第17話 「もうしゅぐあえゆね~。」

 〇二階堂咲華


「もうしゅぐあえゆね~。」


 あたしのお腹に向かってそう言ったリズを、みんなが振り返った。


 みんな。

 大部屋に居る、みんな。


「あら、じゃあ病院に行く準備しなくちゃ。」


「え?待って母さん。予定日はまだ先…」


 腕まくりをして大部屋を出ていく母さんの背中に言うも。


「リズが言うならマジかもだぜ?」


 華音かのんきよしまでが…って、二人は冗談で言ってるっぽいけど…


咲華さくか、じ、陣痛は来てないのか?」


 父さんは真顔で、何なら少し慌ててる。


「予感すらしな…」


「もうみんなにあいたいゆってゆよ~。」


「……」


 リズは…確かに時々不思議な言葉を発して。

 だけどそれはただの思い付きでの言葉の方が多くて、みんなの期待は空振りに終わったりもする。

 ううん…変に能力があるより、普通がいいに越したことはないんだけど。



「しぇんしぇのとこ、いくまで、まってね♡」


 リズはそう言ってあたしのお腹をなでると。


「ママ、しぇんしぇのとこ、はやく。」


 あたしの手を握った。


「ええ…っ?でもまだ全然…」


「ダメだ。行くぞ咲華。」


「はあ?マジかよ親父…」


「親父を安心させるためにも行っとけ…」


 華音と聖に哀れみの目を向けられて、あたしは少し眉を下げながら立ち上がった。


「海には連絡しとく。」


 華音がスマホを手に、何か打ち込んでくれてる。


 海さん…今は日本の本部かな…



 二階堂本家の消滅、消息を絶ったいずみちゃんと殉職した志麻しまさん…

 ショックだったけど…それ以上に真実を知らされた時は、なんとも言えない気持ちになった。


 この件で、あたしが愛した人の世界が…どんなに厳しく険しいかを再認識した。


 だから…あたしは覚悟を決めた。


 その覚悟は、きっと桐生院家では大反対されると思う。

 理解してもらえないかもしれない。


「……みんな、ちょっと聞いてほしい事があるの。」


 この慌ただしさに便乗して言うのはズルい気がしたけど。

 リズの言う通り、もう生まれてしまうなら…言わなきゃいけない。


「何してる咲華。早く車に…」


「待って、父さん。少しだけ…聞いて。」


「……」


 あたしの様子に、父さんはもどかしそうな顔をしながらも、腰を下ろした。

 母さんと華音と聖も首を傾げてあたしを見る。


「…この子は、いずれ二階堂を継ぐ事になる。」


 お腹に手を当てて言うと。


「え?性別分かってんのか?」」


 聖が丸い目をした。


「あー…やっぱそうだよな。夢に出てきたぜ。」


 華音が頬杖ついてそう言うと『双子こわっ!!』と聖が茶化した。


「あたしは海さん…二階堂トップの妻なのに…桐生院に帰らせてもらったり、すごく寛大な配慮で守られてる。」


 もう…父さんの顔が『それ以上言うな』って言ってるのが分かる。

 警保局の特別顧問に就任して、二階堂に関わることになってるおばあちゃまも…あたしの決意には苦笑いかもしれない。


「…生まれた時から命を懸ける運命って、かわいそうだと思うかもしれないけど…以前のあたしも、そう思ってたかもしれないけど…今は違う。」


 志麻さんが遠くの現場に行くと、帰ってくるまで気が気じゃなかった。

 あたしが知らない間に命を落としてるかもしれない恐怖…

 だから、あの頃…あたしは二階堂を怖いと思っていた。


 だけど。

 志麻さんと別れて、海さんと酔っぱらって結婚して、リズを引き取って。

 気持ちが近付くたびに…二階堂の事をちゃんと知りたいと思った。

 そして、お互いの想いが通じ合って…海さんと本当の夫婦になった時。

 あたしは…二階堂の『特別』を、意外にも普通に受け入れられてる自分に驚いた。



「確かに二階堂は特別だけど、みんなと同じ人間。危険な世界だって思うだろうし、実際そんな事もある。だけど、だからこそ、自分や誰かを守る術を学んで鍛える。あたし…ずっと怖いって思ってた二階堂の事、知れば知るほど好きになったし、その世界に少しでも普通の日常があってもいいんだって思ってもらえる物にしたいって…欲張りにもなってる。」


 こんな拙い言葉じゃ伝わらないかもしれない。

 そう思いながらも…あたしは『伝われ』と、強く願いながら胸の内を明かした。


 実際、おばあちゃまが特別顧問になったことも…まだ知ってるのはおじいちゃまと父さんだけ。


 あたし、甘いって言われるかもしれないけど…


 おばあちゃまが特別顧問なら。

 二階堂は無敵な気がしちゃうのよ…ね…



「…おまえの覚悟は分かった。しかし、それと生まれてくる子供の将来は」


「待て、親父。」


 父さんが怪訝な顔で語り始めた途端。

 華音がそれを遮った。


「ノン君?」


「…咲華…陣痛じゃないか…?」


「え?」


 見ると、華音は額に脂汗を…


「え…っ…えええ?」


「ちょっ…えええ?何。ノン君、陣痛来てんの?」


「いっ…なんだこれ…いててててて…」


 お腹を押さえて倒れこむ華音。


「ノン~!!しっかい~!!」


 リズが華音の背中を叩きながら励ますけど…


「あいててててて…」


 華音の痛みは治まらないようで。


「あっ。」


「んっ。」


 そうこうしてると…


「…生まれるかも…」


「…治った…」


 急に…お腹の中から生まれるサインが届いた気がした。


「こんな双生児疾患聞いたことねーよ。桐生院の双子、こわっ。」


 聖は笑いながら華音に手を貸して。


「さあ、いきましゅよー!!」


 リズの声と共に、あたしは大部屋を出た。



 〇里中健太郎


「…はあ…」


「どうしたんですか?」


 つい溜息を吐いてしまうと、隣にいた真子ちゃんが首を傾げて俺を見た。


「いや…」


 いかん。

 気を抜くと溜息が出てしまう。



 高原さんとさくらさんの配慮で、事務所の近くに引っ越した。

 両親が通う病院も近い。

 おかげで、以前は億劫だから行かないと言っていた検診にも行くようになった。


 父は相変わらず元気だが、元々あまり体が強くなかった母に病気が見つかった。

 主治医に呼び出され、三人で話を聞いた。

 母は『やっぱりね』みたいな顔をしていたが、父と俺は情けないことに呆然とするだけだった。



 ビートランドには同世代が多い。

 その誰かに相談してみようか…と思いつつも、みんなの忙しさを知ってるだけにそれも難しい。


 ######


 ふいに通知音が鳴って。

 スマホを開くと、神から。


 タップして開いたそれに、つい足が止まる。

 そこには、小さな赤ん坊の写真。


 咲華ちゃん、無事出産したんだ。

 良かった。


「里中さん?」


「神んとこ、孫産まれたって。」


 スマホを見せると、真子ちゃんはあまり見たことのない花が咲いたような笑顔になって。


「わあ…素敵なニュースですね~…」


 食い入るように写真を見入った。


「まったくだ。」


 胸の奥にじんわりと…今後も自分では味わえないであろう温もりを感じた。


 結婚もしない、特別なパートナーも作らない、俺には自分の遺伝子を残す夢や希望どころか…気力もない。


 いつだか京介とそんな話になって『…枯れてんな』なんて言われたが…

 音楽の世界に居られるだけで、俺は枯れる気はしない。

 何ならずっと咲いている気分だ。


 よく、高原さんがビートランドの人間はみんな家族のように思っていると言っていたが、本当にそうだ。

 高原さんと同じ目線で言うのは烏滸がましいが…

 もしかしたら、俺がそんな事を思ってしまうのを嫌がる社員も居るかもしれないが…


 …って…


 俺一人が、こんなに幸せを味わっていたことに気付いた。

 渡米して好き勝手して、帰国しても思うがままにしてきた気がする。

 一度は『うちには子供はいなかったと思うことにする』なんて気遣いまでさせてしまった。

 親孝行のつもりで一緒に暮らしてはいても…俺はほとんどの時間を音楽に費やしている。


 …全然ダメじゃないか…



「…真子ちゃん。」


「はい?」


「こういうの…聞いていいか分からな」


「何でも聞いてください。」


 食い気味に返答されて、つい真子ちゃんを丸い目で見てしまう。


「遠慮はいらないですよ。」


「…ははっ。頼もしいな。じゃあー…」


 正直…ここんとこ色々あり過ぎて抱えきれない。

 小野寺の死、さくらさんの想像を超えた謎、冬の陣に出演することになったThe DarknessとSAYS…

 …冬の陣に関しては、今までのイベントを振り返っても分かるように…


 タイムテーブルは前日まであってないような物とした方がいい。


 決定事項…とは…。だ。まったく。


 高原さんとさくらさんの新作も、F'sとShe's-He'sのコラボ作品も、色々と話を詰めていかなくてはならない所に…


「…一番の親孝行って、何なんだろう?」


 ポツリとこぼす。

 思った以上の小声に自分でも笑いそうになったが、真子ちゃんはそんなのおかまいなしで。


「えっ、そんなの…」


 何なら『知らないの?』とでも言いたそうな表情で、ハッキリと言った。


「自分が幸せでいることですよ。」




 〇高原さくら


「自分が幸せでいることですよ。」


 じ~ん。


 咲華の出産を自慢したくて、今日は朝から事務所をウロウロ。

 里中君とThe Darknessの鍵盤奏者、園部真子ちゃんの後ろ姿を見つけて追いかけてるとこに聞こえてきた言葉に、じ~んとしちゃった。


 一番の親孝行は、自分が幸せでいること。

 うん。

 そうだよ。

 あたし、何かして欲しいとかじゃないもん。

 幸せでいてくれるのが、一番嬉しい。

 あたしなんて、それを近くで見てるんだから…幸せで死んじゃいそう!!



 昨日、咲華が男の子を出産した。

 病院に行く前に、自分は二階堂に嫁いだ人間であるという決意表明をした。って、華音から聞いた。


 過酷な世界に生きるって分かって子供を産むって…確かに言い知れない不安や恐怖ってあるはず。

 それなのに…咲華、立派だよ。


 だけど、二階堂は大丈夫。

 あたしが保証する。



 …て。

 里中君、いきなり『一番の親孝行って』とか…そんな質問、どうしたのかな?




 〇浅香京介


「……」


 神から孫の写真が送られて来て。

 スタジオで『うちの孫の方が可愛い』なんて思いながら個人練をしている所に。


『京介くーん!!ちょっといいー!?』


 さくら会長が窓にへばりついて、そう口を動かしていた。

 そして…


「里中君、何か悩みがありそう。」


「…またっすか…」


「そう。また。でも、京介君なら解決できるんじゃないかと思って。」


「…な…なんで俺が…」


「小野寺君とのことだって、すごく動いてくれたじゃない?頼もしかったー!!」


「えっ…いや、俺は…そんな……神…」


「千里さんは孫にデレちゃってるから無理っ!!」


「…アズ…」


「京介君がいいのーっ!!」


「……」



 …正直…さくら会長にそう言われるのは…

 嫌いじゃない。

 …むしろ…

 嬉しい。


 そんなわけで、忙しそうな里中を社食に連れ出してみた…ものの…



「…おふくろさんが…」


「まあ…入院してしまえば、あとはまな板の上の鯉だ。って本人は言うんだけどさ…」


 目の前で肩を落としてるのは、里中。


 …会長。

 俺には無理っす。


「…俺、どこかで親は不死身だとでも思ってたんだよ。」


 里中の言葉に顔を上げる。

 それはー…

 俺も、思ったことある。

 ま、俺の場合、両親じゃなくて…じーさんにだけど。


「…で、園部真子に、親孝行は自分が幸せでいることだっつって言われた…と。」


「…ああ。」


「…ま、正解だろうな。」


「…そうなのか?俺は…自分に子供がいないからか、ピンと来ない。むしろ自分勝手に思えてしまう。」


「……」


 …その『自分勝手に思えてしまう』は、自分の事言ってんだろーな…



 俺は腕組みをして、うーん。と唇を突き出す。


 確かに…幸せの尺度なんてのは…人それぞれだ。

 自分が幸せなら親も幸せだよな!!って、遊び惚けられてると…ムカつく気もする。

 でも親なら…自分の子がどんな状況でも頑張ってる姿を見れば、応援したくなったり満足したりするもんだ…って気がする。

 それに…


「…うちの娘は早乙女の次男坊と結婚して、離婚した…」


「あ…ああ…うん…」


「そこそこ揉めたみてーだし、帰って来た時は死にそうな顔してたが…それでも子供のために頑張る音を見てると、応援したくなるし…」


「……」


「俺も、まだまだ頑張んねーとなって思うんだよ。」


「……」


「親にとって、子供ってそういう存在なんじゃねーの?そりゃ、中にはあーしろこーしろって求めてばっかの親もいるだろうけどさ…おまえんとこの親、すげー控え目だろ。」


「…ああ…」


 SAYSのデビュー前、LIVEの後で里中んちに行くと。


「いつもありがとう。」


 と、どんな時間でも飯を作ってくれた。

 親父さんも、すげーいい距離で俺たちを見守ってくれていた。


「里中がどんだけ頑張ってるか、絶対分かってるはずだからさ…おふくろさんも治療頑張るんじゃねーかな…」


 里中は何か思い当たる節でもあるのか、伏し目がちに小さく頷いた。


「…それでも、年齢的に…いつか別れは来るだろうからさ…」


「…だよな…っ…」


 声を詰まらせた里中に、もう言葉が出なかった。

 だけど、これだけ頑張ってる奴…いねーよ…って…




 俺も、お節介したくなった。





 〇高原夏樹


「それで、今は京介が?」


 里中のレッスン。

 少し時間に遅れて来た里中が、赤い目をして言った。


「…そうなんですよ…あいつら、ほんと…」


 里中の母親が入院。

 幸い、病院はすぐそこだが…今の里中は過去最大といっていいほどの案件を抱えている。

 抱えさせてしまったのは、俺なんだが…。


 何かを減らすべきかと考えている所に、京介と圭司がやって来て。


「スケジュール見せてもらっていいすか。」


 The Darknessだけじゃなく、全バンドのスケジュールをチェックして。


「俺、お節介焼きたいんすよ…」


 京介の言葉に内心目を丸くした俺と。


「もー、京介愛しいな~。」


「気色わりーこと言うなっ。」


 京介に抱き着いて鬱陶しがられる圭司。


 二人はみんなに声をかけて、里中のスケジュールを調整し直した。

 それでも面会時間に間に合わない日は、誰かが寄り添っている。らしい。



「…あいつ、年取って変わったな…って思ってたけど、無口で何考えてるか分からなかっただけで、元々優しい奴だったんですよね…」


 …この城の住人達は…本当に皆優しい。

 ずっとこうであって欲しいと強く願う。

 そして、幸せでいて欲しい…とも。



「そう言えば、朝霧さんがエルワーズでスカウトした着物女性、冬の陣の枠に入れたことを通知しておきましたよ。」


「ああ…マノンが触発されることを願おう。」


「たくらみますねぇ…」


「楽しい事は全力で、だ。」


「はい。」



 咲華と海の間に、男の子が生まれた。

 新しい命と、生きようとする命と…


 俺は、あとどれぐらい…この幸せの中で、皆を見ていられるだろう。


 迫りくる死期が運命だとしても。



 抗ってやる。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 更新の間隔が空きすぎてすみませんm(__)m

 関連記事としてアメブロのTweet of the day 25もどうぞ。←2020年の記事(汗)

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