第7-30話 火竜と魔術師

「……数十年前に殺した竜?」

『ええ。勝負がしたいと私の寝床に来たような気が……するわ。ええ、きっとそうね。それで、私が殺したの』


 だが、目の前にいる竜は姿かたちを保ったまま、一行に向かって炎を吐き出した。

 

『あら、そんなに焦らずとも』


 ハイエムが吐息ブレスを吐き出す。

 彼女が呼吸するように吐き出したのは、絶対零度にまで低下した天地を包む最強のブレスである。


 それは、イルムの火球と激突して……火球を防げなかった。


『あら』

「『装焔イグニッション』ッ!」


 イグニによる凄まじい反応速度が、


「『迎撃ファイア』ッ!」


 全員の命を、護った。


『あら、こんなに強かったかしら』

『……ハイエム。お前より受けた屈辱、晴らすために地獄の炎を飲み込んだわ』


 地獄にも炎があるのだろうか。

 それはともかく、炎に相性の良いハイエムのブレスですら止められないとなると、火竜の火球の威力は相当なものになるだろう。


「『装焔イグニッション徹甲弾ピアス』」


 イグニによって展開された『ファイアボール』は、球体の形が歪んでしまうほどに高速回転ッ! 空気と音をならすッ!!


「『発射ファイア』ッ!」


 イグニによって撃ち出された5つの『ファイアボール』の全てがイルムの鱗に着弾。だが、彼はそんなものなど一笑に付すかのようにゆうゆうと空を駆けていた。


「イグニの『ファイアボール』が効いてない!?」


 それを見ていたローズが驚いた声を上げる。

 イグニもこれには驚愕だ。


 確かにこれまでも『徹甲弾ピアス』が通らなかった敵はいる。

 だが、それにしても硬すぎる。


『所詮は人の魔術。地獄の炎に比べれば、赤子の吐息よ』


 イルムが笑いながらにそう言う。


「い、イグニ! 大丈夫!?」

「大丈夫だ」


 一方のイグニは、ローズが想定していたよりも冷静だった。


「まだ、次がある」


 そもそも、イグニが初めて『魔王領』に行った時……そこで行われた修行は、地獄だった。ルクスはイグニの手足が飛ぼうが、腹を貫かれようが一切助けることはしなかった。ただ、イグニが死にかけるぎりぎりになって、彼の身体だけを安全な場所に運んで傷を治した。


 だからイグニは、強くなるしかなかった。

 

 そうしなければ、『魔王領』で生き残れなかった。

 そうしなければ、『魔王領』で戦えなかった。


 そして、そうしなければモテることは無かったから――ッ!


「『装焔イグニッション極小化ミニマ』っ!」


 イグニの手元に生成されるのは、極小の『ファイアボール』。

 分子の大きさにも近しいそれを、イグニは自身の後方に撃ち出した。


「『加速アクセラレーション』ッ!」


 そして、魔力によって生み出された加速炉によって『ファイアボール』を加速開始ッ!!


 キィィィイイイィィインンンンッッッ!!!


 加速を始めた『ファイアボール』が魔力の加速炉の中で光のエネルギーを放ち、夜の闇を斬り裂いていく。


 ――ィィィィイイイイィィンンンンッ!!!!


 それはさながら、イグニの光輪のように見えて。


「『発射ファイア』ッ!」

『沈め』


 流石は竜と言うべきか。


 イルムは初めて見る魔術にも関わらず、イグニのそれを危険と判断。

 言霊による強制詠唱によって妨害に走ったッ!


「……ッ!」


 刹那、生み出されるのは強力なプラズマ!

 それによって、極小の『ファイアボール』がそらされたッ!!


「『装焔イグニッション極光ルクス』ッ!」


 それは、『装焔イグニッション』と『熾転イグナイト』の合わせ技ッ!

 何よりも尊敬する自らの祖父の名を冠する魔術は、


「『発射ファイア』ッ!」


 『ファイアボール』を絶対不可避の一撃たる光速によって撃ち出す魔術だッ!!


 バジィッ!!


 と、凄まじい音を立ててイルムの身体に『ファイアボール』が直撃するが……それでも、イルムの鱗をわずかに凹ませたに過ぎないッ!!


「……硬すぎる」


 誰が言ったのか、イグニには分からなかった。


『死ね』


 イルムの口から火球が放たれると、世界が真っ赤に染め上げられ……その砲弾がイグニたちの元へと迫る。


「『迎撃ファイア』ッ!」


 当然それを撃ち落とそうとイグニは動いたが、『ファイアボール』が着弾したのにも関わらず、火球はわずかに威力を減少させたもののハイエムに向かって飛翔するッ!


「……ッ!」


 それは、とっさの判断だった。


「『装焔イグニッション転盾アームド』ッ!」


 空中に展開した『ファイアボール』の魔力を熾したまま回転ッ!


 それは、忍術からの応用である。

 この土壇場で魔力を体外に出しての回転は間に合わない。


 だが、慣れ親しんだ『ファイアボール』であれば。


『……何?』


 イルムが目の前で起きた光景に信じられないと言った声を漏らした。


 それもそのはず。

 イルムの撃った火球はイグニの『ファイアボール』に触れると同時に、ぐるりと方向を狂わされると明後日の方向にズラされたのだッ!


「アリシアッ!」


 イグニがそう叫んだ瞬間、彼の身体が宙を舞う。

 彼はハイエムから魔術も使わず


 その行動の意図を理解するのは、誰よりも長く彼と共に戦ってきた金髪の魔女。

 彼女は箒を手に取ると同時に、イグニを追うように飛び降りた。


「い、イグニとアリシアが飛び降りちゃったわ!」

「あの2人は飛べるから大丈夫だ……っ!」


 慌てて駆け寄るローズをエドワードが手で制する。


『……恐るべき、と判断するべきか。人も侮れないものだ』

『随分と強くなったようだけど、その臆病なところは相変わらずね。イルム』

『臆病だと? 無知なだけのお前とは違うのだ、ハイエムッ!』


 イルムは激高し、赤い鱗が発光していく。


『我は強くなったッ! そのために生き返ったッ! 『魔王』によって生を与えられた有象無象とは違う! 我は英雄なのだッ!』

『あら。凄いじゃない』


 心底どうでも良さそうに、興味なさそうにハイエムがつぶやく。


『凍りなさい』


 そして、彼女の一言によって周囲が冬になった。

 

 空気が一瞬にして凍りつき、山に生えていた木々が枯れ果て、どこからともなく雪が嵐となって吹き荒れる。


『晴れろ』


 だが、対抗するイルムの言葉によって、空を覆っていた曇天が灼火の炎によって払われた。

 そして、今度は溶岩のような粘性を持つ炎が木々の間を縫っていく。


 ハイエムによって枯らされた木々が、イルムの炎でよく燃えることによって……まるで昼間のように周囲を照らした。


 ドラゴンが最強種と呼ばれるにはいくつか理由がある。


 まずひとつはその堅牢な鱗。

 生中な攻撃は通さず、比類なき防御性を誇る。


 そして2つ目はその巨体。

 彼らが歩くだけで、他の生き物はひとたまりもない。


 そして、3つ目。

 彼らは生まれた時点で1つのであり、なんの苦労も要せずともただの一言によって、魔術を使うことができる。


 だからこそ、最強種と呼ばれるのだ。


「……イルム」


 刹那、その最強種の間に割って入る声があった。

 それは、魔女が操る箒にのった赤髪の魔術師。


「そこを引いてくれ」

『ならぬ。我はハイエムを殺さねばならん。殺された恨みだ』

「殺して、何になる」

『我が恨みが晴れる』


 女性を傷つけるという概念がよく分からないイグニの問いかけとイルムの返答は微妙に食い違う。


「……なら、ハイエムを殺すまで止まらないというわけか」

『止めたいのであれば、我を再び冥府の底に返すと良い』

「……そうか。なら、しょうがない」


 竜とは元より最強種。

 ならば、彼も、


「『装焔イグニッション完全燃焼フルバースト』ッ!」


 本気を出す。


「『超球面テセア』ッ!」

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