第8-23話 刺し違え

 イグニによって生み出された『小宇宙ファイアボール』だったが、激しく煌めいた瞬間――最初から何も無かったかのように消えた。


 そこで起きるは世界の流転。

 生み出されたはずの世界は一瞬にして終焉を迎えると、ただ物言わぬ虚無となった。


「……っ!?」


 思わずイグニは手元を見る。

 そこには本来であれば生み出されているはずの『小宇宙ファイアボール』があるはずで、


「イグニ! 魔法は!?」

ッ!」


 『魔王』の瞳がイグニを捉える。

 イグニの瞳が『魔王』を捉える。


「『魔王』の魔法か……ッ!」


 

 その感覚がびりびりとイグニの手のひらを焼いた。イグニは反対の手で魔石を砕くと、枯れた身体に魔力を注ぎ込む。


 遅れて、ゴーレムが地面に着地した。

 刹那、『人の澱み』によってゴーレムが止まる。


「『浄化ピュリファイ』っ!」


 ぶわ……っ! と、イグニたちを中心にして、黒いもやが祓われる。ローズの浄化魔術によって、『人の澱み』が消されたのだ。


「……来るぞ、イグニ。上だ!」


 先ほど『人の澱み』の中に見えた人影――英雄たちが、襲いかかってくる。


「『纏風アリシエント』ッ! 『風は穿ちてヴェントス・ペネトレイト』ッ!!」


 刹那、イグニたちの直上から舞い降りてきたのは長剣を持った剣士。『身体強化アクティブ』の魔術を使った状態で、飛びかかってきたところをアリシアの魔術によって胴体に大きな穴を空けられて空中で絶命すると地面に落ちた。


「まだまだ来るぞ!」


 道には信じられないほどの『人の澱み』があるというのに、英雄たちは尋常でない速度で駆けてイグニたちの元へやってくる。ただ、殺すためだけに。


「……ユーリっ!」


 刹那、イグニはユーリを押し出す。

 ひゅぱ、と音を立ててイグニの肩に矢が刺さった。


 一瞬、それに気を取られた様子を見せたユーリだったが、すぐにはっとした表情を浮かべると矢の飛んできた方向に向き直って、手のひらを掲げた。そこには屋根の裏に隠れるようにして弓矢を構えている狩人がいて、


「『深淵弾アビソス』!」


 ユーリの弾丸が放たれた。


 彼の最も得意とする意志を与える魔術により、深淵の闇より削り出された弾丸は大きく弧を描くと、死角にいる英雄を撃ち抜いた。


「い、イグニ!? 大丈夫!!?」


 ユーリは駆け寄ろうとしたが、それをイグニは片手で止める。その横ではエドワードが弓矢を抜いて、傷口に対して分析魔術を使用。毒物や劇物が使用されていないかをチェックし、治癒魔術を使った。


 治癒魔術と攻撃魔術の攻防は一進一退である。


 中には治癒魔術を契機として、体内に深く毒牙を下ろすタイプの魔術もあるのだ。戦場でそれらの使用を素早く見極め、適切な処置を行うことこそ優れた治癒師ヒーラーに求められる資質である。


「移動するわよ! みんな、ゴーレムに捕まって!」

 

 アリシアがそう叫ぶと同時に、イグニたちは近くの掴まれる物に手を伸ばす。刹那、一拍空けてからゴーレムの巨体が空に舞った。


「『装焔イグニッション狙撃弾スナイプ』ッ!」


 イグニの詠唱により生み出された12発の『ファイアボール』はキュルキュルと回転すると、その全てが『魔王』の眉間にロックオン。


「『発射ファイア』ッ!」


 パァン!!


 空気が爆ぜて、全ての弾丸が『魔王』に向かっていく。

 『魔王』はそれに向かって手を掲げると、半透明のフィルターのような物が出現しイグニの『ファイアボール』を逸した。


「『魔王』が魔術を使ったわ!?」


 アビスから聞いていた話と全く違う行動を取ったことにローズが驚愕し、そう漏らす。そうだ。本来であれば、『魔王』に近づく害悪な物は全て魔法によって消されたはずだ。


 しかし、『魔王』は魔術によってイグニの『ファイアボール』を防いだ。


 それはつまり、


「……魔法同士が、打ち消しあったんだ」


 イグニは現在、第一の魔法『創造の奇跡ビッグバン』が使えない。

 

 『魔王』の魔法である『泡沫の奇跡』によって、イグニのが消えた。だから、彼はもうその魔法が使えない。


 しかし、イグニの奇跡は世界の創造。

 『魔王』が消したのはイグニの魔法だけではなく、イグニが生み出した『小宇宙ファイアボール』ごと消したのだ。


 故に、『魔王』は魔法の容量キャパシティをオーバーした。


 当然、『泡沫の奇跡』に理論上のキャパシティは無い。

 無制限に自分にとって害のある物を消せる。


 しかし、それはあくまでも理論の話。現実として『魔王』の処理能力はここに来て、限界を迎え彼が持つ『泡沫の奇跡』はイグニの魔法によって焼き付いてしまい、使となった。


 魔法同士の刺し違え。

 だが、イグニはまだ『魔法』が残っており『魔王』にはまだ英雄たちが残っている。


 故に、


「ここからが本番だ」


 イグニは不敵に笑う。


 手元に生み出される無数の『ファイアボール』が『魔王』に向けられる。


「『発射ファイア』ッ!」


 ズドドドドッ!!!!


 イグニの『ファイアボール』が雨のように降り注ぎ、周囲の建物を木っ端微塵に砕きながら『魔王』を潰さんと、『ファイアボール』の圧をかける。どんな防御魔術を使っていようとも、それが魔術である限りは必ず突破できる。


 刹那、『魔王』の張っている防御魔術が砕ける音が響くとイグニの『ファイアボール』が貫通し叩きのめした。


「どうだ、イグニ!? 手応えは!!?」

「いや、駄目だ。まだ足りない……ッ!」


 爆炎の中から飛び出したのは『魔王』ではなく、2人の英雄。


 魔術師の姿をした2人は『ファイアボール』を撃ち続けているイグニに向かって魔術を使う。どちらも上級魔術。凄まじい練度と速度。彼らが実戦に慣れている魔術師であることは疑いようがない。


 だが、その魔術はイグニの元に届くよりも先に、2人の少女によって防がれた。


「『風は壁となりてヴェントス・マルス』」

「『術式浄化スペル・スプリット』っ!」


 そして、その空いた隙間にユーリの手が伸びる。


「『深淵弾アビソス』っ!」


 放たれた2つの弾丸を、英雄たちは回避。

 しかし、そこにイグニの『ファイアボール』が飛んでいる。


「『起爆ファイア』ッ!」


 絶対に逃げられない位置での大起爆。

 英雄たちは飛んできた『ファイアボール』に対して、防御の姿勢を見せること無く蒸発した。


「……畳み掛けるぞッ! 『魔王』が次の魔法を使う前にッ!!」

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