第8-18話 狙撃する魔術師
「おい、良いか。クソアマ」
森の中を信じられない速度で駆け抜けながらアビスは猫のように片手で掴んでいるユーリに呼びかけた。
アマ、とはつまり女の子のことなので、ユーリは最初、アビスが誰に話しかけているのか分からなかったのだが、たっぷりと時間を取ったあと彼が話しかける相手が自分しかいないことに気がついて、すぐに返事をした。
「あ、はい」
「狙撃ってのは撃つ前で全て決まる。お前が持ってる最大射程の魔術を教えろ」
「あ、えっと……『
「それじゃあ足りねぇ。今から『
「……う、嘘ですよね!?」
ユーリは耳を疑った。『
ロルモッドでも当然、教えている魔術ではあるが……習うのは2年生の後期、つまり本来であればユーリたちが1年後に身に着けるべき魔術なのだ。
その難易度はすなわち、深淵の闇を弾丸として形成する部分にかかっていると言っても良い。この世に存在しないものを本来であれば通じるはずのない穴を開けて取り出し、弾丸状にする。
さらっと空間に関する魔術に手をかけているのだ。
「
「……っ! 分かりました!」
「良い目だ。止まるぞ」
アビスはそう言うと、大きな木の幹に足をかけて停止。
近くある枝にユーリを降ろした。
「向こうは狙撃の名手だ。外したら二射目は無いと思え」
「……あ、あの」
「あん?」
「どうして、狙撃の名手がゴーレムの足を撃ったんですか? だ、だって、普通に乗ってる人を撃てば……」
「馬鹿か? 乗ってる奴を撃った所で……殺せるのはせいぜい2人。あのメンツだと、初撃に気が付かなかったにしても2人目以降は俺か、クソガキが防いでた。だがな、足を止めちまえば話は別だ。見通しの悪い森の中で1人1人狩っていける。わざわざ、こうして森の近くで俺たちを撃ってきたのは、俺たちが森に入ることを予想してたンだよ」
「……つまり?」
「袋のネズミだ」
「……な、なるほど」
「関心してる場合か?」
「い、いえ」
アビスは木の幹に手をやると、そこが黒く染まり……とぷん、とアビスの手を飲み込んだ。そしてすぐに彼が手を引き抜くと、そこには1枚のスクロールが。
「これが『
「……はい」
「初撃の弾丸。あれが十中八九、信号魔術だ。森の中に入っていても、向こうはあのゴーレムの場所を特定できる」
「じゃあ……!」
「心配すンな、クソアマ。なんのために偽装魔術を使ったと思ってンだ。最低でも5分。それだけは稼げる。お前は魔術を覚えろ」
アビスに言われるよりも先に、ユーリはスクロールに目を通した。
彼だって、村では神童と呼ばれていたのだ。適性だって【闇:S】もあるのだ。
やってやれないことはない……ッ!
「お前に足りないのは圧倒的に実戦経験だ」
「……実戦、ですか」
「そうだ。あのクソガキは、腹立たしいことにそれがアホみたいにあンだよ。どんな状況でも諦めずに常に己のできる最大限のことをやってる。それが、お前とアイツの差だ」
“闇の極点”である彼は枝の隙間から頭を出して崖の位置と今来た場所をちらりと振り返りながら言葉を紡ぐ。
「だから、お前もやれ。追いつきたいならな」
「……はい!」
魔術式を頭の中で再生する。何度も何度も目を通して頭の中で焼き付ける。
その時点で既に1分は使った。残り4分。
「急げ。すぐに形にしろ」
「…………」
アビスは目元に魔術陣を浮かび上がらせながら、ある1点を見つめている。
「もう狙撃手の場所も顔も特定した。どっかで見たことあると思ったら……あれは、狩人の神って呼ばれてる“
ユーリもその名前は聞いたことあった。
まだ村にいたときに、猪や熊を狩っている猟師のおじさんから彼女の伝説を何度も聞いたことがあったからだ。
曰く、3つ離れた山にいる主を倒したのだと。
曰く、彼女に近づいた鳥は何もしなくても勝手に落ちたのだと。
曰く、彼女を殺そうとした魔術師は家を出たときにはもう心臓を穿たれたと。
それは、遥かに古いおとぎ話だ。
しかし、それよりもユーリには気になったことがあって、
「あ、あの……」
「あ? 形にできたか?」
「いや、そうじゃなくて……アビスさんも、絵本って読むんですね」
「……俺のこと生まれたときから大人だと思ってンのか?」
「い、意外だったってだけです!」
ユーリはすぐさま返答すると、手元に『
どろりとした深淵の闇が形になって、彼の手元に出現する。
だが、まだ甘い。
式を完全に理解しきれていないため、形が定まらない。
「おい、クソアマ。時間がねぇ。あと30秒だ」
「……はい」
静かにユーリの意識が闇の底へと沈んでいく。
『
深淵から闇を取り出す過程、それを弾丸に成形する過程、そして最後に射出する過程だ。
この内の2つ目が、ユーリの理解を拒んでいる。
シンプルに術式が難しいのだ。
「……時間だ。用意しろ」
いや、待て。理解できなのであれば、
「……はい」
刹那、ユーリの脳に煌めいたのは天啓にも似た魔術の閃き。
彼もまたロルモッドの入学生。稀代の神童と謳われた、天才の1人である。
ならば、この土壇場での魔術の改変も、
「
可能だ。
「面貸せ」
アビスの手がユーリの右目を覆う。
だが、そこにはアビスの見ている景色が映っており……そこには真っ赤な線が一本、伸びていた。
「お前が魔術をやってる間に、俺が弾道予測線を計算した。これにそって撃て」
きりきりと視点がアビスからユーリへと切り替わる。
アビスの手元に生成されている映像では細長い魔術陣を地面に描いて、静かにこちらを睨んでいる厳つい狩人の姿が映っていた。
……本当に、絵本のままだ。
思わずユーリもそう思ってしまうほどで、
「絶対に外すなよ」
「分かってます」
外さない。外すことなど、ありえない。
静かにユーリは吐き出すと、改変したばかりの『
パァン!!
空気を裂く音が響くと同時に音速の数倍で射出された魔術の弾丸は、まっすぐマガチに向かって飛んでいく。
だが、アビスの手元の映像ではマガチはなにかに反応するように魔術陣に魔力を走らせて……。
ガッ!!!
刹那、世界が弾けた。
「……アイツ。魔術の弾丸に魔術をぶつけやがった……ッ!」
アビスが唸る。いや、しかしそれは予期できていたこと。
イグニですら、『
「大丈夫ですよ、アビスさん」
ユーリは弾丸が逸らされたというのに、酷く冷静に答える。
そうだ。イグニですらやっている。
だからマガチがユーリの魔術を弾くことは予想できた。
予想できたからこそ、彼はこの土壇場で魔術を改変したのだ!
「ボクの魔術は絶対当たりますから」
ぴぃぃいいい!!
と、甲高い……この場にふさわしくないような、鳥のような声が響くと同時にアビスが見ていたマガチの身体が吹き飛んだ。
「……なにやった、クソアマ」
「魔術に意思を与えて、魔術
「上出来だ」
アビスはほう、と息を吐くと……踵を返した。
「帰るぞ。急がねェとな」
「あ、あの……あと、アビスさん」
「あァ?」
「ボク……男です」
「は?」
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