第8-02話 噂と魔術師

 翌朝……というか、イグニが目を覚ますと昼だった。


「イグニ、そろそろ起きろ! 昼食の時間になるぞ!!」


 部屋にやってきたエドワードに叩き起こされるようにして身体を起こすと、イグニは大きく伸びをしてロルモッドの制服にそでを通す。


 最近はずっとユーリに起こされてばかりで朝が弱いことを失念していたイグニは、大きくあくびをすると、エドワードについで部屋を出た。


「お前が寝ている間に大変なことになったんだぞ!」

「大変なこと?」


 砦の中を歩くイグニたちだが、周りにいる騎士たちの動きがどこかせわしなく……焦っているように感じた。そして、そこに交じる絶望も。


「何が起きたんだ?」

「……“極点”が3人、消えたらしい」

「どういうことだ?」


 そう言ったエドワードの言葉を信じることができず、イグニは思わず聞き返した。いや、それはイグニですら、と言うべきだろうか。極点が消える。そんなものはおとぎ話、物語の中でしか聞いたことが無い。


 魔法という人類の極地に手を伸ばした彼らは、誰より気高く誰よりも強い。


 小さい頃から何度も何度も洗脳のようにして刻み込まれているその事実が、思わずイグニの言葉をも失わせた。


「……言葉通りだ。“極点”が、消えた。昨日、最前線で“極点”たちによる『魔王』狙撃作戦が決行されたらしい」


 前方を歩くエドワードの足が次第に早くなっていく。イグニはその後ろを追いかけてはいたが、彼もまた自分の足が早くなっていくことに気がついていなかった。


「作戦に挑んだのは“はかい”のシャルル、“深淵”のアビス、そして……“極光”のルクスだ」

「じいちゃんも?」

「そうだ。そして、今……その3人の反応が消失ロストしたっ! 今は【地】属性や【生】属性を使って捜索が続けられているが……芳しくないらしい」

「…………」


 イグニはエドワードから告げられた事実に絶句。

 だが、すぐに頭を切り替えた。


「……このままだと、僕たち人類は……死ぬかも……」

「なぁ、エドワード」


 イグニの言葉に、エドワードが立ち止まって振り返る。


「本当にそう思うか?」

「……イグニ?」


 息を吐き出して、エドワードが首を横に振る。


「じいちゃんたちは“極点”。そんな簡単に消えると思うか?」

「……思わない」

「だろ? だから、消えたのは作戦かなんかだろ」

「…………」


 それは思いつかなかったと言わんばかりに、エドワードが目を丸くする。それにイグニは「やれやれ」と肩をすくめた。


「それにじいちゃんが急にいなくなるのは今に始まった話じゃないしな」


 ルクスがいなくなるのはイグニにとって初めての経験ではない。

 『魔王領』で修行している時もそうだったし、記憶に新しいところで言うと、イグニに受験票を渡した後もそうだった。


 そもそもルクスが家を追放されたのは、女癖の悪さに加えての放浪癖である。別に彼の反応が消えた所で、すぐに焦るようなものでもないだろう。


「で、今日の昼飯は何なんだ?」

「パンと肉、あとスープだ」


 重い話題はこれで終わりと言わんばかりに、イグニはその話を打ち切った。


 魔術は『大戦』以前と以後でその姿を大きく変えている。

 基本的に、『大戦』以前の魔術で主流だったのは『古の魔術』と呼ばれる魔術であり、『占い』や『死霊術ネクロマンシー』などの、使い手によって大きく技の威力や精度が異なってしまう魔術であった。


 それ故、優れた魔術師たちが優遇され、そうではない魔術師が迫害されるという『魔術至上主義マギアニズム』なる考えも流行ったのだという。


 しかし、『魔王』が現れ、人類の99%以上が殺された戦いの後、“さかしき”アリアは考えた。


 このままではいけない、と。


 そして、彼女による魔術の革新が行われた。今まで魔術師たちの感性に頼っていた魔術は魔術式という数字と文字に代替され、誰でも学べ誰でも使えるようになった。そして、自分がどの魔術に“適性”があるのかを10代の内に知ることで、魔術師としての道を歩みやすくしたのだ。


 魔術を神秘から技術へと落とした後、魔術は爆発的に進歩した。

 それまで使っていた魔術を『古い』と評価するほどに。


 その進歩した魔術による恩恵は計り知れないが、その中で1つ例を上げるとしたら【生】属性による生鮮食品の劣化速度の低下だろうか。それにより、前線でも常に新鮮な野菜や果物が食べられるようになったのだ。


 さて、そんな魔術の歴史を1年生の最初に習ったはずだが、すっかり忘れてしまっているイグニたちは、みずみずしい野菜に手をつけながら机を挟んでいた。


「イグニ! やっと起きたのね! 私……イグニがずっと起きないんじゃないかと思って心配したの!」

「大げさなだな、ローズ」


 この世の終わりかのように辛そうな顔をしたローズがそういうもので、思わずイグニは笑ってしまった。


「何度も何度もイグニを起こしに行こうとしたのよ。でも、アリシアが起こすなって」


 残念そうにそう言うローズ。

 彼女も“極点”がいなくなったというニュースは聞いているだろうに元気だ。消えたのがフローリアじゃなかったからか、それとも“極点”が負けるわけがないと信じているからだろうか。


「イグニは疲れてるんだから休ませてあげれば良いじゃない。別にすぐに起こさなくても」


 アリシアはその大きな帽子をわずかに揺らしてそう言った。食事中なのに脱がないのはいつも通りなので誰もつっこまない。


「でも、お昼まで寝るのは身体に悪いわ」

「寝ない方が身体に悪いわよ」


 ぴり、と僅かに空気がひりついた。


「なんで寝るか寝ないかで喧嘩するんだ? イグニの好きにさせれば良いじゃないか」


 しかし、エドワードがそういったことで2人とも毒気が抜かれたのか、居心地悪そうに姿勢を正すと残った食事に戻った。


「あれ? そういえば、アーロンは?」

「アーロンはここの司令官と話をしているぞ。イグニが起きる1時間前からだから、随分と長く喋っているな」


 すばやくエドワードが答える。


「護衛は?」

「ハイエムが行ったぞ」


 なるほど。彼女なら“極点”レベルの魔術師が来ない限り、安全だろう。


「なぁ、聞いたか? “極点”が3人とも死んだらしいぞ……」

「『魔王』に殺されたってあれか?」

「俺は『魔王』と相打ちになったって聞いたぞ」


 食事を取るイグニたちの後ろでは、騎士たちが好き勝手な噂話を繰り広げている。どうやら“極点“が消えたという噂は憶測が憶測を呼んで広がっているらしい。


 それもそうかと思いながらイグニが野菜に手を付けていると、アリシアとローズがじぃっとこちらを見ていることに気がついた。


「どうした?」

「な、なんでもないわ」

「な、なんでもないわよ」


 イグニが不思議に思って尋ねると、彼女たちがぱっと視線を外す。


 ……もしかして気を使ってくれたのか?


 なんてイグニが考えた瞬間に、カーン! と、つんざくような鐘の音が響いた。


 刹那、その音を聞いた瞬間に周りの騎士たちが素早く駆け出すではないか。その波にイグニが乗ろうとした時に、


「あれは緊急対応スクランブルだ、イグニ。どこの指揮系統にも入っていない僕たちがいっても周りの邪魔になる。今は食事を取ろう」


 エドワードの言葉に促されるようにイグニは座った。恐らくモンスターが急襲してきたのだろう。『魔王軍』との最前線ではないが、前線にあるここではよくあることなのか、騎士たちの顔に焦りや恐怖は無く、日常の1部であるかのようだった。


 ばっ、と騎士たちが食堂から出ていくとそれと入れ替わりにしてアーロンが入って来る。


「すまない、みんな。少し話を聞いてくれないか」


 そういってイグニたちの隣に座ったアーロンは、ひどく申し訳無さそうな顔をしながら切り出した。


「……みんなの力を貸して欲しいんだ」

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