第7-26話 『魔王』と魔法使いたち

「さっむー!」


 荒れ地を進む3人のうち、紅一点の少女がそう叫んだ。

 だが、彼女を先行する2人はそんな彼女には目もくれず荒れ地を進んでいく。


 その荒れ地が、かつて『神聖国』の中でも最も栄えた場所だったと……荘厳な教会と、それを取り巻く様々な建物があった場所だと一体誰が信じられるだろうか。

 そこに残っているのは、崩れ果てた瓦礫たちだけ。


 だが、その瓦礫たちも無数の魔術によって粉々に砕け散ったのか……建物の破片のようなものが時折見えるだけで、後は一面の地平線と……それを埋め尽くすモンスターたちだけだった。


「ねぇ、なんで無視するの? それとも私が可愛いから黙り込んでるの?」

「チッ! うっせーな。俺だって寒いっつーの」


 悪態を大きく付いて、白い息を吐き出したのは……“深淵”のアビスだ。


「あまり騒ぐな。偽装魔術が解けるじゃろ」

「この程度で解ける偽装魔術なんぞを作るジジィじゃねえだろうよ」


 ルクスの忠告を吐き捨てて、アビスはそういうと……地平線のさらに果てを見た。


「見ろ。ここから先は、『魔王』の領域だ」


 アビスが顎をしゃくりあげて指差した先には、地を埋め尽くすほどの無限にも思えるモンスターと……それを従える、1人の人間の姿だった。その周囲には、彼に頭を下げる人間たちの姿もぎりぎり見える。


「え、どこどこ?」

「奥だ」

「見えないんですけどーッ!」


 そう言って叫ぶ少女だが……彼女こそ、ルクスの次鋒と名高い“地の極点”。

 “はかい”のシャルルだ。


「ここから、俺とお前でジジィの補佐をする。周囲にいるモンスターたちを全部倒すぞ」

「全部って……これ、数千万とか数億とかいるんじゃないの?」

「いるだろうな」


 アビスはため息をつきながら、地面に陣を描き始めた。

 一方で、シャルルはぽけーっと呆けた顔で周囲を見ているだけ。


「魔王の気を逸らす。ちゃんと、決めろよ。ジジィ」

「うむ」


 ルクスは地平線の最奥で、何も移さない虚ろの顔の青年を見た。


トァ


 アビスの詠唱によって、魔力が励起。

 地面に描いた紋章が発光しはじめる。


「『解放ヴェロフェンテ』」


 刹那、アビスの持っていた全ての魔力がそこに注ぎ込まれた。

 遅れて、魔法陣から出現するのは幾何学模様を頭上に浮かべた1対の羽を持つ……生物。


 何年も石像を作り上げてきた天才の職人が作り出した像のように、白い柔肌に無機質な瞳。人の姿のようにも見えるが、一方で明らかに人間のものではないようにも思える。全身は15m近くの巨体さを誇り、彼女――胸の膨らみよりそう判断できる――は、浮かび上がって、腕を振るった。


 ドンッッッツツツ!!!!


 凄まじい爆発音と、衝撃波が駆け抜けて周囲にいたモンスターたちが軒並み消し飛んだ。


「すごーい! 天使みたい!!」

「俺もそう呼んでる」


 それは、高次元より呼び出されたこことは別の世界の生き物である。

 強制的に低次元に肉体を展開されたが、それ故に無限を内包する『天使』は目の前にいる無数のモンスターたちに優しく手を差し伸べた。

 それだけで、攻撃しようと近づいてきたモンスターたちが吹き飛んだ。


「よっし! 私も負けてられないなぁ!」


 シャルルはそういうと、そっと魔法を発動した。

 ちょうど、遥か遠くに巨大なスカルドラゴンがいたからだ。


 “はかい”のシャルルの用いる奇跡は……その見た目に反して、そこまで派手なものではない。


 ただ、原子間に存在するクーロン力を消す……それだけの魔術である。そう、たったそれだけ。だが、それだけで分子間に働いている反発の力は無くなり、原子を結ぶ核力だけが残される。


 ならば、必然……分子は引き寄せられ原子核は融合を始める。

 原子核が融合することにより、融合した2つの原子はわずかに質量をへらす。


 だが、減らされた質量は等価に……どこまでも等しく、エネルギーへと変換される。

 さすれば万物を破壊する星の煌めきがそこに生み出される。

 

 それは万物を支配するにする魔法。

 その御業は人の身を超え……神だけにこそ相応しい。


 故に、それは奇跡。人呼んで、『理の奇跡』。

 万物を消し飛ばし、星の生成と消滅さえも実現してしまう。


 それは、王国が誇る2の最強の魔法きせきだ。


 彼女は指揮者のように腕を振るうと、刹那……スカルドラゴンが光に包まれ、爆ぜた。


 刹那、スカルドラゴンを中心に展開された火球は一瞬にて数億度に達すると、周囲のモンスターたちをさせ、空気を押しのけ真空状態を生み出し、地表を吹き飛ばして広大な範囲に渡って破壊しつくす。


 そして、生み出された真空空間を埋めるように、空気は周囲の粉塵や瓦礫やモンスターたちの熔けきらなかった肉片たちを集めて、ぶつかると逃げ場所を探すように空へ空へと大きく登っていく。さながらそれは、まるで大きなキノコの雲を思わせて。


「やりぃ!」

「やりぃ! じゃねえよ、壊しすぎなんだッ! 俺たちも死ぬところだっただろうがッ!!」


 たった1つの力を無くしたことにより、シャルルはその半径5km以内にいたモンスターたちを全て蒸発させ、20km以内にいたモンスターたちに再起不能の大ダメージを与えた。


 本来、灰に染まるはずのキノコ状の雲は……しかし、爆炎を伴って不気味にも桃色に輝いていた。


「さて、ジジィ。お膳立ては充分だな」

「2人とも、手間を取らせたな」


 ルクスの右端では天使が優しげな表情を浮かべたまま、モンスターたちを消し飛ばす。

 ルクスの左端ではシャルルが腕を振るって、モンスターたちを蒸発させる。


 だが、そんな3人はルクスの偽装魔術によって居場所を悟られず……ただ一方的な虐殺だけが繰り広げられている。


「シャルル」

「あい」


 ルクスの手に渡されたのは、ただの球体である。

 黒く、重く……それは何よりも光を飲み込む球体である。


 だが、それは……無限にも近しいを誇る球体である。

 シャルルの魔術によって強い力を無制限に強化され、球体を構成する物体がどこまでも強い力で結びあった剛体である。


 それを手にしたルクスは、やさしく手に持ち……魔術を使った。


 刹那、ルクスの背後に展開されるのは魔力の加速炉!

 イグニのそれにも似ている加速炉は、さながらルクスの光輪のように輝いて……球を加速させる。


 ――キィィィイイイイイインンンン!!!


 空気を裂く音が高く、高く……どこまでも高くなった、その瞬間。


「穿て」


 ルクスは、その球体を亜光速で撃ち出した。

 

 物体は、光の速さに近づけば近づくほど……質量は無限に近くなっていく。


 そして、ルクスは撃ち出すと同時に魔法を使った。

 

 彼の魔法は、未来の選択である。

 ルクスの未来には無数の可能性が存在しており、またそれは観測することで確定する。


 ならば、『魔王』に着弾したという未来を選び取れば。

 それは、必然的に『魔王』の死を意味する。


 そう。

 

 此度の『魔王』殺害。

 それに取られたのは、ただシンプルな……『狙撃』であった。

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