第7-31話 火竜と魔法使い

 イグニの持ちうる最高火力の魔術ファイアボールは『装焔イグニッション極光ルクス』である。

 『ファイアボール』を光の速度で撃ち出すことによって、不可避と火力の両方を得た最強の『ファイアボール』だ。


 それは撃つべき場所に撃てば、山の1つも吹き飛ばしてしまうだろう。

 だが、堅牢なる竜の鱗には傷を入れるだけで終わった。


 相性というものは、当然ある。

 イルムは火竜。【火】属性の魔術に対して高い適性があるのは当然だ。


 そして、そもそも竜の鱗に傷を入れるというのが人智の及ばぬ範囲であるというのもある。


 最強種である竜。

 それを単騎で屠った魔術師はそう多くなく、そして単騎で屠った魔術師は例外なく“極点”になっている。


 だが、それら全てはにしかならない。


 竜が強いからと、人間が弱いからと。

 そんな理由で引かぬ相手に怯む理由にはならない。


 それも当然。


 イグニは、魔法使いである。


『……なんだ、それは』


 通常の『ファイアボール』とは全くことなる煌めきを見せるイグニの『超球面テセア』に、アリシアを除く全員が息を飲んだ。


「これは俺の魔法きせきだ」

『魔法だと? お前のごとき、矮小な人間風情が……ッ!?』

「イルム。俺たちは急いでるんだ」


 魔術による攻撃では、イルムの身体に傷をつけることはできなかった。

 だが、『超球面テセア』は違う。


 それは、4次元の『ファイアボール』を強制的に3次元へと展開しなおしたものだ。

 だとすればそれは、低次元において無限のエネルギーを内包する。


「引け」


 イグニの優しさなのだろうか。

 それでも彼は、まだ魔法を放つことは無かった。


 冥府の底より蘇ったという言葉。

 それはきっと真実だろうと、イグニは思った。


 『魔王』による命の再現。

 だが、それはセリアの持っている『不死の奇跡』のような完成されたものではない。


 ただ、『魔王』の思うがままに死体を操る傀儡に近い魔法なのだ。

 けれど目の前にいるイルムは言葉を喋り、自らの意志で動いた。


 それが先程の『英雄』という言葉とどう繋がるのかは分からないが、意識を保つ理由がそこにあるのだろう。


 だから、殺したくない。

 引くのであれば、引いてほしい。


 それは、強くなければ怯えになる。


 だが、強い者がやるからこそ……それは、優しさになるのだ。


『人の子が……竜である我を哀れに思うか……ッ!』


 イルムはそれを直感により、感じ取った。

 感じ取ってしまった。


 だから、止まれない。

 ハイエムに殺された日から、彼はただハイエムへの恨みだけが残っていた。


 死んだその日から、地獄の底にて……ずっと彼女を殺すことだけを考えていた。


『ふざけるなッ!』


 止まれない。止まるわけもない。

 

 イルムは大きく吠えると、全身を炎に包んで……そのまま、ハイエムに飛びかかるようにと大きく翼を動かした。


「……そうか。残念だ」


 イグニの手がゆっくりと動く。

 それによって、無限のエネルギーを持つ『ファイアボール』は、止まっているかのように見える速度でイルムに接敵した。


 イルムの翼とイグニの『ファイアボール』がぶつかった瞬間に、彼の翼が一瞬にして蒸発した。そして、イルムが悲鳴をあげるよりも、驚くよりも、何よりも先に彼の身体は跡形もなく消滅した。


「……流石ね、イグニ」


 最強種たちが一言交わしただけで地獄と化した山を見ながら、アリシアはそっとイグニを見た。だが、彼は顔を青くしたまま……ふらりと、体勢を崩して――地面に落ちた。


「イグニッ!?」


 アリシアは箒を急いで動かして、地面に落ち行くイグニを抱きかかえる。

 その身体が酷く冷たい。


 顔色は青を通り越して、白く見えるほどだ。


「ど、どうしたの!?」

「……悪い。魔力切れ、みたいだ…………」


 イグニの身体を抱きかかえて、アリシアはぎりぎりで着地。


「魔力切れって……サラの魔力が、イグニに流れ込んでるんじゃないの?」

「……そのはず、なんだけどな」


 イグニは震えながら、胸に手を当てる。

 サラとのパスは繋がっている。


 相変わらずだ。

 相変わらずだが、そこから流れ込んでくる魔力の量が……わずかしか、無い。


「……サラ?」


 彼女に身に、何かが起こったのか。

 イグニは背筋に冷や汗が走るが、それに反して身体は全く動かない。


「……幸い、ここは魔力濃度が高い。10分も寝てれば……動けるようになる。悪いがアリシア、先に行っててくれ」


 彼はそう言うと、静かに目をつむって……そのまま気を失った。


「で、できるわけ無いでしょ。山火事がすぐそこで起こってるのよ……?」


 だが、魔力濃度が高いのはドラゴンたちが全力でぶつかり合った場所だからだ。


「……しょうがないわね」


 アリシアはイグニの身体を抱きかかえると、箒に乗って空高くへと浮かび上がった。


 ――――――――――――――


 ルクスにより、選ばれたのは必殺の一撃。

『強い力』で結び合わされた弾丸による狙撃は、成功がしたものだった。


 それは、彼の技量によってではない。

 数多く存在する未来の選択肢を掴み取ることによって確定した事象だ。


 だが、その弾丸が跡形もなく消えた時、ルクスはぴくりと眉を動かした。


「なるほど、フローリアに近しい魔法かの」


 ルクスは自身の攻撃を打ち消された方法を探るが、だとしても納得のいかないところがあった。


「……撃ち出したのは光の速さのはずじゃが。どう反応した?」


 例え、『魔王』がルクスたちの姿を視認していたとしても……わずか数キロという距離は光にはあまりに。ルクスの手元から放たれた亜光速の弾丸を打ち消す反応速度は人間どころか、生き物のものだとは思えない。


「……試して見る価値はあるかの」


 ルクスは短く呟いて、数発のレーザーを『魔王』に向かって放った。

 当然、魔法を発動してだ。


 だが、それら全ては『魔王』にたどり着くよりも先に消えてしまう。


「シャルル。ちと、『魔王』に向かって魔法を使ってくれんかの」

「えっ!? 良いの? そんな美味しい役割!」

「構わぬ」


 ルクスが頷くと同時に、シャルルは『魔王』をターゲットにして『理の奇跡』を発動した。だが、


「あれ? 失敗した?」


 何も、起きなかった。


「……『魔王』の持っている魔法が1つなわけもない、かの」


 ルクスは息を吐き出しながら、困ったように言った。


「おい、お前ら。まさかミスったンじゃ無いだろうな」

「よく聞け、アビス。今の段階では、わしらは『魔王』を

「なんだと?」

「『魔王』を殺すものを自動的に魔法。それが、張られてある」

「……んなもん。無限で押し切ってしまえば、勝ちだろう」


 アビスがちらりと天使を見ると、彼女も時を同じくして『魔王』を敵だと認識したのか……そっと慈愛の瞳と共に、『魔王』を見つめて――跡形もなく、消えた。


「おい、これは“海”のやつと同じ……ッ!」


 そうアビスが叫んだ瞬間、“極点”の3人ともが全く同時に回避行動を取った。


 尋常ならざる殺気。

 それを、地平線の彼方から感じ取ったのだ。


 ルクスによる偽装魔術は完璧だった。

 アビスによる混乱魔術も完璧だった。

 

 だが、

 

 シャルルは地中へと、アビスは『無限の地平線フルフラット』へと。

 そして、ルクスは大きく地面を蹴り上げて。


 3人は、全く同時に消失した。



 奇跡、という言葉がある。

 それは、神の御業のことだ。


 死んだ人間が生き返る。

 過程を無くし、結果だけを得る。

 無数の可能性を確定する。

 そして、宇宙を作り出す。


 どれもこれも、人の身には過ぎた奇跡の産物だ。

 人の可能性を信じ、何よりも盲信し続けた先にある極地だ。

 人間の未来を信じ、何よりも狂信的に手を伸ばした極点だ。


 だが、それとは逆の理を描いて奇跡に至るものがいたとしたら?


 例えばそう……この世に存在する全てを憎み、ただ何もない世界を望む者がいたとしたら。

 例えばそう……人に絶望し、未来に嘆き、ただ人の殺戮だけを望む者がいるとしたら。

 例えばそう……望むだけで自分にとって不都合な存在を、事実を無かったことに出来るのならば。


 それは、奇跡と呼ぶに相応しいのではないか。


 ただ、望むがままに一切合切を0にする。

 絶望の名を関し、やがて『魔王』の名と共に受け継がれる最強の魔法きせき


 それは余りに儚く、余りに強い。

 人呼んで、『泡沫うたかたの奇跡』。


 戦場には、ルクスたちの蹴り上げによって生じた放射状の亀裂が――3つ。

 ただ、それだけが残されていた。

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