第8-03話 既視感と魔術師

「力を貸すってどういうこと?」


 椅子に座ったままアリシアが尋ねると、アーロンは彼女の方を向いてから、


「私たちがこの砦に残る条件として私たちの中から3人ほど人を出して欲しいと……そう言われたんだ」

「人を出すって、どこに出すのよ?」

「つまり、騎士たちの指揮下に入って哨戒(しょうかい)を行って欲しいんだそうだ」

「哨戒って……見てまわるだけで良いの?」

「……モンスターと対敵したら、その場で処理するらしい」


 アーロンの言葉にハイエムを除く4人は顔を見合わせた。

 

 つまり、こういうことらしい。

 イグニたちがやってきた砦は前線ではあるが、最前線ではない。


 そのため、最前線で食い止めているモンスターの取りこぼしが王都に向かう途中で、食い止める役目を果たしているのだという。しかし、今回はモンスターの数が多すぎて今いる騎士団員たちではもう首が回らなくなっていると。


 そこに、アーロンがロルモッドの学生たちを連れてきた。

 ロルモッドといえば魔術の名門校。モンスターとの戦いについては団員たちと遜色のない経験を積んでいる。だからこそ、猫の手も借りたいのだ……と。


「3人で良いのか?」

「……私の護衛を1人にするわけには行かないからと、そう言われた」


 イグニが問いかけると、アーロンは首を縦に振った。


 だとすると、まず騎士側に提供する人材としてハイエムが除外される。彼女はドラゴンであり、基本的にイグニの言うことは聞くもののそれはイグニが魔法使いだからであって、騎士団員たちの言うことを聞くとは思えない。


 それに魔法は使えないが、彼女はとても強い。護衛として外せない人材だろう。

 だとすると、誰が残るのか。


「私はイグニと一緒が良いわ!」


 そうローズが手を上げて言うと、エドワードが小さく手を上げた。


「僕は治癒師(ヒーラー)だ。哨戒を行うことになっても……邪魔になるだけだろう。僕は引く」


 そういってエドワードが降りると、必然的にイグニとアリシアの視線が絡まった。つまりは、そういうことである。


「なら、俺とアリシアとローズが哨戒任務に当たるよ」

「……すまない」

「気にするな。何もしないのも、暇だったんだ」


 なんて言っているが、半分本当半分嘘である。


 というのも、騎士団員の男女比率は5:5。

 つまり、哨戒任務を団員たちと行うことで女の子との距離がワンチャン縮まるのではないかという狙いを腹の底に抱えているのだ!


「……本当にすまない。私の我がままに付き合ってもらって」

「アーロン」


 イグニは優しく彼女の名前を呼ぶ。


「そういう時は謝るんじゃなくて、ありがとうって言えば良いんだ」


 アーロンはイグニの言葉にはっとした顔を浮かべると、


「ありがとう、みんな」


 そういって、照れくさそうに微笑んだ。




 しばらくして砦の外に出ていた騎士たちがちらほらと戻ってきはじめたタイミングでイグニは3番隊の隊長に呼び出された。屈強な身体をした彼について外に出ると、3番隊のメンバーと思しきメンツが砦の外に集まって、何やら準備運動をしているではないか。


「これから、しばらくの間ウチの隊で哨戒任務に当たってくれるイグニ君だ。かなり若いが、ロルモッドに入学しているエリートだぞ」


(モテの作法の6に引っかかるッ!)


 イグニは心の中で顔を真っ青にしながら、慌てて一礼。

 ちなみにモテの作法のその6とは“自慢は避けるべし”である。


 学歴自慢なんてもってのほかだ。


「おい、モネ。歳が近いお前のチームにイグニ君は入ってもらう。色々と教えてやってくれ」

「はい、隊長!」


 そういって敬礼を返したのは……とても、若い女の子だった。『歳が近い』と隊長が言っていたように、イグニと歳のほどは変わらないように見える。いや、もしかしたらイグニよりも歳が下かも知れない。


 亜麻色のショートヘアーを揺らし、金色の瞳がイグニを見つめる。綺麗系というよりも可愛い系。なんだか小動物みたいで、イグニは思わずほっこりした。


 魔術の発展によって男女が半々になった騎士団内でも女の子のチームに配属されるかは隊長による指示次第。ここで男なんかと一緒に哨戒をすることになればイグニのモチベーションはだだ下がりだが、神はイグニを見放していなかったらしい。


 ……ん?

 この子、どこかで見たことあるような……?


「よろしくお願いします、イグニさん!」

「こちらこそ、よろしく」


 モネと呼ばれた少女はイグニよりも頭1つ小さい身長で、元気良くそう言うと「こっちに来てください!」と、嬉しそうな顔でそう言った。


「私、ロルモッドに入った人と話すのが初めてで……き、緊張してますけど、気にしないで下さい!」

「それはこっちのセリフだよ。そんなに気を使わなくてもいいよ」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます」


 ぺこり、とモネは一礼すると、続けた。


「実は私、魔術の才能が無くて、でも昔からずっと魔術師に凄い憧れがあって」

「あって?」

「魔術が使える人を、尊敬してるんです!」


 ぱっ、と振り返るとキラキラした瞳でイグニを見つめた。


「そ、そっか」


 初対面から魔術師への憧れを語られるなんて思っていなかったイグニは少し困惑。


 しかし、それは珍しいものではない。魔術師とは花形の職業。女性が多いことから、女の子の憧れの職業ランキングでは1位をずっとキープしているし、大人になってからも憧れだと答える者は多い。


 だから、モネのように考える女の子は少なく無いのだが……ロルモッド以外の人間と喋る機会が少ないイグニにとっては新鮮な機会だった。


 しかも、魔術という点で一気に距離を近づけることができるチャンスでもある。モテの作法その11。――“共通点を探せ”、だ。


 なんてモネが魔術師の話をしていると、モネの後ろに音も無く立った30前後の女性が1つ大きく咳払いをした。


「ひゃっ! は、班長!?」

「ちゃんとイグニさんに説明をしなさい。モネ」

「りょ、了解しました!」


 班長に怒られてしまったモネはそういって敬礼をすると、イグニに向かい直った。


「で、では哨戒任務について説明しますね」

「頼む」

「基本的に、私たちは2人1組ツーマンセルで森の中を行動します。隊に割り振られた土地を、さらに隊の中にある班に割り振って、その班の中から2人組を作って、さらにそこに割り振られるって形になります。ここまでで質問はありますか?」

「分かりやすいよ、ありがとう」

「い、いえいえ……」


 魔術師であるイグニから褒められたことが嬉しいのか、照れたような表情を浮かべてニヤつくモネ。可愛い。


「今回は隊長からお願いされたので、私と2人1組ツーマンセルを組みましょう!」

「心強いよ」


 イグニはそう言うと、眼下に広がる森を見た。砦自体が小高い丘の上に作られているので、どうしても視線が高くなってしまうのだ。


 そこに広がっているのは地平線の彼方まで続く木々の海。

 これを今から見て回るとなると、骨が折れそうだ。


「地図とか無さそうだけど……大丈夫か?」

「ちゃんとポーチに入れているでの大丈夫ですよ。それに、見回る範囲は既に何度も足を踏み入れているので迷うことはないです! 私に任せて下さい!」


 そういって自慢気に答えるモネ。

 それを見ていた班長は、モネがイグニに説明を終えたと判断し、哨戒開始の合図を出した。


「ではイグニさん。習うよりは慣れろです! 頑張りましょう!」


 いつもこの調子なのか、それともイグニがいるから元気に振る舞っているのか分からないが、彼女の明るさに動かされるように3番隊の団員たちが森へと向かい始めた。


(……習うより慣れろか)


 懐かしい。『魔王領』へと足を踏み入れた時に、ルクスが似たようなことを言っていたのだ。


 なんて昔のことを思い出しながら丘を降りて下に広がる森に足を踏み入れる前に、イグニは気になっていたことを尋ねた。


「気の所為(せい)だったら悪いんだけどさ」

「はい、どうかしましたか?」

「俺たち、どっかで会ったことある?」


 それにモネは少しびっくりしたような顔を浮かべると、


「こ、これがナンパってやつですか!? 生まれてはじめてされました!!」

「ち、違うって。ただ、気になっただけで」


 感激気味の彼女に、騎士団内で変な噂を流されたら一発でモテなくなってしまうことに焦ったイグニが食い気味に否定をかぶせる。すると、彼女は「んー」と少しだけ唸(うな)ると……おずおずと、切り出した。


「実を言うと、私もイグニさんと初対面な気がしないんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る