第8-06話 仲間と魔術師

 現れたミノタウロスには身体中が黒く変色しており、いくつか魔力の線が走っているのが見えた。


 恐らく普通のミノタウロスではなく、ミノタウロスの上位種かなにかだろう。イグニは似たようなモンスターをかつて帝都で見たことがあった。あの時は“咎人”たちが地下迷宮ダンジョンで意図的にスタンピードを引き起こし、迷宮主を無理やり引き釣りだした形だったが。


 あの時はたしか、ハイエムに任せてどうにかしたんだっけ。


 イグニは目の前にいるミノタウロスたちが、斧を持ち上げるのを見ながらふとそんなことを思い出していた。


「ちょ、ちょっとイグニさん!? 危ないですよ!!? 逃げましょう!?」

「いや、その必要はない」


 身長が4m強のミノタウロスに囲まれながら一切逃げようとしないイグニに対して、抱えられていたモネが胸板を叩いて発破をかける。だが、イグニは全く逃げようとしなかった。いや、逃げるどころではない。


 そもそも動こうとすらしていない。


「もう終わってるから」


 刹那、キュド!

 と、肉を押し分ける音が響いたかと思うと、ミノタウロスたちの身体に、まるでコンパスでくり抜いたかのような綺麗な円形の穴がぽっかりと空いていた。


「……すごい」


 ドスン! 


 ミノタウロスの巨体が地面に倒れて僅かに周囲を揺らす。これには腰掛けていたマルコも思わず拍手をしてしまった。


「すごいね、君。流石は『術式極化型スペル・ワン』ってところかな」

「『術式極化型スペル・ワン』を知ってるのか?」


 これまでイグニは幾度となく周囲に自らの性質のことを話してきた。


 それを信じる者、疑う者、全く知らぬ者。それぞれ多くいたが、マルコの様子はまるで違う。彼は『術式極化型スペル・ワン』を知っていて、イグニ以外の誰かに出会ったことがあるかのような言い草ではないか。


「そりゃ知ってるでしょ。有名だしね」

「有名? 『術式極化型スペル・ワン』が?」

「んー。少なくとも僕の周りでは、有名」

「どっちだよ」


 イグニがそういうと、何が面白いのかマルコはけらけらと笑った。


「確かに『術式極化型スペル・ワン』は珍しいけど……魔術的に考えてみれば別に珍しい話じゃないんだ。だって、何かを犠牲にしている分、それに見返りがあるのは魔術の常識でしょ?」

「……『古の魔術』はな」

「『古の魔術』? なにそれ」


 イグニの言葉にぽかんとした顔を浮かべるマルコ。やはり、彼とイグニは生まれた時代が違う。


 彼にとっての普通の魔術は『古の魔術』に他ならない。かつて、“さかしき”アリアが魔術を整備するまでの間、多くの魔術師は生贄なども使ったと聞く。


 親のいない子供たちを犠牲にして、大規模な魔術を使ったと。


 そして、イグニはそれと似たような話を聞いたことがあった。即ち、『禁術』。多くの犠牲を払うことで、犠牲を払った魔術師を強化する秘技だ。確かにそう考えれば、イグニの『術式極化型スペル・ワン』はそれに連なるものと考えられる。


「ま、『古の魔術』が何だって良いんだけどさ。君の使える魔術って『ファイアボール』でしょ? そんな初級魔術でどこまでできるの?」


 マルコがそういうと、ぼこり……と、地面を突き破るようにして骸骨たちが現れる。森に死体が埋められているわけもないので、これは先ほどの“口”と同じようにマルコが地面を通して呼び出したモンスターたちだろう。


「どんな優れてる魔術師だって、無数の軍勢には勝てないもんだよ」

「いや、それはおかしい」


 イグニは骸骨たちをあしらいながら、自らの前方に5つの『ファイアボール』を生み出している。


「だってお前は、1人だろ?」


 イグニがそう言うと同時に放たれた5つの『ファイアボール』の内、3つが周囲に飛び散って爆発。炎と煙によってマルコの視界を奪った中、イグニだけに見えている魔力の熾りを辿るようにして、2つの『ファイアボール』がマルコに向かって走り抜ける!


 遅れて、爆発。


「確かに君の言う通り僕は1人だね」


 だが、煙の向こう側からは普通にマルコの声が聞こえてきた。しかしそれは予想通り。まだ、イグニはここでマルコを殺すわけには行かない。初めてこちらと意思の疎通ができる『英雄』が現れたのだ。


 ここで捉えて情報を吐かせる必要がある。


 だが、イグニの最も苦手とする所に実戦での手加減がある。これは、イグニの『ファイアボール』の性質に起因するもので……というのも、『ファイアボール』は攻撃用の魔術。どうしても相手を無力化、あるいは確保と言った攻撃に向いていないのだ。


 だから、イグニが相手の魔術師を無力化するときは、『ファイアボール』で相手の四肢を撃ち抜くなどの過激な方法を取らざるを得ない。しかし、マルコは“傀儡くぐつ”と名乗りあげた。


 なら、彼が得意とするのはエレノアと同じ【生】属性であると考えるべきだろう。だとすれば、治癒魔術は彼の得意領域。腕や足を撃ち抜くだけでは、彼を無力化するに足り得ない。


 だからこそ、イグニが取った戦略は、


「『纏風アリシエント』」


 冷たい声が響く。


「『風は縛りてヴェントス・カルセア』」


 刹那、吹き荒れた風がマルコの四肢にまとわりつくと、そのままふわりと空中に持ち上げた。


「……ッ!? な、なんだこれ!? 風の魔術? こ、こんな高度な魔術は聞いたことが……ッ!」

「魔術は常に進歩してるのよ」


 箒に乗った魔女がそう言って笑う。


「それにしても、イグニが救援信号を出すなんて……何事なの?」


 マルコを空中に縛り付けたまま箒に乗って降りてきたアリシアは、まずイグニが抱えているモネをちらりと見て、そのままイグニを見た。アリシアの中に僅かな怒りを見たイグニは慌ててモネを下ろすと、空にいるマルコを振り返らずに指差して、


「あいつは……『英雄』だよ。アリシア」

「……『英雄』? あの、イルムみたいな?」


 アリシアはイグニの言葉に眉をひそめてそう言った。


 記憶に新しい赤竜は、かつてハイエムによって殺された竜だと本人が言っていた。そして、死した人間が生き返っても自我を保てるのは『英雄』だからだと。


「詳しいことはあいつに聞こう」

「そうね。……って、こんなことをしてる場合じゃないわ。さっき『最前線』が破られたって伝達があって、モンスターたちがまとめてこの砦に来てるの! もう、見える距離よ」

「ああ、それなら大丈夫だ」


 刹那、空を裂くように巨大な『ファイアボール』が10個ほど生成される。その巨大な『ファイアボール』には無数の『ファイアボール』が生み出されており、その全てがこちらにやってくる数千数万のモンスターたちにロックオン。


「『装焔イグニッション集束弾クラスター』」


 そして、詠唱。


「『爆撃ファイア』」


 刹那、世界が割れたかと思うほどの絨毯爆撃の爆発音が響き渡る。


「これで、あらかた終わりだ」


 そして、モンスターを薙ぎ払った。


 即ち、モテの極意その3。

 ――“目立つ男はモテる”である。

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