第8-13話 旧知の魔術師:上

「いいか、『魔王』を倒すならそれなりの準備が必要だ」


 決意したイグニに言い聞かせるようにアビスが紡ぐ。


「俺たちが『魔王』の元にたどり着けたのは統率の取れた騎士たちと、有り余る士気によって『魔王軍』の猛攻を抑え、最前線に切り込めたからだ。今は“極点”たちが消えたことで同じ状況は望めない」

「ならどうするのよ」


 ローズの睨みつけるような強い視線にアビスは食い返すように答えた。


「仲間を集めろ。このクソガキがほとんど損傷することなく『魔王』にたどり着かせられる仲間を」

「……後方から“極点”に上がってもらうか?」


 ゆっくりと言葉を吐き出したアーロンの言葉をアビスは鼻で笑う。


「馬鹿か? ただでさえ士気がない状態で、人類の防衛ラインを守ってる“極点”をここに持ってきて……それで、士気が保てると思ってんのか?」

「いや、それは……」

「無理なンだよ。ただでさえ『魔王軍』は勢いづいている。その勢いをかろうじて止められてンのは後方にクララとフローリアがいるからだ」

「…………」


 ぐうの音も出ないのか、アーロンは黙り込んだ。


「だが、実を言うと“極点”レベルの魔術師が欲しい。有象無象じゃ駄目だ。無限の凡百の盤面をたった1人で返せるような異常な魔術師がいる。じゃねェと、あの時の再来だ」


 あの時、というのが“極点”たちの消えた時だということを言われなくてもイグニは理解した。


 腐っても“極点”と言うべきか、アビスの言葉はただただイグニたちにとって逃げようのない言葉を投げかける。それは二度と失敗できないというアビスの責任からくる重圧かも知れないが。


「あなたはこの戦いに参加するの?」


 ふと聞いたのはアリシアだ。

 “極点”クラスの魔術師が欲しいと言うのであれば“極点”が出ないというのはおかしな話で、


「……俺は参加と思っている」


 だが、返ってきたのは奇妙な返答。

 アビスにしては端切れが悪く、いつもの調子も見えない。


「どういうこと?」

「俺はこの世界の人間じゃねェ。だから、この世界で俺の我がままがどこまで効くかが分かンねぇんだ」

「……つまり?」

「俺のせいで、この世界に取って取り返しのつかない状況が引き起こることを未然に防がねぇと駄目なんだ。だから、俺は戦いには参加するが……極力、サポートに徹するつもりだ」


 その言葉にアビスを除いた全員が顔を見合わせた。


 はっきり言って、言葉に詰まったのである。


 何しろ今残っている“極点”たちは力にならない。

 しかし、“極点”クラスの魔術師でないと意味がないという。


 そんな魔術師がいれば、すぐに他の国が囲っているはずで、


「……あ」


 ふと、イグニが漏らした声に全員の目が集まった。

 そういえば、いるではないか。“極点”クラスの魔術師が。


「心当たりが、無いことは……無いぞ」


 イグニは酷く渋い顔をしながら、そう言った。



 ――――――――――――


「うぅ……。寒いです、姉さまぁ……」

「よしよし。もうちょっとの我慢だから……あ、着いた」


 枯れ木に火を着けるべく苦労していたラニアは、ようやく灯った火に薪を継ぎ足し火を大きくしていく。肌寒さで凍え死にしそうになっていたニエは我先にと焚き火に近寄ると全力で暖を取る。


 そして、しばらく熱を身体に吸収し……ようやく、喋れる余裕がでてきたタイミングで、彼女は口を開いた。


「……姉さま。道はこっちで合ってるんでしょうか?」

「うん。そのはずだよ。ちゃんと地図と磁石を見てるから間違いないって!」


 “白夜しろくろ”姉妹と自称している彼女たちは、国からの要請に応じて『魔王軍』討伐隊として傭兵集団の中に混じって戦っていたが、つい先日に討伐隊は壊滅。彼女たちはその混乱に乗じて逃げ出し、他の防衛拠点に向かっている途中なのだった。


「それに、こっちからはなんか懐かしい匂いもするしね」

「……匂い、ですか?」

「うん」


 貴重な食料である干し肉を取り出して、ラニアはニエに切り渡した。


「もう3日も歩いたから、そろそろだと思うんだけどね」

「すみません、姉様。私の歩みが遅いばっかりに……」

「何言ってるの、妹ちゃん! 人間の速さなんてそんなに変わらないんだよ!」

「そ、そうなんですか……」

「だから、気にする必要なんてないんだよ!」


 ラニアは力説しながら立ち上がった瞬間、ドド……と、地面が震えだした。まるで『魔王軍』が攻めてきたときのような重低音に、ラニアとニエの身体が大きく強ばる。だが、音は自分たちの頭上付近から聞こえてくるではないか。


 不思議に思って彼女たちが首を上げると、そこには山の中腹からこちらに迫ってやってきている雪の海があって。


「姉さま! な、雪崩なだれです!!」

「に、逃げるよ妹ちゃん!!」


 彼女たちがいるのは山の中腹。雪は降ったばかりで、凍りついた冷たい雪の上に柔らかい雪が降り積もっていることから、いつ雪崩が起きてもおかしくはない状態だった。そんなところに、ラニアが大声を出して力説したものだから、さぁ大変。


 声によって勢いを与えられた雪はそのまま雪崩となって2人に襲いかかったのだ!


「に、逃げるってどこにですか!?」

「横!!」


 と、意味の分からないことを叫びながら飛び出した彼女たちのすぐ後ろに赤髪の魔術師が降り立って、


「『装焔イグニッション砲弾キャノン』」


 刹那、生まれるのは巨大な『ファイアボール』。


「『砲撃ファイア』ッ!!」


 イグニによって発射された『ファイアボール』は、雪崩のど真ん中に着弾すると爆発。熱によって一気に気化した雪はその急激な膨張する体積によって水蒸気爆発を引き起こすと、雪崩の中心部が爆発によって向きを逸らされ、Y字になってイグニたちの真横に雪が流れていく。


「あ、イグニ!」

「お、お久しぶりです。イグニさん……」


 アウライト領以来の顔合わせとなるイグニと“白夜しろくろ”姉妹だったが、どうやら彼女たちはイグニのことを覚えていたらしい。先ほどまで雪崩なだれに逃げ惑っていたとは思えないくらいには、顔色を変えて旧知を懐かしむ様子で近寄ってきた。


「それにしても凄い偶然だね! こんなにところにイグニがいるなんて」

「……実は、2人を探しててな」

「ん? 私たちを?」


 かつて、イグニは公国で“魔族”の少女が言っていることを聞いた覚えがあった。曰く、“極点”に匹敵する魔術師たちがやってきていると。


 信じがたいが、その内の1人が彼女たちのどちらか。

 つまり、此度の『魔王』討伐作戦に参加させたい人材なのだ。


「『魔王』討伐に協力してくれないか?」


 イグニは用件だけをストレートに告げる。


「ま、『魔王』討伐ですか!? 正気です!!?」

「正気だ。本気で言ってる」

「そ、そんなの無理ですよ! そうですよね! 姉さま!!」


 ニエの言葉にラニアは考えるような様子を見せているだけだ。

 妹の方と違って姉の方は傭兵だ。だからこそ、報酬でいくら出すとか聞かれるだろうと……身構えていると姉であるラニアは何の躊躇いも見せずに、


「うん、いいよ」


 そういって、頷いた。

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