第8-04話 哨戒と魔術師

 モネの答えにイグニは自分の予想が勘違いではないことを悟ったが……だからと言って、彼女との思い出を思い出したわけではない。


(……俺がこんな可愛い子の顔を忘れることなんてあるのか…………?)


 既にアーロンのことを忘れていた手前、あまり自分の記憶力に関して自信を持てない。しかし、あれはもう10年近く前のことだったし、そもそもイグニはアーロンを女の子と認識していなかったのでノーカンだろう。


 そもそも、イグニが女の子の名前を忘れるはずがないのである。


 となると、イグニがモテに目覚めるよりも前……つまり、“適性の儀”より前に出会っているということになるが、


「君の出身は?」

「わ、私はここより少し南に下った小さい村の出身です!」


 しかし、その返しでその可能性も無くなった。


 何しろ、イグニは元々温室育ち。タルコイズ家の館に半ば閉じ込められるようにして徹底した教育を受けていたのだ。その時期に知り合ったとなると、タルコイズ家の領民か、あるいは侍女たちの娘ということになる。


 しかし、タルコイズ家はこの近くに領地なんて持っていないし、貴族の侍女の娘が騎士になるというのもおかしな話だ。


「もしかしたら、他人の空似なのかもですね!」


 モネはそういって、イグニの手を引いた。


「さ、そろそろ行きましょう。班長に怒られちゃいますから」

「あ、ああ……」


 他人の空似、確かに言われてみればそうなのかも知れない。

 イグニはどうにも釈然としないまま、森の中に足を踏み入れた。


「イグニさんはどんな魔術が得意なんですか?」

「『ファイアボール』だな」

「えっ!? 本当ですか!!?」

「というか、それしか使えないんだ」

「ほ、本当に? じょ、冗談とかじゃなくてですか?」

「ああ、本当だ」

「そ、それでもロルモッドに入学できたんですよね!? どんな『ファイアボール』なんですか!?」


 普通の環境で「『ファイアボール』しか使えないんだよね」と言うと、基本的に返ってくるのは「“適性”に恵まれずに可哀想」という視線なのだが、あいにくとイグニはロルモッドの学生。


 モネは興味津々と言った具合にイグニを見つめた。


「どんなって言ってもな……。『ファイアボール』は『ファイアボール』だ。でも、極めたらなんでもできるぞ」

「『ファイアボール』で索敵とかできるんですか!? 『治癒ヒール』とかは!!?」

「い、いや……そういうのは……」


 確かに何でもというと語弊があった。

 今度から誰かに説明するときは気をつけようと思うイグニ。


「それよりモネはどんな魔術が使えるんだ?」


 モテる男は基本的に自分の話をそこそこにして、相手に喋らせるものである。モテの作法の17にもそう記してあるのだ。


「そ、そんな……私なんかは大した魔術は使えないんですけど……」


 モネはそう言いながら、魔力を熾した。

 刹那、球体の水が生成されるとイグニたちの前でふよふよと浮いた。


「こ、これが限界なんです……」

「これは『ウォーターボール』か」

「は、はい。私、一番良い適性が【水:C】で、他の適性も【D】とかなんです……。それで、魔術があまり得意じゃなくて」


 言っていることはどうにも暗いが、モネの顔には暗さが見えない。

 むしろ、自分のことをしっかりと割り切っている者特有の強さがある。


「それにしては……あまり、ショックを受けてなさそうな感じだな」

「……これは、昔のことなんですけど」


 パキ、と木の枝を踏みつけたモネがイグニを見ること無く口を開いた。


「昔、誰かに言われた気がするんです……。魔術は”適性“なんかじゃないんだって。”適性“がなくても強くなれるんだって」

「俺もそう思う」


 そう思うどころか彼がその体現者であるのだが、


「イグニさんもそう思いますか!? ずっと昔、誰に言われたのか覚えてないんですけど……それでも、私はその言葉を頼りに頑張ってきたんです。それで、強くなろうと思って騎士団の門を叩いたんです!!」


 そう言うモネは、まるで夢を見ている子供のようだった。

 英雄譚に憧れて冒険者を目指す子供のような瞳で……。


(……もしかして、年下なのか?)


 なんてイグニは思ってしまう。


「そういえばイグニさんの“適性”は……」


 刹那、イグニの背筋に冷たいものが走った。彼は考えるよりも先にモネのシャツを掴むと、強引に自分に引き寄せる。僅かに遅れて、モネのいたところに長さ15cmはありそうな棘が通り抜けた。


「……わぶっ! な、何するんですか!?」

「見つかった」


 イグニは木々に隠れるようにして先ほどの棘が飛んできた方向を見る。そこにいたのは変質したトレント。木のモンスターで、本物の木々に隠れて獲物を狩るのだが、使うのは基本的に蔦。棘を使うなんて、イグニは聞いたことがなかったし見たことも無かった。


「……モネ。ここは最前線からどれだけ離れてるんだ?」


 それを『ファイアボール』で焼き払いながら、イグニは腕の中にいるモネに尋ねる。彼女はしばらく目を白黒としていたが、すぐに答えた。


「は、はい! 最前線からの距離はおよそ3km。砦の屋上からだったら、最前線が見えると思います!」


 イグニはその言葉を聞きながら、頭の中で思考を巡らせる。


「最前線の目的は……『魔王軍』と戦うことだよな?」

「そうです! モンスターの軍勢を食い止めるのが、最前線の役割です!」

「そうか……」


 イグニは思案するような表情のまま、じぃっと森の奥を見た。

 そんなイグニに、モネは心配げな表情を浮かべると尋ねる。


「どうかしたんですか?」

「……ああ」


 森の奥……いや、そこまで奥でも無いだろう。イグニとモネが森の中に入ってから、まだ数分。きっとまだ、入り口付近だ。だと言うのに、それ以上奥から多数の気配がする。人ではない。モンスターの気配だ。


 それを、イグニが間違えることなどありえない。


 『魔王領』で死ぬほど戦い続けたあの思い出が、イグニの五感を刺激して……脳髄の奥に叫んでいるのだ。『そこにいるぞ』と。


「……これはもしかしたら」


 イグニは飛んできた魔術を『ファイアボール』で撃墜すると、


「最前線が破られたかもな」


 そう言った。

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