第8-05話 傀儡と魔術師

 イグニが森の影に潜んでいるモンスターたちに気がついたのと同時刻、森の奥を警戒していた騎士団から狼煙のろしがあがった。色は赤。明らかに非常事態が起きた合図だ。


「わっ! あ、赤い狼煙です! 行きましょう、イグニさん!」

「……モンスターと戦う時に赤い狼煙をあげるの?」


 そんなことしていたら、辺りが煙だらけになりそうだが……と、イグニが思っているとすぐにモネは続けた。


「いえ、あれは対処できない数のモンスターと戦ってる時に打ち上げる狼煙です。救援信号なんです!」

「……そういうことか」


 イグニは理解。すぐにモネを担ぎ上がると、自分の足元に『ファイアボール』を生成。


「た、助けに行きましょう! 私たちが一番近いです!」

「もちろんだ」


 そして、『撃発ファイア』。イグニたちの身体は指向性を与えた爆発によって前方へと押し出されると、木々の間を縫うようにして一気に狼煙の元へと駆けつける!


「す、すごい! どんな魔術なんですかこれ!!?」

「『ファイアボール』だよ」

 

 なんてやり取りをしながら、イグニが狼煙の下にたどり着いた瞬間……思わず、言葉を失った。


「……これは」


 イグニの目が大きく開かれる。


 開けた森の下には、ゴブリンの上位種である餓鬼が30体。オーガの上位種であるハイオーガが25体ほど。そして、先ほど見たトレントの変異種が複数体確認できる。それが、先ほど狼煙をあげたと思われる騎士団員たちの身体を徹底的にミンチにしていた。


 餓鬼が身体をばらして、オーガがそれを叩き潰す。一部のオーガは腕をかじっているようで、骨を吐き出していた。森の中が人間の赤い血で真っ赤に染まると、緑と赤のコントラストが、嫌にイグニの脳裏に刻み込まれる。


 狼煙をあげた後すぐに力尽きたのだろう。死体をモンスターにもてあそばれている騎士団員たちの傷はまだ新しい。


「……くそッ! 遅かったかッ!」


 イグニが抱えているモネが呆気に取られている間に既にイグニの後ろには5つの『ファイアボール』が生成されており、


「『装焔イグニッション散弾ショット』」


 ぐるり、と『ファイアボール』の中に無数の『ファイアボール』が生成されると、


「『発射ファイア』ッ!!」


 ズドドドドッ!!!


 イグニによって発射された無数の『ファイアボール』は木々を削り、モンスターの身体をえぐる。


 この哨戒の目的は最前線で取りこぼしたモンスターを見つけ出し、王都に行くまでに駆除すること。だが、明らかにこの数はおかしい。取りこぼしたなどで済むような数ではない。


 つまり、それが意味することは、


「やっぱり、最前線は崩壊してるんだ……っ! ここに来るぞ、モンスターたちが!!」


 イグニは背負っているモネを守るように、残りのモンスターたちを駆除しようと『ファイアボール』を向けた瞬間、そこに1人の人間がいることに気がついた。


「……ッ! 『発射ファイア』ッ!」


 すんでのところで彼に気がついたイグニはとっさに『ファイアボール』の軌道を逸して、森の中に突如として現れた少年に当たらないようにする。ブンッ! と、少年の耳元を擦過した『ファイアボール』は少年の後ろにいたハイオーガの腹部に激突すると、爆発。


 跡形も残さず木っ端微塵に灰燼と化した。


「……誰だ?」


 そして、イグニは問いかける。


 少年の背丈は……ひどく、小さい。まだ13か、14くらいの子供に見える。その容姿もそうだ。“適性の儀“を受ける子供たちの中に紛れていたって……イグニは不思議に思わないだろう。


 そんな少年が、突如として森の中に現れた。

 それを敵と疑わないほど、イグニの頭は平和ボケしていない。


「今のなに? 『ファイアボール』?」

「質問してるのは俺だ」


 イグニは『ファイアボール』を手元に生成すると、それを見せつけるようにして少年に問いかける。相変わらず男には容赦のない男である。例えそれが少年だろうと、イグニは撃てる。


「お前は誰だ?」

「僕はマルコ。“傀儡くぐつ“のマルコ」

「……“傀儡くぐつ“?」


 イグニはふと、彼に聞き返した。

 思わず彼の顔にありありと「ありえない」という表情が浮かぶ。


 それもそのはず。

 その2つ目の名はエレノアのものだ。


 イグニがありえないと断定した理由はただ1つ。

 2つ目の名前は絶対に被らない。


 被るとしたらそれは、


「あれ? 僕のこと知らないの? 結構有名だと思ってたんだけどなぁ」


 その名前の持ち主が、


「ほら、タルゴ島の300人救出とか、毒竜エンプトの討伐作戦とか……有名じゃない?」

「……何の、話だ?」


 イグニは思わず眉をひそめる。確かに男の功績にはとことん興味のない彼だが、ドラゴン討伐のような大きな功績があれば少なくとも耳にしているはずだ。だが、毒竜エンプトなど、イグニは


「い、イグニさん……。私、聞いたことがあります」

「……モネ」


 イグニに背負われ続けていたモネが、イグニにだけ聞こえる声で小さく呟いた。


「毒竜エンプトは200年以上前に討伐されたドラゴンです」

「……200年?」


 それは、果たしてどれくらいだろうか。

 ともすればそれは、『魔王』が現れるよりもずっと前の話で……。


「んー? そっか、知らないんだ。へぇ、僕もそこそこ名の知れた魔術師だと思ってたんだけどなぁ」


 納得の行かなそうな顔を浮かべたまま、マルコと名乗った魔術師は腕を組んだ。


「……“傀儡くぐつ”のマルコは『大戦』の時に、モンスターに食われて死んでるんです!」


 モネの言葉に思わずイグニの顔がこわばる。

 何故ならそれは、イグニにとって初めての事例ではないから。


 死した者が、意識を持ったまま生き返る。

 それ即ち、


「まぁ、良いや。知らないなら知らないで」


 『魔王』の魔法では無いだろうか。


 マルコの魔力が熾される。

 彼の小さな手がまっすぐイグニとモネに向けられる。


「どうせみんな死ぬんだし」


 刹那、イグニが空に飛び上がるのと全く同時に地面から突如として出現した巨大な口がイグニたちを食わんと飛び上がった!


 口の全長は5m!

 ずらりと並べられた歯はどれもこれも巨大にした人間のもので、なんとも言えない気持ち悪さを抱いてしまう。


「『装焔イグニッション』」


 イグニは空に飛び上がった時に見た。見てしまった。

 森の奥から波となってやってくるモンスターたちを。


 その数はおよそ数万。それらが木々をなぎ倒しながら、迫ってきている。


「……っ! 『発射ファイア』ッ!!」


 イグニの放った『ファイアボール』はそのまま巨大な口に吸い込まれるようにして口腔の内部に入っていくと起爆。爆炎を撒き散らして、モンスターが絶命する。


「へぇ、『術式極化型スペル・ワン』か。久しぶりに見たよ」

「あのモンスターたちは、お前が呼んでるのか」

「そうだよ。彼らは僕の言うことをちゃーんと聞いてくれるペット。可愛いよね」


 地面に着地したイグニを出迎えてくれたのは、巨大な人の手のひらに腰掛けるマルコの姿だった。


「君が強いのは今ので分かったけどさ、流石にあれだけいるとどうしようもないでしょ? だからさ」


 刹那、森の中から巨大な斧を持ったミノタウロスが2体、現れた。


「さっさと死んでよ」

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