第7-25話 忍びと魔術師

「……王子の護衛。名をなんという」

「名乗るなら自分からだろう」


 イグニは闇に潜む忍者を警戒しながら静かに言い返す。

 先程の問いかけに名乗らなかった向こうへの意趣返しだ。


 互いに雷撃が着弾したというのに、2本の足で地面に立っている。

 共に、尋常でない打たれ強さ。


「忍びの名を問う。……忍者を知るお前が、その意味が分からぬわけではないだろう」

「ああ」


 忍者の煽るような声色に、イグニは笑いながら返した。

 誰にも知られず、名乗らず、淡々と任務を達成する彼らが自らの素性を明かす時はただ1つ。


「東の彼方。その地にて忍ぶ……影丸」

「イグニだ」


 相手を、殺す時だ。


「氷鬼殺法」

「『装焔イグニッション』ッ!」

「――凝ッ!」


 イグニのむき出しになった炎の弾丸たちに対抗するように、影丸の詠唱が世界を裂く。


 刹那、生み出された氷の砲弾たちに数十倍、数百倍の魔力が込められて……ッ!


「『発射ファイア』ッ!」

「『さざれ雪』ッ!」


 互いに、撃ち出したッ!!


 ヒュドッ!!!


 空気を破裂させんばかりに、凄まじい速度で敵を目指した2つの魔術は彼我の距離およそ15mを瞬きの間よりも短く駆け抜けて、激突ッ!


 イグニの撃ち出した『ファイアボール』が氷の礫を全て蒸発させて、水蒸気爆発を引き起こした。


 だが、爆発が起きたのは互いの中心。

 イグニにも、影丸にもダメージなどあるはずもなく。


「『装焔イグニッション徹甲弾ピアス』ッ!」

「深影殺法『影縫い』」

「『発射ファイア』ッ!」


 だが、イグニが撃ち出したはずの『ファイアボール』は前に進まなかった。


「……ッ!?」


 まるでその場に縫い付けられてしまったかのように、ぴくりとも動かない。

 

 そして、それは――。


「い、イグニ。これは……!」

「大丈夫か! アーロン!」

「か、身体が……」


 イグニとアーロンも、同じように動けなくなった。


「妨害魔術か……っ!」

「魔術ではない。忍術だ」


 アーロンが地面に縫い付けられたまま叫ぶと、その背後から声が響いた。

 既にアーロンの元へと忍者の魔手が伸びている!


「――ッ! 『撃発ファイア』!!」


 よってイグニは、至近距離で縫い留められていた『ファイアボール』に指向性を与えて爆発ッ!


 周囲の吹き飛ばされるようにして、影丸に激突。


「……ぐっ!」


『ファイアボール』によって吹き飛ばされたイグニの身体が直撃して、影丸は身体をくの字に折り曲げると……一緒になって地面に転がった。


「動くなッ!」


 もつれ合うようにして地面を転がったイグニはぎりぎりのところで上を取ると、『熾転イグナイト』を発動。強化された身体能力で、影丸を上から押さえつけて……覆面を、剥がした。


 そこには、20半ばと思われる青年がいた。


「重い、な。体内だけの転とはいえ……鍛えられている」

「……転は外にも使えるのか?」


 熾した魔力を体内で回す。

 それは導火線に火のついた爆弾で、ジャグリングをするようなものだ。


 酷く危険で、技量が伴う。

 故にそれを、で使うという発想には至らなかった。


 ……いや、イグニは『ファイアボール』にてそれを応用したが、魔力ごと外に出すという発想には、至らなかったのだ。


「ふむ。その問い、師はいないのか」

「ああ。見ただけだからな」

「なるほど。不完全な転を見せるとはよほど未熟な忍びと見える」

「……まぁ」


 それはそうかも知れない。

 共通語もガバガバだったし。


 でも、あのくノ一隠れ巨乳だったなぁ……なんて頭の片隅で考えながら、イグニは問いかける。


「なぜ、アーロンを狙う」

「決まっているだろう。此度の戦い、中心はその王子だ」

「何を言っている? アーロンは魔術が使えないんだぞ」

「……?」


 イグニが忍びを押さえつけたまま、影丸にそう問いかけると彼は酷く不可思議そうな表情を浮かべる。


 ……騙されたのか?


「……いや、今は答えなくて良い。何故、魔王に協力した」


 このままでは話にならないと判断したイグニは、話題を変えた。


「魔王には……差別がない」

「なんだと?」

「今、王国と帝国の列強国は……弱い国を下に従えることで、その傘下を広げている」

「……王国も、か?」


 帝国が侵略戦争を繰り返しているという話は今までに幾度となく聞いてきた。

 だが、王国がそれをやっているという話は……終ぞ、聞いたことがない。


「そうだ。帝国は武力で、王国は財力で……人の欲望に身を任せて、国土を広げている」

「…………それで?」

「我々の国は、勝てないのだ。その2つの国を前にして……だから」

「『魔王』に全てを任せようと?」

「そうだ」


 こくり、と影丸の首が縦に動く。


「『魔王』は平等だ。平等に、全てを破壊する。ならば、私たちは……『魔王』に全てを委ねたい」

「……お前たちの国も、滅びるぞ」

「元より王国に滅ぼされるのだ」


 影丸の瞳に浮かんでいたのは、どこまでも破滅に向かう者の瞳であった。


「魔王に滅ぼされたところで、わずかに命が伸びたに過ぎん」

「……随分と、割り切ってるな」

「そうだとも。だからこそ、私が倒れても……まだ、次がいる」


 その言葉で、イグニの後ろにいるアーロンが息を飲んだことがわかった。


「この任務が達成されるまで、我々は幾度となく王都に忍び込み……王子を狙う」

「はッ! 大したもんだな」

「元は私が達成するつもりで……任務を、失敗した。故に、イグニ」

「なんだ」

「私を殺せ」


 イグニはしばらく、影丸を押さえつけたまま……何も言わなかった。


「死ぬために、ここに来た。私はここで、死なねばならない」

「……忍者には、最後に周囲を巻き込んで死ぬ魔術があると聞いたが」

「それでは自殺だ。私は名誉ある死を望む」

「俺に殺されるのが……名誉なのかよ」


 イグニの問いに、「何をいまさら」と言わんばかりに影丸が笑った。


「そうだとも。強者によって殺される。それは、名誉のある死だ」


 笑いながらそういう影丸に、イグニは淡々と返した。


「俺はお前を殺さねえ」

「………何?」

「俺が殺すほど、お前は


 イグニの燃えるような赤い瞳には、何も映っていない。

 無感情に、無慈悲に……そこには徹底した彼の主義がある。

 影丸がそんなイグニに何かを言おうとした瞬間、騎士団たちが駆けつけた。


 彼らは身動きの取れない影丸に魔術妨害の手錠を付けると、一切の魔術の使用を禁止して……イグニからその身を預かった。


 後に残されたアーロンは、ただ顔を青くしたまま……何も言わなかった。

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