第8-22話 対敵、決戦
「……大丈夫かな、あの2人」
イグニは既に見えなくなった2人を振り返るようにしてぽつりと呟いた。
「……言ったって仕方ないわよ。今もう、祈りましょう。2人の無事を」
「そう……だな。そうしよう」
アリシアに励まされるようにイグニは首を縦に振った。
確かに彼女の言う通りだ。
彼女たちの心配をしたってしょうがない。
やるべきなのはただ……前を向くこと。
「一応、偽装魔術張りなおす。……あんまこいつを過信すんなよ」
アビスがそういうと、魔術によって半透明のフィルムがゴーレムにかかったのが分かった。偽装魔術は、止まっているならまだしも動いていると効果は半減するのだという。それも、こんな速度で移動しているのであればなおさらだ。
勘の良いモンスターがいれば、すぐに気が付かれてしまうという。
だがそれでも、使わないわけには行かないだろう。
気休めでも、無いよりはマシなのだから。
「こっからは『英雄』がどこをほっつき歩いてるか分かんねェ。今まで以上に気ィ引き締めろや」
「……この間みたいに狙撃されたりとか?」
「……どうだろうな」
アビスはただ前方を睨みつけながらユーリの問いかけに返した。
「『魔王軍』がどういう風に『英雄』を把握しているかなんて知らねェけど……まさか、管理してないってことはねェだろ。なら、俺たちが『英雄』を殺して回ってるってのも向こうに伝わってるはずだ」
「……そ、それなら私たちが攻めてるってことが『魔王』に伝わってるかも知れないの?」
「あァ、もちろんだ」
ローズの焦ったような発言にも、アビスは静かに頷く。
「だがな、俺たちの存在にはまだ気づかれないと見るべきだ。もしバレてるならこんなにもスムーズに動くわけがない。だから、今の内に攻めるんだ」
「……そろそろ公都が見えてくるよ」
マリオネッタのゴーレムは地面を蹴った瞬間、ばっ! と視界が移り変わって、大きな市壁が見えてきた。ぐるりと街の周囲を囲むように築かれた壁は、元々は公都が敵からの防衛に備えて作られたものである。
しかし、今は違う。
今は『魔王』に仇なす人類を食い止める大きな壁になっているのだ。
イグニが頭の中でどうするのかを考えた瞬間、マリオネッタがゴーレムを急制動。
突如として動きが鈍化したゴーレムは、公都を目の前にして完全に停止した。
「……これは、まずいね」
「あァ、どうにかする必要があるな」
前方にいた2人が同時にそう言うので、イグニたちが彼らの合間を縫って這い出ると、そこにいるモンスターたちを見て黙り込んだ。
巨大なドラゴンの骸が15体ほど公都の周りで眠りについており、その下では数mはありそうな蜘蛛たちがぴょんぴょんと跳ねながら遊んでいる。そして、その近くにはずらりと並んだ黒い鬼たちが岩石を削りだしたと思われる棍棒を持って立っている。
そして、その鬼たちから遠く離れた場所には全身が真っ白い巨大な狼が数十匹眠っているではないか。
「スカルドラゴンに、ヘルスパイダー、ロストオーガにエンドガルム。……よくもまぁ、あんなに上位のモンスターを揃えたものだ」
感心したようにマリオネッタがぽつりと呟く。
「チッ。やっぱりこっちの世界で“極点”が消えてから準備を進めてたな……。俺たちが相手したときよりもモンスターの数が増えてやがる」
「あれを相手に偽装魔術のまま乗り込めると思いかい?」
「思うわけねェだろ。暴れンぞ」
「……陽動か。やっぱりやるしかないよね」
「あァ。このクソガキを公都の中に打ち込む。できるな、マリオネッタ」
「“極点”様から期待されたら……やるしかないよね」
「よし」
アビスは頷くと、最後に振り返った。
「ここで、全部を終らせる。俺とマリオネッタがここで全てのモンスターを自分たちにおびき寄せる。その間にお前らは公都に乗り込め」
「マリオネッタがいなくても、ゴーレムは動くのか?」
イグニの問いかけに、マリオネッタは頷いた。
「元々自律型のゴーレムだよ。これくらいの距離ならちょっと命令すればすぐさ」
「……分かった」
「じゃあ、後は任せたよ。全部が君にかかってるんだから」
「あぁ、任せくれ。俺は最強だからな」
「ははっ。曇りなくそう言えるのが羨ましいよ」
マリオネッタは一足先にゴーレムから降りる。
そして、ぽん、と軽くゴーレムに触れた。
「……
アビスはそういうと、彼もまたゴーレムから降りる。
そして、地面に
「――来いや、『天使』」
刹那、世界がねじれると……そこから、真っ白い彫刻のような巨大な生き物が出現した。全長は数m。いや、十数mはあるだろうか。大きな輪っかが天を貫いて、何枚もの複数の翼が無機質に動かされる。
「行け、クソガキっ! 人類を救ってこいッ!」
「……ああ!」
バン!!
と、弾かれたようにゴーレムが前に飛び出した。
偽装魔術が張られているとは言え、相手は超級のモンスターたち。
当然、そんな速度で動けばバレるに決まっている。
しかし、モンスターたちの視線はイグニたちのゴーレムには向けられない。
当たり前だ。
そんなものを見ているほどの余裕があるモンスターなど1体もいないからだ。
「さァ、ギリギリまで暴れろ。『天使』」
魔力切れによってひどく顔色の悪くなったアビスがそういった瞬間、高次元生命である天使の叫び声が世界に轟いた。そして、別次元の魔術が放たれる。
しかし、それは3次元という低次元では情報量を許容できず無限を内包し、
「全部、消し飛ばせ」
この世の全てを灰にする。
『魔王』のモンスターが生き返るのは身体があるからだ。
少しでもパーツが残っていればそれらが集まって身体になる。
だが、そのパーツも残らず灰にしてしまえば。
原子レベルに分解してしまえば。
「戻ンねぇだろ」
ただのモンスターになる。
『天使』の砲撃の合間を縫うようにして、イグニたちを乗せたゴーレムは地面を蹴る。公都を守るように配置されたモンスターたちが悲鳴をあげる暇もなく灰燼と化していくのを背に、ゴーレムが地面を蹴る。
そして、遥か上空からイグニはそいつを見つけた。
公都は広い。無数の建物がある。
だが、すぐにそいつは見つかった。
ただ憎しみだけが巣食っている瞳が虚空を睨んでおり、公都の道路は全て『人の澱み』によって深く深く汚染されている。あれだけの超級のモンスターたちが外に配置されていた理由が分かった。
ここまで『人の澱み』が濃いと、モンスターですらも満足に動けない。
たった1人で街そのものを汚染してしまう『魔王』の瞳がイグニに向けられる。そして、彼の魔力が熾された。
「……ッ! 『
それよりも先にイグニの魔法が空に激しく煌めいた。
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