第16話 「さ、入って。」
〇前園優里
「さ、入って。」
な…なんなのこれ…
確か、お花のおうちだって聞いた。
そんな由緒正しいおうちに…あたしなんか…
少し後退しかけたところで、聖君が。
「今日こそって言ったよね(笑)」
何だか…迫力ある笑顔。
「うっ…」
実は、すでに二度…お誘いを断ってしまってる。
今更ながら、ものおじして…
「シロとクロも待ってるよ。」
「はっ…!!」
聖君が靴を脱いで廊下を歩き始めると、少し先の部屋から猫の鳴き声らしきものが聞こえた。
ああっ!!
シロ!!クロ!!
…会って謝らなきゃ…
あたしは意を決して。
「…お…」
お邪魔します。
そう言おうと…した瞬間。
「きゃー!!待ってたー!!」
「!!!!」
いきなり走って来た何かに抱き着かれて、あたしの体は後ろに倒れそうに…
ドスッ
…あれ?倒れてない…
「ったく、危ねーなあ…」
「…えっ!?えっ…ええっ、なんで!?」
のけぞった体を支えてくれたのは…あたしの弟の…
「拓人君がいるって分かったから、飛びついちゃった♡」
あたしに突進してきたのは、さくら会長。
あたしはこの人が大好き…
だから、聖君のお母さんがさくら会長で…本当に嬉しい。
…でも…だからこそ…
あたしなんて…
「さっ、早く早く。あたし、ごちそう作って待ってたんだっ。」
「あー、腹ペコなんでちょうど良かった。さ、優里。入るぞ。」
「はっ…」
そう言えば。
なんで?
なんで拓人がここに…?
あたしが怪訝な顔で見上げてることに気付いた拓人は。
「お前がなかなか家に来ないからって、援軍として呼ばれたんだよ。」
目を細めてあたしを見下ろして、腕を引いた。
「うっ…」
それを言われると…何も言い返せない。
…だって、色々考えちゃったんだもん…
唇を尖らせながらも、拓人に腕を引かれて家に入ると。
「にゃ~」
「にゃにゃっ」
「あっ!!」
シロ!!クロ!!
「あたしのこと、怒ってないの~!?」
そう言いながら跪く。
シロとクロの目線になって謝ってると、一斉に笑い声に包まれた。
顔を上げると、そこには…フェスで見た方々が…
「はっ…はははじめまして!!
立ち上がって深くお辞儀する。
ああ~…緊張しちゃうよ~…
「もう、やだわ。何度も会ってるじゃないの。」
今日も美しい
「大丈夫か?おまえの婚約者は。」
「うるさいノン君。」
「さー、優里ちゃん座って。はい、拓人君も。」
さくら会長に言われるがまま、あたしと拓人は席に着く。
すぐそばにシロとクロも来てくれて…ああ、あたし怒られてないんだって泣きそうになった。
最低の飼い主だったのに。
「Lee、よく来てくれた。」
その声に顔を上げると、向かい側にニッキー(元)会長が…!!
「あっ…あああ…おっお体…大丈夫ですか…」
「この通り。」
ニッキー会長はフェスの後少し入院されてた。
今も…顔色…良くはないけど…
「君も、ようこそ。片桐拓人君。」
そう言われた拓人は、珍しく得意な営業スマイルとかじゃなく…
「なんか、俺まで呼んでもらって…すいません。」
照れた感じで、首をすくめた。
「何言ってんの。優里ちゃんがうちの子になるんだから、拓人君もうちの子!!」
そう言いながら、拓人にギュッと抱き着くさくら会長…
フェスの朝、控室にいた拓人に優しくしてくれたさくら会長。
チヤホヤされるのは当たり前みたいな拓人だけど…
本当の優しさに触れることって、あまりなかったんだと思う。
拓人とはあれから会ってなかったけど、寄付したとか施設を訪問したとか…そんなニュースは耳に入ってた。
…父親が生きてた。
あたし達は、誰からも狙われないし…幸せになっていい。
…そうなんだろうけど…
「まっ…マジでこういうの、やめて下さいって!!」
「あははは。諦めた方がいいぜ。」
「そうそう。こうなってる母さんは誰にも止められない…」
「おばあちゃま、少し落ち着いて。」
「おちちゅくよー。」
「あっ…ごめぇん…えへへ…」
「ストッパーがいたな。リズ、サンキュ。」
「どういたまいてよー」
……
照れくさがって髪の毛をかきげてる拓人を横目で見る。
あたし達…
本当の幸せに慣れてないから…
こういうの、ちょっと苦手というか…怖いんだよね…
うん…分かる…。
フェスの時、ステージ上から聖君にプロポーズをした。
そして…あたし達は、晴れて結婚前提の恋人同士になれたわけだけど…
ふと現実に戻ったあたしは、結婚に向けての一歩を踏み出せずにいた。
だって、結婚って…二人だけのことじゃない。って気付いたから。
…あんな大それたプロポーズまでしたクセに…ね…
「聖、醤油取って。」
「ほい。」
えっと…あの人が、聖君の年上の甥っ子さん…
「はい、取り皿これね。」
あの人は…超音波みたいなハイトーンの持ち主…以前昼食をご一緒した、聖君のお姉さん…
「そっち回して。」
えっと…ええと…あっ、そうだ。
甥っ子さんの彼女…
かっこいい女の子…
「
「狭い方がいいっす。」
はっ!!
フェスでド派手なプロポーズした人!!
華月さんの彼氏!!
眩しい彼氏!!
自分を見つめ直す旅に出て…行方不明になって…
何だか大変な事件に巻き込まれてた…って、フェスの後で聖君から聞いた。
そのキラキラ彼氏は聖君の親友でもあるそうで…
「詩生。」
「お、サンキュ聖。」
ビールの注ぎ合いなんてして…
何だかちょっと感激…
あたしと拓人は、暗い幼少期だったから…幼馴染とか友達とか、そういうのには縁がない。
…拓人は芸能界で交友関係を持てたかもしれないけど…
それが真実のものじゃないのは分かる。
自慢したがりな拓人が、誰一人としてあたしに友人の名前を出したことがないから。
「ほら。」
華月さんのキラキラ彼氏にビールを勧められた拓人が、一瞬背筋を伸ばした。
「あ…ども…」
「あのドラマ、カッコ良かったっすね。」
「え?はは…」
「会いたい夜にあなたはいないってやつ。」
「…あー…ありがとうございます。」
社交辞令と思ってたのに、タイトルを出された拓人は少し口元をひきつらせて…バツ悪そうに頬を掻いた。
「リズ、ほら、こっち来て。ママが全部食べちゃうよ?」
「かちゅきのとないでたべゆ~。」
聖君の年上の姪っ子さんと、その娘さんの会話。
ううーん…可愛いなあ…『リズちゃん』…
「あはは。りっちゃん、あたしの隣にいてくれるの?ありがと。」
「いつもいゆよ~。」
「…ありがと…」
…ん?
いつも美しい華月さん…
今日、なんだか…
「良かった。来てくれて。」
「…す…すいません…なかなか来なくて…」
大勢での食事の後。
あたしは華月さんに誘われて、広い縁側に座ってお茶を飲んでいる。
拓人は大部屋と呼ばれている部屋で、みんなに芸能界の事を質問攻めされてて。
『みなさんだって芸能人でしょ?』と苦し紛れに答えてたけど…
ジャンルが違うから、って。
結局、尋問されるみたいに囲まれてた。
拓人が…人の輪の中にいるのが嬉しい。
何だろう。
胸の奥の方が、あったかく感じる。
「あんなに派手にプロポーズしたのに、やっぱりやめたって気が変わったんじゃないかって心配してたのよ?」
華月さんのカウンターに胸を押さえる。
「うっ…そ…それは…」
「それは?」
「……」
あたしは小さく溜息を吐いて、目下に広がる庭を眺めた。
「…あたしと拓人、小さな頃から二人きりで…だけど、結婚するってことは…」
「もれなく一気に大家族になっちゃうわよね。」
「…え…ええ…」
「それが嫌だったの?」
「いっ嫌って言うか…」
「言うか?」
「…あたしと拓人みたいに…人を信用せずに生きてきた人間が、こんなに温かい家族の一員に…なれるのかな…って…」
「……」
「あたし、華月さんのおかげで変わりたいって思えた。それでフェスで自分をさらけ出すこともできたし、聖君に想いを伝えることもできた。だけど…その先の事なんて考えてなくて…」
大部屋から、にぎやかな声が聞こえる。
拓人がその中で笑ってるんだとしたら…
それはー…ちょっと嬉しい気がした。
だけど。
だけど、あたしは自分がそこにいる姿を想像できない。
なぜだろう…
聖君と幸せになりたい。
聖君を幸せいっぱいにしてあげたいって思うのに…
「あのさ。」
「…はい…」
華月さんの顔は見ずに、少し姿勢を正す。
「時間って、無限じゃないの、知ってるよね?」
「……」
あたしはー…その華月さんの少し元気のない声に、ゆっくりと顔を上げた。
てっきり、あたしを見据えているであろうと思われた華月さんの視線は、膝を抱えた自分の爪先にあって。
その姿はなんだか…とても寂しそうだった。
「…誰かと…お別れを…?」
そっと問いかけてみる。
なぜそう思ったのか分からないけど…
華月さん、すごく…ポッカリ穴が空いたみたいな…
「…あたしの、唯一の親友がね…」
「……」
「フェスの少し後…カリブ海で…消息を絶って以来…見つかってないの…」
「…え…っ…」
華月さんの抱えた膝が、さらに小さくなった。
自分で自分を抱きしめてるみたいな姿に、少し胸が痛くなる。
…以前のあたしなら…こんなの、なんとも思わなかったはず。
だけど今は違う。
色んな人の優しさに触れて、自分のダメなところに気付いて、変わりたいと思ったし…
…寄り添いたいとも思う。
「……」
無言で華月さんを後ろから抱きしめると、華月さんが小さく笑った気がした。
「…何となく…会えなくなる気がしてたの。だから…フェス中継見てほしいって言ったの。」
「……」
「ありきたりだけど、いつでもそばにいるよって伝えたかったから…
…泉…
「…え…っ?行方不明になった親友って…泉さん…?」
「…うん…」
「…聖君は…このこと…」
「知ってるよ…」
「……」
…こんな時、どうしたらいいか分からない。
だから、これが正解かどうかも分からないけど…あたしは無言で華月さんの頭を撫でた。
いい子いい子…って。
すると、華月さんは少しだけ…胸に寄りかかってくれて。
それが何だか…すごく嬉しくもあったし、切なくもあった。
…泉さんが行方不明…
聖君は…大丈夫なのかな?
〇桐生院 聖
「はー、やっと二人きりになれた。」
二階の部屋でそう言うと、優里さんは聞こえなかったふりをしながら窓の外を見た。
今夜は片桐拓人も優里さんも泊まることになって。
大部屋で続いてる宴をコッソリ抜け出して…の、今。
「ずいぶん華月と仲良くなったんだね。」
「……」
「優里さん?」
「あ…えっ?」
「どした?」
下がった眉毛をなぞりながら問いかけると。
「…あの…」
優里さんは泣き出しそうな顔で俺を見上げて。
「…華月さん…お友達が……」
そう言って、息を飲んだ。
「…あー…」
泉の事…か。
二階堂の次女で、以前俺と付き合ってた泉。
華月の唯一の親友だったと言っていい。
泉はこの夏、カリブ海で行方不明になった。
…だけど…
「あまり大声じゃ言えないけど、何となく…泉はどこかで生きてる気がするんだよな。」
「…え?」
「危険な稼業で、今までも怪我したり大変なことも多かったけど、仕事に誇りを持ってたし…何よりあいつ自身、そんなヘマするようなやつじゃないと思うんだよなー。」
「ヘマ…」
「うん。死ぬなら、ちゃんとみんなとお別れができるように死ぬと思う。ま…華月はそんな風に割り切れないのかもしんないけどさ…」
優里さんは悲しそうな顔で少しうつむくと。
「…さっき…あたし…どうしたらいいか分からなくて…」
コツンと俺の胸に頭をぶつけた。
「無言で…頭を撫でるぐらいしかできなかったの…」
「……」
それにはー…俺が驚いた。
人に興味のなかった優里さんが…
華月の弱音を聞いて、頭を撫でた…!?
…本当に変わろうとしてるんだ…優里さん…
「…それは、華月…嬉しかったと思うよ。」
優里さんをギュッと抱きしめて、頭に顎を乗せる。
「優里さん、これからも華月と仲良くしてやってよ。」
「あ…あたしなんて…」
「あたしなんて?なんで。優里さん、サイコーじゃん。」
「なっななななっ…」
「ははっ。あんなに大それたプロポーズはできるのに、なんで褒められるのはダメなわけ?」
「やっやややだ…っ!!聖君いじわる…」
腕の中で暴れる優里さんを愛しく思う。
…確かに泉が消息を絶ったニュースには、体のどこかを失くしたような気持ちになった。
だけど…やっぱり信じられないから…
俺は、泉はどこかで任務を遂行してるって。
そう信じてるんだ。
そして、俺はこれから…
優里さんと幸せになるために。
自分のミッションを遂行しなきゃ…だな。
それが、俺が…俺として生きていくための第一歩だから。
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