第8-24話 泥の中で眠れ

 『魔王』の持っている魔法は2つ。

 1つは『泡沫の奇跡』。もう1つは死者を蘇らせる『不滅の奇跡』。


 しかし、『泡沫の奇跡』はイグニの魔法と対消滅し、現在魔王は使えない。


 だからイグニたちが警戒するべきは『不滅の奇跡』。


「イグニ。『魔王』が……っ!」


 ユーリが叫ぶ。イグニが『魔王』の方角を見ると、そこには目に生気をともした黒髪の男がいた。先ほどまでの虚無の瞳とは違う。明確な殺意をその目にたぎらせて、イグニたちを見る。


「……来い。『魔王』ッ!」


 『人の澱み』に触れて汚染されないように、ゴーレムに乗ったままイグニたちは『英雄』を1人、また1人と消していく。それが可能なのは一重に生み出される英雄たちが古い時代を生きているからである。


 魔術は『魔王』の登場前と登場後でその姿を大きく変えた。


 しかし『魔王』によって呼び出される英雄たちは魔法の存在すらも知らない古い魔術師たち。だから、勝負にもならないのだ。


「アリシア! 俺を上に!」

「分かったわ!」


 互いに言葉は不必要だった。

 イグニはアリシアに手を伸ばし、その手をアリシアが取る。


 パスが通っているからではない。

 イグニの側には常に彼女がいた。彼女はイグニの戦いを常に側で見てきたし、イグニは彼女がいたからこそ全力を出せた。


 アリシアの持ってきた箒の後ろに乗って、イグニの身体が空高く舞う。


「どうするの?」

「終わらせる」


 空に浮かび上がったイグニたちに向かって英雄たちの魔術が飛んでくるが、その全てをアリシアとユーリ、そしてローズが撃ち落とす。


 イグニの魔力は平時の7割。

 先ほど全ての魔力を燃やし尽くしたにしては、上出来と言えるだろう。だが、頼みの綱の魔石はもう無い。


「『装焔イグニッション完全燃焼フルバースト』」


 魔力が熾る。

 

 如何にイグニとて、1日に2度も魔法を使ったことなどない。

 どうなるかなんて予想も付かない。


「『超球面テセア』」


 だが、それがなんだと言うのだッ!


 もう人類には『魔王』に反撃する余力は残っていない。

 ここでイグニが終わらさなければ人類は絶滅する。


 だから、一分一秒の無駄もなくここで終わらせる必要があって、

 

「落ちろッ!」


 イグニに呼応するように、無限の輝きを放つ巨大な『ファイアボール』が落下。

 触れる物を全て原子レベルで消し飛ばす無限のエネルギー塊は、しかし虚空で静止すると、ゆっくりと軌道を変えていく。


「……何?」


 見れば『ファイアボール』の真下に半透明な障壁が展開されている。当然、イグニの『ファイアボール』はそれらを消し飛ばしているのだが、消すたびに新しい障壁が生まれイグニの『ファイアボール』を押し留めている。


 だが、当然そんなもので無限を止めれるわけがない。

 軌道は数メートルしかズラすことが出来ず、結局イグニの『ファイアボール』は大地を穿つ。しかし、時間は稼いだ。


 公都の誇る白磁の建築物がイグニの魔法によって消滅。

 大地に綺麗な半円のクレーターを生み出すが、『魔王』は既に別の場所にいる。


「……っ!」


 イグニは魔力切れで倒れそうになる視界の中で必死に元凶を探した。

 こんなことができる英雄なんてそう多くない。


 どこだ。どこにいる。


「イグニ。あそこ」

「……っ!」


 果たして先に見つけたのはアリシアだった。


 イグニの『ファイアボール』を押し留め軌道をわずかに逸したのは、1人の魔女。


「……“とばり”のエルル!」


 魔術師として名を上げた彼女は【固有オリジナル:結界】という属性を操る結界師であった。魔法という極地には至らなかったものの、“極点”に比肩しうると呼ばれたその実力は折り紙つき。


 先ほどのイグニの『ファイアボール』を防げる魔術は無いと判断し、すぐさま数億枚という魔術障壁を重ねることで無限の『ファイアボール』を逸した。


「イグニ。魔力切れは大丈夫!?」

「……あぁ、大丈夫だ」


 幸か不幸か当たりは『人の澱み』で満ちている。

 すっからかんになったイグニの身体に魔力が流れ込み、気を失うという最悪な事態は避けられた。


「……『起きろ』」


 その時、イグニは初めて『魔王』の言葉を聞いた。


 どこにでもいるような、どこかで聞いたことのあるようなそんな変哲の無い声。

 だがその声によって周囲に散らばっていた魔力が塊になると、イグニたちがこれまで倒してきた英雄が起き上がる。


「……っ!」


 これが『魔王』の魔法。

 自分が戦うのではなく、過去の英雄たちに戦わせる。


「イグニ。一度降りるわ」

「……悪い」


 アリシアは箒を巧みに操って、走り続けるゴーレムの上に降りるとイグニを横にした。


「私は空から援護する。とにかく、今はイグニの魔力が回復する時間を作るわよ」

「うん。気をつけてね、アリシアさん」


 ユーリは『深淵弾アビソス』を放ちながら言った。

 

「悪いがイグニ、魔力切れは『治癒師ヒーラー』にはどうすることもできない……。すまない……」

「気に、するな……。俺は慣れてる……」


 深呼吸を繰り返して、なんとか空気中の魔力を体内に取り込んでいく。

 だが足りない。圧倒的に量が足りない。


「でもこのままだと……ジリ貧だわ」


 ローズは防護結界を貼って魔術がイグニに当たらないようにしたが、その声色は重たい。


 それはローズだけではない。ユーリも、エドワードも顔には出さないだけで歯を噛み締めている。


 これまではイグニの魔法を使って解決しなかったことが無かった。

 魔法という絶対的な切り札を前にして、倒せない敵などいなかった。


 しかし、『魔王』はそんなイグニをして……倒せない。

 ギリギリのところで届かない。


「……魔力が、魔力さえ、あれば」


 イグニが呻くように言葉にする。

 それはイグニの長い間の課題であり、サラとパスを繋いだことによって解決したと思ったのだ。


 だが、それはあくまでも仮初めでしかなかった。

 『ファイアボール』しか使えない彼は出来ないことを周りに頼ったが、それでは届かなかったのか。


 ユーリの魔術が英雄を貫く。

 ローズの魔術が英雄を薙ぐ。


 だが、傷ついた端から英雄たちは蘇生して襲いかかってくる。

 ローズの言っていた通りジリ貧だ。向こうは無限。こちらは有限。


 その時、ゴーレムが大きく跳ねた。


「危ないわ、イグニ!」


 慌ててイグニが落ちないようにローズが抱きかかえる。

 その瞬間、地面から溢れ出た『人の澱み』がイグニに触れた。


「…………?」


 使


 イグニの中でそう疑問が鎌首をもたげた瞬間、ローズの背後から不穏な殺意。


「危ないッ!」


 慌ててイグニはローズの手を引いた。

 それが間一髪、彼女の命を救った。


 放たれた魔術が、ローズの頭を浅くかすめるとパッ! と、鮮血が舞う。


 そして、その勢いのままローズは気を失うようにして倒れた。

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