第7-29話 夜行と魔術師たち

「……まさか、この時代にもなって馬車も竜車も使わずに公国に向かう時が来るとは、な」


 山道を踏みしめて、エドワードがそう漏らした。


 アーロンの夜逃げ作戦は、マジで城の誰にも許可を取っておらず……というか、誰に話しても受け入れてもらえず、誰の賛成も得ずに勝手にアーロンがやり始めたことなので、馬車を使えず仕方無しに歩いて公国に向かわなければならなかった。


「も、もう疲れたぁ! イグニ、おんぶして!」

「ダメに決まってるでしょ」

「なんでアリシアに否定されなきゃダメなのよ!」

「これから先、どんな敵が出てくるのか分からないわ。わざわざ人をイグニに背負わせて、体力を消費させるべきでは無いわよ」

「重くないわよ! すごく軽いわ!!」


 クソでかい声でローズが反論するので、イグニがそっとその口を手で抑える。


「ローズ、静かにな」

「う、うん……♡」


 基本ローズはイグニの言うことは何でも聞くので、当然今回も目を『♡』にして黙った。


「それにしてもアリシアはずるいわ! 箒に乗って移動するなんて」

「別に。あなたも使えば良いじゃない。そんなに難しい魔術じゃないわよ」


 アリシアは箒に腰掛けて、ふわりと地面から一定の間隔を保ったまま坂道を汗一つ流さずに登っていた。


 だがイグニは知っている。

 空に浮かぶという魔術を1つ取ったとしても、遥かに難しいことを。


 そして、浮かびながらバランスを保つこと……ましてや、地面からの距離を空けて飛び続けることが遥かに難しいことだということを彼はよく知っていた。


「そうだわ! アリシアの箒にアーロンが乗って、私はイグニに抱きかかえてもらって空を飛べばいいのよ!」

「おい! 僕はどうなるんだ!!」

「歩けば良いじゃない」

「僕はパーティーで唯一の治癒師ヒーラーだぞ!?」


 エドワードのつっこみに、イグニはふと考えた。


 5人という人数がネックなのだ。

 イグニとアリシアは飛べる。


 だが、それぞれとも抱えて飛べるのは1人までだ。

 だから、4人パーティーであれば、こうして山道を歩くことなく今頃ゆうゆうと空を飛んで公国に向かっていたのだが……あいにくと、5人なので空を飛ぶにしても1人余る。


 そもそも、イグニは移動に関して馬車か竜車が使えると思っていたのだ。

 まさかアーロンがどこにも許可を取らずに1人で勝手に決断したなんて夢にも思わなかったわけである。


「ねぇ、イグニ。少し休憩しましょ」

「……駄目だ。このままのペースだと、砦に着くのが明日の夜になる。できれば、朝になるまでについておきたいんだ」

「あのね、ローズ。私たち、さっきも休憩したのよ」


 イグニとアリシアのダブルパンチを食らって、少しだけ涙ぐむローズ。


「もう歩けないわ! だって私、今までずっと馬車で移動してきたのよ? こんなにたくさん歩いたことないもの!」


 そう言われてしまえば、イグニもアリシアも何も言えない。

 確かに今のいままで彼女の役割は、『魔王領』の浄化であり、そのために馬車を使って長距離移動を繰り返していたのだ。


 こんなに山道を奥深くまで……それも数時間ぶっつづけで歩くなんて経験は1度としてローズには無いのである。無いのだから、急にやれと言われても、できない。そもそも歩くための筋肉がついていないのだから。


「……俺が背負うよ」

「ほんと!? 流石はイグニだわ! 大好き!」


 始めからそれを狙っていたのか、ぱっとローズの顔が輝くとウキウキでイグニの背中にローズが飛び乗った。


 それを見ていたアリシアは小さな声で「あ……」と漏らしたが、時すでに遅し。

 イグニの背中に乗ってローズはルンルンだ。


 だからこそ、アリシアは必死になって考えた。


 この状況をどうすればいいか。

 どうすれば改善できるのか。


 そして、閃いた。


「あっ!」

「どうした、アリシア」

「ちょっとここで待ってて! 良いこと思いついたの!!」


 アリシアはそう言うや否や、箒をふわりと浮かせるとそのままどこかに飛び去って行ってしまう。それをぽかんとした様子で見ていた一行だが、本当にどこに行ったのか分からないので、しばらく山中で待機していた。


 次にアリシアが戻ってきたのは、ゆうに30分は過ぎてのことだった。


『あら、本当にいたわ』


 天高い場所から山を見下ろす白銀竜。

 月光によって凍りついた鱗が虹色に輝き、彼女から放たれる圧倒的な魔力によって大きく光が歪められて円を描く。


 “ふゆ”のハイエム。

 彼女が、空に浮かんでいた。


「頼むわ、ハイエム」

『この子たちを連れて移動すればいいのね』

「そうよ。あなたの背中に乗れば一瞬でしょう?」

『ええ、そうね』


 ハイエムの姿を初めて見るアーロンとローズ、そしてエドワードは口をぽっかり空けたまま、最強種ドラゴンの襲来に目を丸くしたまま驚いていた。


 だが、イグニとアリシアの説明によって彼女に害が無いことがわかると3人は恐る恐るハイエムの背中に乗って……。


「わぁ! 見てイグニ! 凄いわ! 高いわ!!」

「ローズ、あんまり奥に行くと落ちるぞ」

「すっごく速いわ! 竜って素敵ね!」


 スカルドラゴンやドラゴンゾンビと戦ったことのあるイグニとしては、なかなか首を縦には振れない言葉である。


「最初からハイエムに頼んでおけばよかったのよ」

「……いつから2人はそんなに仲良くなったんだ?」

『あら、それはね』

「言わなくていーの!!」

『あらあら』


 イグニが尋ねると、ハイエムがその巨大な口を開いて答えようとしたが……アリシアに阻まれて、わずかに微笑んだ。


「これなら砦まで1時間足らずで着くわ」

「……速いな。速すぎるほどだ」


 ハイエムの上で鱗に掴まりながら、流れすぎていく風景と共にアーロンがそう呟いた。


「ドラゴンは最強種。そんなドラゴンと知り合いだったなんて……やるな、イグニ」

「……まぁな」


 エドワードから褒められるが、男から褒められてもあまり嬉しくないのでイグニは反応に困った。困ったので、わずかに視線を泳がせて別の方向をイグニが向いた瞬間……ソレに気がついた。


「『迎撃ファイア』ッ!」


 思わず反射的にイグニは詠唱!

 彼の手元から放たれた『ファイアボール』は、夜闇を斬り裂いて飛んできた『火球』とぶつかり合って、爆発した。


『……久しいな、ハイエム』

『あら? 誰かしら』


 空を飛ぶイグニたちに、相対するのは同じく空を飛ぶ巨大な生き物。


『我を忘れたか。お前に傷つけられたこの顔を』


 右目には大きな裂傷が走っており、おそらく機能していないだろう。

 全身を覆う赤く黒い鱗は巨大な炎を思わせた。


『我はイルム。“灼赫しゃっか”のイルムだ』

『……あら』

「知り合いか、ハイエム」


 イグニが低く尋ねると、ハイエムは小さく返した。


『……イルム、イルム…………』


 だが、彼女は覚えていないのか……記憶を探るように、その名前を何度もつぶやくと……『あら』と、声を漏らした。


『数十年前に殺した竜が、そんな名前だったわ』


 そんなハイエムの言葉を裏付けるように、


『お前を殺すために……冥府の底より蘇ったのだ』


 赤き火竜はそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る