第8-14話 旧知の魔術師:下
「い、良いよって……何を言ってるんですか!? だ、大丈夫ですか姉さま! 何か変なものでも食べたんですか!?」
「いやいや、妹ちゃん。私はいつも通りだよ。いつもどおりにクレバーだよ!」
……ん?
イグニはふと疑問に思ったが、わざわざ突っ込む必要もないと思い黙り込んだ。
「おかしいとは思ってたんだよ。ずっとずっと、私たちには適切な仕事が来てないんだって!」
「そ、それは……」
「私たちの実力ならもっと大きなことができると思ってたんだよ! そのチャンスが来たんだよ、妹ちゃん。もうやるしかないじゃん」
「それは……そうかも……知れないですけど……」
ニエの歯切れは悪い。
いや、悪いと言うよりもこっちの方が正しいと言うべきか。
「で、でも姉さま。今の『魔王』は“極点”すらも消したんですよ!? 私たちが勝てるような相手じゃ……」
「いや、それは大丈夫だ。『魔王』を倒すのは……俺だからな」
イグニがそういうと、ニエはそのまま黙り込んで……考え込むような姿勢を見せた。
「妹ちゃん! ここは悩んでるような状況じゃないんだよ! こんな大きいチャンスなんて二度と回ってこないんだからやるしかないの! さぁ、顔をあげて!」
そういって無理やり顔をあげさせたラニアはニエの顔をぎゅっと掴んで微笑んだ。
「『魔王』を倒すのに力を貸すなんて、自分の人生で2度も無い大チャンスなんだよ。妹ちゃん。ここで挑戦しなかったら、私たちが名をあげる機会は二度と来ないよ!」
「に、二度と……」
ニエの中で天秤は揺れ動き続けているのか、不安そうな顔を浮かべて……彼女は黙り込んだ。だが、ラニアは止まらない。
「死ぬのが怖いの? 妹ちゃん」
「……はい」
それは、至極当然の気持ちだろう。
当たり前だ。誰だって死にたくない。
「いつものことだよ、妹ちゃん」
しかし、ラニアはそう言って微笑んだ。
「私たちはずっと色んなリスクを抱えて挑戦してきた。いつだって、どんな時だって、私たちが何にも危険を抱えずに何かをやってきたことなんて何もない。そうでしょ?」
「……それは」
「『魔王』を倒すってのは……今までやってきたことに比べて、
「……はい」
絞りだすような小さな声。
しかし、その声は震えている。
「ねぇ、妹ちゃん。これまで色んなところに行ったでしょ? 公国で聖女様を
犯罪行為しかしてないのか……と、思ったが冷静に考えてみれば傭兵は普通の要請では人が集まらない場合に金を払って人を集めるシステムである。よく考えれば分かることだが、人が集まらない任務なんて犯罪行為か危険なクエストに決まっているのだ。
「でもね、それらのやってきたことも、最悪のリスクは死ぬことだったんだよ。戦場で魔術がかすったときに、公国で“極点”がすぐ近くにいたときに、私たちはいつ死んでもおかしくなかった。ね? だから、死ぬことなんて私たちにとってはいつも通りなんだよ」
随分と割り切った死生観だな、とイグニは思った。
その割り切りは彼女たちが傭兵としてやっていく上で必要なことだったのかも知れない。
「……そう、言われたら、そんな気も……してきます」
「だからね、これは凄いチャンスなんだよ。妹ちゃん。リスクは今までのまま、リターンは大きい。そうでしょ? イグニ」
「ああ、もちろんだ」
急に話を振られたイグニだが、その話が来ることは予想がついていたのですぐに答えた。
「今回の
もちろんイグニはその2つとも必要ない。
ただ、当たり前の話として……『魔王』を倒した勇者が、モテないはずがないだろう。
「……分かり、ました。私も、やります」
「そうこなくっちゃ」
ラニアは雪の中で微笑んだ。
「それでこそ、私の妹ちゃんだよ」
そういって2人はイグニに向き直った。
その顔は覚悟を決した顔。
ならば、それ以上の言葉は不必要だろう。
「……ここから南東に4km行った所に俺たちの防衛拠点がある。そこで、待ち合わせしよう」
「イグニは先に帰るの?」
「いや、俺はもう少しやることがあるから……ここに残る」
「そっか。じゃあ、また後でね!」
雪崩によってぐしゃぐしゃになった斜面をラニアとニエはひどく歩きづらそうに渡っていく。彼女たちが斜面を抜けるのをしっかりと見送ったイグニは、白い息を吐き出しながら自らの後ろから漂っている気配に声をかけた。
「で? いつまでそこにいるんだ?」
「……いつから、気がついてたんだい?」
「最初から」
そこから出てきたのは……中肉中背。どこにでもいそうな中年の男。
40代後半か、50代前半にも見える彼は片手に煙草を吹かしながら、ゴーレムの片手に座っている。
「そもそも、俺をここに呼んだのはお前だろ?
それは公国で戦った錬金術師。
誰よりも自らの才能に諦めを付けていた彼は、自らの才能に頼らない方法で強くなり……そして、イグニに敗北した。
「ずっとあの2人の後ろをつけてたのか?」
「まさか。たまたまだよ」
マリオネッタは肩をすくめる。
「凄い音がしてね、そちらの方に近づいていったら雪崩がしてるじゃないか。でも、その中にいる君たちをみて……僕は、ちょっと傍観者になろうと思ってね」
「また下らない嘘を……」
イグニはため息をつくと、マリオネッタに向かい直る。
「そもそも雪崩が起きる直前に魔力を熾して、居場所を俺に教えたのがお前だろうが」
「バレた?」
平然と、そんな意味のない嘘がバレたというのに顔色を1つも変えずマリオネッタは微笑んだ。
「なんのためにあの2人を助けた」
「味方だってアピールするためだよ」
「……は?」
彼とは一度敵対関係にある。
“
「……必要だろう? 『魔王軍』という軍勢に立ち向かうなら、こちらにもそれを向かい打つ軍勢が」
そういってマリオネッタが自らの煙草を捨てた瞬間、ズドドドッ!! と、雪の中から現れるのは無数のゴーレムたち。それらはマリオネッタに統率される軍隊のように綺麗に整列。
「何が目的だ? マリオネッタ」
「憧れだよ」
「……?」
「僕だって……小さな頃に、憧れたんだ。『勇者』って存在に」
彼はゴーレムの手から降りると、微笑んだ。
「これは最後のチャンスなんだよ。僕が僕のことを好きになるための、最後のチャンスなんだ」
「……あぁ、そういうことか」
イグニもまた、男だからこそ……分かることもある。
彼は差し出された手を握りしめて、笑った。
「まさか、手を組むことになるなんてな。マリオネッタ」
「うん? 僕はいつかこうなるかもって思ってたよ。傭兵だからね」
そういって笑うマリオネッタは飄々としていてどうにも掴みづらい。
だが、それもまた彼の処世術なのだろう。
その時、ふとイグニはとある可能性に思い当たって彼に尋ねた。
「なぁ、雪崩が起きたのってお前がゴーレムをここらの斜面に埋め込んだからじゃねえの」
「その可能性は否めないね」
「だったら、お前が俺を呼んだのって……尻拭いをさせるためか?」
マリオネッタは無言で煙草を取り出した。
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