第8-20話 白夜姉妹:上

「……おいおい、流石にこれは」


 森を抜け街道を避けるようにぐるりと山の中を走りながらイグニたちは公都に向かっていたのだが、マリオネッタはアビスから指示を受けてゴーレムを停止させた。そして、影に潜みながらそう声を漏らしたのは……イグニだ。


「どうする……?」


 地平線を埋め尽くすようにして、公国の間を埋め尽くしているのは数十万というモンスターの群れ。それは地面だけではなく、天にもひしめき……空は晴れているというのにも関わらず、まるで曇天のようにも見えた。


「おい、マリオネッタ。こっから公都まではどれくらいかかる」

「……んー。このゴーレムだと、傷つかずにいけば最高速度3時間ってところから」

「3時間、ね」


 イグニはその優れた視力で、モンスターたちを見た。見てしまった。


 その数十万のモンスターのほとんどは人間である。神聖国にいた人間が、公国にいた人間が、国を追われた人間たちが、“魔族”が、“咎人”たちが、皆物言わぬ骸となって地平線を行進していた。


 その光景を地獄と呼ばずになんと呼ぼうか。


「マリオネッタ。このゴーレムって、道がどんなに悪くても最高速度で走れる?」

「……難しいことを聞くね、ラニア。まぁ、頑張ってみたら……できないことは無いかな」

「そう……。じゃあ、私が道を切り開く」


 ラニアはそう言うと、短剣を抜いた。

 彼女はそういって、ゴーレムから降りると……1人で山を下って、モンスターたちに向かっていく。


「一日一度の『権能解放』。でも、私は権能を貯金してるから……全部で5回使える。その5回が勝負。その間に、この地獄を突破しよう」


 そして、静かに短剣の柄を撫でた。


 “白”のラニア。彼女は凡人である。

 魔術に秀でているわけでも、剣術に秀でているわけでもない。


 ただ、彼女が持っている剣だけは……別だ。

 

 魔剣、と呼ばれる剣がある。

 それは地下迷宮ダンジョンの奥深くで産出すると言われている武器で、人智を超えた力を発揮するという。それが『権能解放』。魔剣の『権能』に1つとして同じものはなく、それは時として魔法にも並ぶ技として知られている。


 なぜ、たがだが武器がそんな性能を持っているのか。

 どうして武器ごときが魔法のような秘技を使えるのか。


 それに答えられる者はいない。


 一説によると、魔剣とは遠い世界で英雄だった者の残滓が、悠久の時を経てやってきたものというものもある。


 ……だが、そんな物はどうだって良い。


 術理なんて必要ない。理由なんて必要ない。

 ラニアには、そんなことなど分からない。


 ただ、傭兵らしく使える物はなんでも使う。

 それだけなのだから。


「『万象断つは我にありポロス・ウルティネス』ッ!」


 ――イィィィイィイイイイインンンンッッツツツ!!!


 刹那、イグニたちに映っている視界……その全てが、真横に斬れた。その目の前に存在していた数十万のモンスターが、その奥にあった家々が、そしてその後ろに大きく控えていた山脈たちが、一斉に真横に断ち切られると、そのまま落ちていく。


 イグニは僅かな間に、自分の目が斬られたのかと思った。


 眼球が斬れたから、視界がズレたのだと……そんな、不思議なことを考えた。


 だが、事実としては違う。


 ラニアの持つ魔剣によって全てが斬れただけだなのだ。


「マリオネッタっ! ゴーレムをッ!」

「あ、ああ!」


 ラニアに発破をかけられて、マリオネッタがゴーレムを動かす。凄まじい速度で山を駆け下りると、残心しているラニアを拾い上げて一瞬にして屍の海と化した平原をマリオネッタが駆け抜ける。


 だが、それを許してくれない者たちが……遥か上空から見下ろしていた。


「妹ちゃん、やれる?」

「はいです」


 ニエはこくりと頷くと、魔力を熾した。


「『夜よ、来たれ』」


 刹那、空に炭でも垂らしたかのようにどろりとしたどす黒い闇が走ると……凄まじい勢いで空を埋め尽くしていく。そして、空を待っていたハーピーやキメラと言ったモンスターたちが、バタバタと……落ちていく。


 それは不思議なことに、酸欠で死ぬ魚のようにも見えた。


「……すごい」


 イグニの隣にいたユーリがぽつりと呟く。彼もまた【闇】属性の使い手。

 ニエの魔術に思うことがあるのだろう。何かを学ぶようにじぃっと空を見ていた。


「この平原を抜けたら……後は一本道だ。走るだけだよ」


 無数にいたモンスターたちの死体を飛び越えながら、マリオネッタがそう叫ぶ。

 

「ここを抜けたら後は山道。最後の平原なんだよ」


 マリオネッタの言葉に、イグニは嫌な予感が走りぬけた。

 彼のゴーレムを使って平原から公都までは3時間かかるという。


 ならば、どうしてここのモンスターたちは……ここに置かれていたのだろうか、と。


『魔王』の魔法によって強制的に動かされるモンスターたちは、基本的に意識がない。誰かに命令されないと満足に行動すらできないのだ。そんな彼らがただ漫然とこの平野におかれることなんてあるだろうか。


 いや、あるはずがない。


「……っ!」


 平原を駆け抜けるとほぼ同時、ラニアによって断ち切られたモンスターたちの身体は人知れず繋がり合うと……そのまま、イグニたちに向かって一斉に襲いかかってきた。


「ひぃっ!」


 その鬼気迫る様子にユーリがイグニに抱きついてくる。

 

 ……なんでユーリは女の子じゃないんだ!?


 と、イグニは思ったが状況が状況なので顔に出せない! 苦しい!!


「……マリオネッタ、本当にここから先は一本道なの?」

「ああ、この街道をまっすぐ行くだけだよ」


 腐臭と死臭の漂う石レンガの道の奥を見通しながらラニアに答えた。


「じゃあ、妹ちゃん。そろそろ私たちの出番だね」

「……ですね」


 姉の問いかけに……ひどく、嫌そうにニエは頷いた。


「ここは私たちが止める。公都にたどり着くまでに、他のモンスターは一匹も通さない」

「……それは、助かるが。でも…………」


 今は距離が空いているが、モンスターたちは段々とゴーレムに近づいてきている。それもそうだ。身軽なモンスターと比べて人間を何人も乗せて走らせているゴーレム。長期的にみればともかく、瞬間的に見ればどちらが早いかなど……知れている。


「気にしないで、私たちはやるべきことをやる。だから」


 ラニアとニエはゴーレムから同時に飛び降りて、叫んだ。


「しっかり私たちの勇姿を称えるのよ! 本と吟遊詩人を使って!」


 ニエの魔術が2人を包んで、柔らかく着地。

 『人間を襲え』とインプットされただけのモンスターたちが2人に向かっていく。


「“白夜しろくろ姉妹”ここにありってね!」


 そして、再びあの斬撃の音が世界を叩きのめした。

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