。失言でした』
『それはそれで悔しい』
『あっ、いや…彼女がどうとかではなく…』
『ははっ。わかってる。どうもグレイスには恋人がいるらしい』
「えっ。」
つい声を出してしまい、慌てて手で押さえると。
背後から笑いを押し殺したような声と共に…
「うう~ん…何か楽しい話…?」
さくらさんが起きてしまった。
「ああああ…すいません…」
せっかく気持ちよさそうに寝てたのに…
「里中、コーヒーでも飲むか。」
「そうですね。」
「ああ、いい。俺がやる。」
立ち上がりかけた俺を見て、高原さんがそれを止めた。
いやいや…と思いながらも、高原さんに立たれて枕を失くしたさくらさんがソファーから…
「って、ちょっ…」
そのまま転がり落ちかけたさくらさんを、片手で支える。
「起きてたんじゃないんですか?」
「うう~ん…」
「えっ、落ちたのか?」
高原さんが慌てて戻って来たものの、俺がさくらさんの肩を抱えてるのを見ると。
「…里中もおっさんだと思ってたが、やっぱりまだ若いな。」
突然、目を丸くしてそんなことを言った。
「は…っ?」
「片手でさくらを引っ張り上げれる…ああ、そうか。俺に力がないだけか(笑)」
「ちょ…やめてくださいよ。そもそも高原さんだって、年の割には見た目が若いじゃないっすか。」
「力がない事は否定しないんだな。」
「それはー…すいません。」
「ははっ。」
今でも…信じられない。
この人が余命僅かと言われてるなんて。
きっと…これからも俺たちに新しい夢を見させてくれるに違いないんだ。
「ほら。ちょうど瞳が買ってきてくれたダックワーズもある。」
「あたしも~…」
「まったく…食い物があると起きるんだな。」
「なんですってぇ…?」
…信じたくはないけれど。
この、優しい時間にも終わりが来てしまう事を、俺は知っている。
だけど…
「さあさあ、しっかり起きてくださいよ。さくらさんが寝てる間に俺は半分済ませましたからね。」
「はぅ……なっちゃ~ん…里中君が~…」
「しっかりしてくれよ?会長殿。」
「…むぅ…」
知ってるからこそ。
今を大切に生きるんだ。
〇高原夏希
「なちゅじー…みてぇ…」
「ああ…見てるよ…」
仏間でリズと二人、和を囲んで寝転んで。
時々口を開けて小さく漏れる吐息に耳を傾けては、二人で笑顔になっている。
「かじゅ、てんしみたい…」
そういってまどろむリズの頭を撫でて。
「リズも天使だから、弟の和もそうだな。」
小声で言うと、リズは嬉しそうに目を細めた。
昨日、咲華が和と退院して桐生院に帰って来た。
夜は桐生院家全員が集まり、その愛くるしさに悶絶。
ささやかな宴が終わっても、和のそばから離れようとしない千里と知花に。
「明日レコーディングでしょ?いい加減にしてよ。」
と、咲華が説教をするという珍しい場面に出くわした。
今日は誰よりも早く起きた二人は。
「よし。知花、一発OKを出して早く帰って来よう。」
「そうね。和くん、頑張ってくるからね。待っててね。」
和の頬に触れながら、強い決意を胸に出かけて行った。
「おじいちゃま、リズも。そのまま寝ちゃわないでよ?」
「確かに…これは寝てしまいそうだ。」
見ると、リズはすでに動かなくなっていて。
咲華が布団を用意してリズをそこに寝させると、そのまま布団ごと引っ張って和から離した。
「そんなに遠くへ?」
「リズの寝相、半端なく悪いから。」
「ああ…」
思い当たる節に小さく笑う。
「おじいちゃま、お茶にしない?」
「いただこう。」
大部屋に入ると、乃梨子と優里がいた。
スプリングの社長を退く決意をした聖は、後任への引継ぎ等で多忙な日々。
せっかく結婚したのに、優里は今も中川衣料品店で暮らしている。
時々こうやってぶらりとやって来ては、誰かと何かの勉強をしているようだが…
「はっ…あっ…ニッニッキー会長…」
どうも優里は俺が苦手らしく。
なかなか距離を縮められない。
「もう会長じゃないぞ?」
「うっ…」
そんな俺と優里の様子を見て、乃梨子がクスクスと笑う。
「…これは?」
二人の手元にある紙を手にすると。
「中川衣料品店さんの改装案。優里ちゃんがお手伝いしたいって。」
「そ…そうか…」
お世辞にも上手いとは言えないその図面は…それでも一生懸命作ったのだろう…と、マジックの色を付けまくっている優里の手を見て思った。
「『Lee』がいると知ったら、それだけで宣伝になるはずだけどな。」
乃梨子の向かい側に座って言うと。
「うーん。それはそれでお客さん増えすぎて困っちゃわない?」
「まあ…そうか。しかし商店街自体、客足が遠のいて閉店していく店が増えて困ってると『園部楽器』店主が言ってたぞ?」
園部楽器の店主はThe Darknessのギター園部真人。
あいつもバンドが忙しくなり始めると、店どころじゃなくなる。
店を続けるならバイトを雇えと言ったが、客が来ないからバイト代も出せないと言っていた。
「…優里は、聖の仕事が落ち着いても中川衣料品店に住むのか?」
いきなり核心を突いたせいか、優里は青い顔をして。
「な…何も考えてなかったあたしが悪いとは思いますが…あたし…中川のお母さん…本当のお母さんと思ってて…」
マジックだらけの手を握り締めて言った。
「ああ…悪い悪い。それがいけないって意味で言ってるわけじゃない。」
「え…えっ?」
「もう歌う気がないなら、中川衣料品店を本気で手伝えばいい。」
「わあ、お義父さん素敵♡」
乃梨子は笑顔だが、優里はポカンとしたまま。
「歌う気はないと言っても、また歌いたくなる日が来るかもしれない。それなら、いつでもそうできる場を作るとか…そうだな。空いた店舗も取り込んで、地域の人たちが集まるスペースを作るとかな。」
「…地域の人たちが…集まるスペース…」
「恩返しがしたいんだろう?」
「…(コクコク)」
「できる事はたくさんあると思うぞ。あとは、やる気だな。」
「……」
Leeとして歌ってきた優里は、お世辞にもやる気満々には見えなかった。
イギリス事務所の社長をしている奏斗でさえ『Leeは気まぐれなので、新曲をいつ出す。なんて約束できないんですよね』とボヤいてた。
『ちゃんとする』事が苦手だ、と。
そんな優里が、聖のために変わりたいと強く願って…バンドを組んだ。
人のやる気なんて、様々で。
優里のそれが、瞬発力だけなのか、持続力のあるものなのかは分からないが…
「優里。」
「…はい。」
「自分はもう一人じゃないって、気付いてるだろう?」
「……」
俺のその言葉に、優里はスッと背筋を伸ばして。
「…あたし、考えます。あたしに…できること。」
少しだけ、強い目をして言った。
「…うん。優里ちゃん、きっとできるよ。」
乃梨子が笑顔でそう言うと。
「あり…ありがとう。お…お義姉さん…っ…」
優里は照れくさそうにそう言って、ゆっくりと乃梨子に抱き着いた。
「ふふっ。嬉しい♡」
乃梨子が優里の背中をポンポンとする。
「…はい。お茶。」
気が付いたら隣に咲華が座っていて。
幸せそうな笑顔を向けてくれた。
「ありがとう。」
咲華は俺の腕に手を絡めて。
「あ~しあわせぇ~♡」
まるでリズのような口調でそう言った。
うん。
俺もだよ。
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