第8-19話 強襲前夜

 ぱちり、と薪の爆ぜる音がした。

 どっぷりと日は暮れて、夜の冷え切った世界をちらりと雪が彩る。天高く輝く星々は無情にも同じ光を、人間にもモンスターにも降り注いでいた。


 一番の問題点であった平地を抜けて、イグニたちは公国と王国の国境を超えるか超えないかという地点で立ち止まって休息していた。


「恐らくだが、『魔王』は公都リヒリアにいる」


 アビスがそう言った瞬間、彼を除いた全員の視線が交差する。何という偶然か、いまこの場にいるメンバーは全員、そこで戦ったことがある。因縁があると言っても良い場所だ。


「……なんでそこに?」


 その中にいるメンバーを代表するようにイグニが尋ねた。


「なんでって……神聖国を突破し、公国を落とした。次は王国ってタイミングで、指揮官として一番良い場所はどこだ? 公都だろ」

「……なるほど」

「そうだろ? お前ら」


 アビスがそう声をかけると、地面に伸びていた木の影からぬっと頭が出てきた。


「だと思うよ。まぁ、僕の推測だけど」


 そこから見えているのは“傀儡”のマルコ。その頭だ。


「わぁ!? ね、姉さま! お化けです!」

「失礼だな。僕はれっきとした死人だぞ」

「な、なんで死んだのに喋ってるんですか」

「蘇ったから」

「や、やっぱりお化けじゃないですか!!」

「あんなのと一緒にするな。僕はちゃんと自意識を持ってるぞ」

「お、お化けだって喋りますよ!」


 マルコは明らかにニエをからかっている様子で、けらけらと笑いながら相手をしていたが、それを見かねたアビスに止められた。


「……そろそろ良いか?」

「もちろん」


 マルコが半笑いで答えるその横ではラニアの膝に顔をうずめてマルコを見ないようにしているニエの姿があった。可愛い。


「僕が聞いている『魔王軍ぼくら』の侵略ルートが変わってない限りはそこを通るだろうね。元々は防衛戦を考えて作られた街でしょ? 人間からの攻撃に対応するには、すごく便利な場所だと思うけど」

「……なら、公都リヒリアの可能性は高いんだね」


 煙草の煙が無理だからとローズとラニアから押しのけられて、1人焚き火から離れた場所で静かに煙草を吸っていたマリオネッタがそう聞いた。


「話が変わってなければ、だけど」


 マルコが念の為、と言わんばかりに付け加える。

 あそこまで暴れ馬だった彼をアビスはよく押さえつけたものだ。


 一体どんな飴を渡したのだろうか。


「公都リヒリアには、明日中にでも辿り着けるよ」


 マリオネッタは煙草を消すと、そう言いながら暖を取りに来たがラニアとローズから露骨に『近づくな』という視線を向けられて、すごすごと対角に移動していた。可哀想に。


「クソガキ。魔力の方はどうなってる」

「……少し足りないが、明日には十分貯まる」

「分かった」


 アビスは静かに頷くと、全員を見渡した。


「大きな障害が無い限り、明日には……公都での決戦となる。『魔王』の使う魔法の恐ろしさについては説明したが、お前がどうにかしてくれるんだろ? イグニ」


 初めて名前を呼ばれた状態でイグニは首を縦に振った。


「『魔王』を倒せばサラとのパスが戻る。そうなれば、きっと……大丈夫だ」


 だが、それはつまり『魔王』との戦いにはサラのパスがない状態で挑まなければいけないということを意味している。そのために魔力を予め魔石に移していたのだが……わずか1週間で貯めた量で、イグニは『魔王』相手にどこまでやれるか分からないのだ。


 分からないが、そんなこといつも通りだ。


 ただ、目標のためにやるべきことをやる。

 『魔王』を倒し、消えたはずの“極点”たちをこちらの世界に呼び戻す。


 それができれば、


「なら今日は休め。明日に備えろ。休むのも、仕事だ」


 モテモテライフが待っているのだから。


 イグニは来たるべき理想の未来に向けて、心の内で覚悟を決めるべく拳を握りしめて何度も己を鼓舞した。


 さて、休むとは言ってもイグニたちは野宿である。


 当たり前だ。崩壊した公国のどこに彼らを泊めてくれる場所があるのだと言うのだろうか。


 だからこそ、冬の夜に野宿をするとなるとそれなりの装備がいると全員が荷造りに苦労していたのだがマリオネッタが2人も入れて外気温に影響を受けること無く室温を一定に保てる仮設住居型ゴーレムを複数持っていると言ってから、それらの準備が全て必要無くなって一躍彼は時の人となった。ヘビースモーカーすぎて、本当に一瞬だけだったが。


 そんなゴーレムの部屋割であるが、当たり前というかイグニとユーリは同室。そして、ついでにエドワードも一緒だ。基本的には2人運用だが、頑張れば3人寝れないこともないとマリオネッタに言われたからだ。


 ロルモッドから遠く離れたというのに、それを感じられないようなルームメイトたちににイグニは思わず笑ってしまったのも、仕方のないことだろう。


「わ、見てみて。イグニ。ちゃんとゴーレムの中にベッドがあるよ!」

「狭いけどちゃんと2人も寝れるのか……。でも、ベッドは2つしかないぞ?」

「お前たちはベッドで寝ろ。僕が床で寝る。マットも毛布もあるみたいだからな」


 ゴーレムの中に入った3人は中の作りに感激。

 外は吹雪始めていたが、中は温かい。


 いや、外と比べると暑いくらいだ。


「しかも、これってゴーレムだから移動もできるんでしょ? マリオネッタさんがそう言ってたよ」

錬金術師アルケミストって凄いんだな。僕も“適性”があれば……」


 今回はその移動機能は活用しない。

 アビスが貼った完全なる偽装魔術は移動すると効果が無くなってしまうからだ。


 イグニは靴と服を脱いでベッドに横になる。

 シャワーの1つでも浴びたいが、それをこんな状況で望むのは贅沢というものだ。


 仮設住居型ゴーレムには窓がついており、雪が一生懸命窓にあたっては激しく自己主張を繰り返す。それを見ながらイグニはゴーレムの中に付いていた魔導具の灯りを消した。ふ、とゴーレムの中に暗闇が訪れる。


 そして、ごうごうという雪の音だけが中に響いていた。


「なんだか、こうしているとあの時を思い出すね」

「あの時?」

「ボクたちの部屋に、アリシアさんがやってきたときだよ」

「……あぁ」


 そういえばあの時も、悪天候だった。

 アリシアがセリアから逃げるために天候すら書き換える魔術を使ったからだ。


「……俺は、公国にはじめてきた時を思い出したよ」

「懐かしいな、あれももう半年近く前のことか」


 あの時もイグニと一緒に公国に向かったエドワードがそういって微笑んだ。


「あの時は、リリィがいたんだ」


 だが、ふとイグニは心配になってそんなことを口走った。


 彼女はエルフの国に帰った。

 ちゃんと元気でやっているだろうか。


「大丈夫だよ、イグニ。明日、『魔王』を倒せば全部が解決だから」

「ああ、イグニなら『魔王』を倒せる。僕は信じているぞ」


 2人に言われて、イグニは拳を掲げた。


「俺に任せろ」


 そういって3人で笑いあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る