第7-28話 夜逃げと魔術師
すぐに仲間が集まったということで、アーロンに紹介するために彼女の部屋に向かうと……快く、迎え入れてくれた。
「お、おお……! アリシアか……!! よく来てくれたな」
イグニたちが部屋に入るなり、アーロンは恐る恐ると言った具合でアリシアに手を差し出していた。どうやら女性恐怖症? はまだ治っていないみたいだ。
「イグニに誘われたし……。それに、守って欲しいって言われたしね」
アリシアは恥ずかしげに顔を逸らす。
アーロンはそんな彼女と手を握りあうと、次に向かった。
「それに、エドワードにローズ! 久しぶりだな!」
「久しぶり……?」
エドワードが首をかしげる。
「ああ、久しぶりだ。2人は全然変わってないんだな」
どうやら女性恐怖症というのは新しい知り合いだけらしく、ローズには物怖じシている様子を見せない。
「……ちょっと待て」
「ん……?」
一方で、ローズとエドワードは困惑したまま、イグニを掴んで外に出る。
2人に掴まれて勢いよく廊下に出されたものだから、思わずイグニも抵抗できずにそのままに身をまかせた。
「イグニ、あれは誰だ?」
「そ、そうよ! イグニに女の子の友達が多いのは知ってたけど、あんな子見たこと無いわ!」
ローズとエドワードが矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
2人の困惑も予想がついていたというか、仕方ないものだと思いながらイグニは2人に応えた。
「……あれが、この国の王子だ」
「王子? 女じゃないか」
エドワードのド正論にイグニは頷いた。
というか、頷かざるを得なかいというか。
「覚えてないか? アーロンだ」
「……アーロン?」
「アーロン……」
エドワードとローズはその名前で2人同時に考え込むようにして黙り込んだ。
「……アーロンって、あのアーロンよね?」
ローズがそう言うと、
「この国の王子って言われてたやつだよな……?」
エドワードも思い当たるところがあったのか、うなり始めている。
「「女だったの?」」
そして、2人揃ってイグニに確認を取ってきた。
「……そうらしい」
イグニは首を縦に振った。
この2人は昔から貴族として英才教育を受けてきた。
だとすれば、この国の王族の顔と名前くらいはちゃんと覚えているはずだ。
なのにも関わらず、2人は忘れていた。
いや、忘れていたというよりかは顔と名前が一致しなかったのだろう。
「いや、でも……アーロンって男だったんじゃないか?」
「そ、そうよ! イグニやフレイと一緒に遊んでいる姿を見たことあるわ!」
「……女の子だったらしい」
「そんな馬鹿な……」
エドワードがショックを受けたみたいで膝から崩れ落ちていた。
気持ちはわかるぞ、エドワード。
俺もユーリの性別が男だと知った時は全く同じ反応だったからな……。
と、イグニは心の中でエドワードに深く共感した。
「……あのアーロンが女の子だったなんて」
ローズはローズの方でなにか別のショックを受けているようだった。
「イグニは知ってたの!? アーロンが女の子だって! 知ってたからあんなに楽しそうに遊んでたの!?」
「お、落ち着け、ローズ。俺もアーロンが女の子だったなんて知らなかったんだ……ッ!」
そもそも、この男はアーロンの存在すらも覚えていなかったのだが。
「そ、そうよね。私だって気が付かなかったし……」
「……イグニ。アーロンが男の格好をしていたのは、この国が男しか国王になれないのとなにか関係があるのか?」
ショックから立ち直り、文字通り立ち上がったエドワードがイグニにそう問う。
流石はエドワード。
頭の回転が速いな……と、思いながらイグニは肯定した。
「そうらしい。どうにも、王族の間に王子が生まれなかったから長女であるアーロンを男として育てようと……そういうことみたいだ」
「それもおかしな話よね。女王の仕組みを作れば良いだけじゃないの」
ローズのツッコミが正論オブ正論なのでイグニもエドワードも黙り込む。
しかし、貴族や王族の世界は時として正論だけでは通らぬ道理というものがある。
例えばイグニが魔術の適性がないからと家から追放されたように。
決して、その家の中では許されない物事というものがあるのだ。
そういう意味で考えれば、イグニもアーロンも似たような境遇なのだろう。
“極点”を目指す上で必要ないからと切り捨てられたイグニと、国王になれないからと男として育てられたアーロン。
それらは、別のように見えて本質は同じなのだ。
「まぁ、そうも言ってられないし……。中でアーロンが待ってる。入ろう」
「それもそうね」
「……ううむ。まだ僕は受け入れられないぞ」
エドワードは、未だに困惑したままでアーロンの部屋に戻った。
「どうした? なにか話でもあったのか?」
「気にしないで、アーロン。イグニがお腹が痛いって言っただけだから」
「そ、そうだな。僕は【生】の魔術を使えるし、『聖女』様は【聖】魔術を使えるから……って、言葉にすると分かりづらいな! とにかく、それでイグニの腹を治したんだ」
「大丈夫か?」とアーロンに尋ねられたので、イグニは「治ったから」と嘘をつく。
これは必要な嘘だろう。多分。
「それにしても、みんな。すまないな、私のわがままに付き合ってくれて」
「命が狙われてるんでしょう? 仕方ないわよ」
そう言ったのは、アリシアだった。
彼女もまた、彼女の姉に居場所を追われた立場故に共感することもあるのだろう。
「そうね! それに、イグニに助けを求めたのは正解よ! だって、イグニなら絶対に守ってくれるし!」
公国で数多くの存在に身柄を狙われたローズがそう答える。
……この場にいる5人のうち、3人が居場所を追われた経験があるのか。
イグニは冷静にアリシアたちを見つめ直して……衝撃を受けた。
だが、彼女たちの存在が存在だ。それも仕方のないことなのだろう。
「イグニはルクスからの紹介だったんだ。私も久しぶりだから顔を覚えているか不安だったが……すぐに気がつけたよ」
「そういうことね! イグニのおじいちゃんなら、確かにイグニを紹介するわね」
ローズはドヤ顔で納得。
どうしてお前が、と言いたげな顔でアリシアがローズを見つめた。
「……それにしても、よく許可が取れたな」
イグニは話を変えるように、アーロンにそう問いかけた。
「許可?」
「ああ、前線にいく許可だ。普通は降りないだろう?」
彼女は王族だ。
冷静に考えて、周りの人間が許可を出すわけがない。
「取ってないぞ?」
「ん?」
だが、アーロンから返ってきたのはイグニの予想外の言葉だった。
「許可は取ってない。取れなかった」
「……そ、それって、良いの?」
ドン引きした様子で問い返すローズ。
イグニもこれには何も言えずにアーロンの次の言葉を待った。
「仕方ないだろう。だが、このまま王都にいても民は心身ともに疲弊するだけだ」
真顔でトンデモないことを言い始めたアーロンに、その場にいた全員が飲まれて……。
「だから、私たちが出るのは夜! 誰にもばれずにこっそりに逃げるぞ!!」
アーロンのその言葉に、困惑した。
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