第8-15話 静寂
「それで……いつになったら、この場所について説明をしてくれるんだい?」
『少し走ってみたが……どこまででも行ける。そして、何もない。こんな奇妙な空間を……魔術で作れるものなのか』
アビスは『
「お前ら『眷属』はどうした」
「なにそれ。そこら辺にいた変なモンスター?」
『あれなら根こそぎ倒してしまったが……』
根こそぎ倒しただと?
数百万はいるんだぞ……とアビスは思わず悪態を付きそうになった。
しかし『眷属』とは、この2次元平面に生息する謎の生き物。
放っておいてもそこら辺から勝手に生えてきたりするので、アビスはそれ以上つっこむことなくスルーした。
「まァ、それならそれで良い。あと、この空間は魔術じゃなくて魔法だ」
「魔法? なんだいそれは」
『うむ。我も魔法なるものを聞いたことがない』
マルコとルーラントは口を揃えて言うものだから、アビスは閉口。アリシアたちから『英雄』とは過去に存在した偉人のことであると聞いてはいたものの、まさか魔法を知らないなんて思いもしなかった。
「魔法ってのは……0から1を生み出すモンだよ。魔術とは根本から原理が違う。詳しく知りたいならいくらでも語ってやってもいいが」
「知りたいね」
少年のように目を輝かせながら答えるマルコ。
だが、アビスはそれを遮って答えた。
「駄目だ。こちら知りたい情報を先に答えてもらう」
「えー。またその形式?」
「当たり前だろ。お前ら捕虜だぞ」
自分の立場分かってンのかよ……と、ため息をつきながらアビスは懐から地図を取り出して広げた。そこに描かれているのは、公国と王国の国境付近。つまり、彼らが現在いる場所だ。
さらにアビスはその地図に連なるような地図を複数取り出して組み合わせ、1枚の大きな地図にしてしまう。
「『魔王』の位置を教えろ」
『答えぬ』
「お前はそうだろうな」
アビスは端から
だが、アビスが相手にしようとしているのはルーラントではなくマルコ。
こちらはまだ、話が通じると思ったのだ。
「僕たちが出発したときには、ここにいたね」
しかし、マルコはすぐに地図を指さした。
『マルコ』
「気にしないでいいよ、ルーラント。どうせ彼はもう移動している」
「だろうな。俺だってそこにいると思っちゃいねェよ」
マルコが指を指したのは神聖国の中心地。
アビスたち“極点”が戦ったときにはその遥か後方にいたので、数日でかなりの距離を進んだことになる。
(……嘘って可能性も、ねェか)
マルコはアビスたちが『魔王』と戦ったことは知らないように見えた。だからこそ、適当な居場所を言って撹乱しようとしているのかとも思ったが、彼が指差した場所は『魔王』の進行方向としては十分に理解できる範疇にある。
念のために使っていた真偽判別魔術によってマルコの言っていることを確かめてみたが、嘘をついている様子はない。
「僕は情報を出したんだから、君たちの情報も教えてよ」
「何が知りたい? 情報は俺が等価だと思った分しか出さねェぞ」
「魔法だよ。魔法について知りたい」
マルコは子供のように純粋な目でそう言うものだから、アビスは少しの間、彼が過去に生きた人間であるということを忘れそうになった。
だがすぐに気を取り直して、彼に魔法のあれこれを説明する。
とはいっても、この世界では常識となっているようなことしか教えない。
魔法とは、0から1を、あるいは1を0にしてしまう神の御業であるのだということを。
魔術を極め、人として辿り着ける究極点こそが魔法であると。
「……じゃあ、魔法ってのは全員が使えるわけじゃないんだね?」
「そりゃそうだ」
「ふーん……」
マルコは少し考え込むと、さらに続けた。
「なら、この世界で原理が分かってる魔法を教えてよ」
「いや、お前の情報について教えられるのはここまでだ。質問を続けさせてもらう」
「ちゃんと教えてくれるってのが分かったし、いいよ。なんでも聞いてよ」
尋問にはいくつか方法がある。
例えば痛みを伴う尋問。拷問し、無理やり吐かせる手法だ。
だがそんな面倒なことをしなくても互いに利害が一致する場合、互いに飴を差し出すことで円滑に尋問が進むこともあるのだ。
「こっちの世界にいる『英雄』の数とその名前を教えろ」
「悪いけどその質問には答えられないんだ。ねぇ、ルーラント」
『うむ』
「あ?」
急に反抗的になったマルコにアビスは威圧をかけたが、彼は飄々とした態度でそれをかわした。
「そんなに怖い顔しないでよ。別に僕だって魔法について知りたいんだ。言えることがあったらなんでも答えるさ」
「じゃあ……」
「
「……なに?」
「僕らは既にかなりの後発組。他にも沢山の『英雄』たちが生き返ってる。もちろん、人間だけじゃなくて色んな種族がね」
「ドラゴンとかか?」
「よく知ってるね」
マルコはけらけらと笑いながら、ルーラントに身をよせた。
「僕ら死者。けれど、恨みをはらす者。この世界には強く、何よりも妬みをかかえて死んだ者が多すぎる。そんなのを呼び覚ますのは……なんて簡単なんだろうね」
「……分かった。質問を変える。やばそうなやつを教えろ」
「やばそうな……。うーん。別に僕らはみんなやばいよ?」
「そういう話をしてんじゃねェ」
「分かってるって。冗談だよ」
マルコはそういうと、腕を組んで考え始める。
そして、すぐに口を開いた。
「ああ、そういえば……。あの人はやばそうだったね。白い髪のさ、剣持ってる人。すごい丁寧だったんだけど、余計それが気持ち悪かった」
「名前は分かるか?」
「なんか凄い厳つい名前だったんだよね……。なんだっけ? グラシャス……みたいな、そんな名前だよ」
「……聞いたことねェな」
アビスはそういうと、さらに質問を重ねた。
残り少ない時間で、彼らは確かに情報を積み上げていく。
―――――――――――――――――
アビスが尋問している最中、イグニはアーロンに呼び出された。
これがただの呼び出しならまだしも、夜中……それも、誰にも知られないようになんて前置きをされてしまえばイグニの期待感も勝手にあがるというもの。期待に胸を高鳴らせて、彼女の部屋に入ると……
「……すまない。よく来てくれたな」
「ああ、いや。気にするな」
イグニたちが目下のところ行っているのはミル会長の居場所を特定すること。彼女もまた“極点”クラスの魔術師であり、こと『魔王』戦に挑むのであれば必ずと言っていいほどに欲しい人材だからだ。
しかし、一向に彼女の手がかりは掴めず、イグニたちはただいたずらに時間を浪費し続けていた。あと3日の内に彼女の居場所が掴めなければ、『魔王』討伐に向けて出発するという時間制限を付けて、捜索にあたっているのだ。
「……それにしても、どうしたんだ? こんな時間に」
話があるなら、日中のはずだろう。
夜中ということはつまりそういうことなのではないだろうか。
イグニはそんなことを期待していると、彼女はとても静かに小さな声でささやくように言った。
「……これから話すことは、誰にも言わないで欲しいんだ」
「ああ、任せろ。口は硬いぞ」
イグニの場合は口が硬いというよりも、女の子との約束を100%守ると言ったほうが語弊が生まれないかも知れないが。
「……そうか、なら安心だな」
アーロンは深く息を吐き出したが……その吐く息が大きく震えており、彼女がひどく緊張していることが伺える。
しかし、こういう時はすぐに彼女が何を考えいるのかを聞くようでは駄目である。話したいと思うタイミングまで待たなければ行けないのだ。そのためイグニは適当な雑談で場を埋めようとしたのだが、それよりも先にアーロンが口を開いた。
「よく、聞いてくれ」
アーロンはイグニの目を見ない。
ただ、真実を伝えるかどうかを迷うように蝋燭の火を見ている。
「……私は、魔法使いなんだ」
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